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タビサとアーサー  作者: 奈良沢水城
第一章 新しい生活
1/13

ただいま?Side T

 わたし、タビサです。


 猫です。


 たぶん、17歳。


 ご主人がそう言って17歳の誕生日を祝ってくれたのは覚えてるから。


 それからしばらくして、ご主人の腕の中で死んだんだと思います。


 すごく可愛がってもらって、大事にされた、


 とても幸せな生活でした。


 ・・・。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・。


 ところで私、今とっても困っています。


 ・・・と、いうよりも、戸惑っています。


 だって、


 目が覚めたら、自分の体が自分のじゃなくなっていたからです。


◇ ◇ ◇


「おい、おい!しっかりしろ!」

体を揺すられる感覚に違和感を覚える。なにかが体中にかさかさと当たる。いつものように体を起こしたかったのだけど、びっくりするほど体が重くてそれができない。


 ああ、そうか。私、おばあちゃんなんだった。子供の頃のようには体が機敏に動かなくて当り前よねぇ。寒いのもきっと年のせいね。


 濁って重たい思考のなかで体が動かない原因に結論を出したところで、何か肌触りの良いものでくるまれた。


「おい、この娘を連れて帰るぞ!医者を呼んでおけ!」

アーサーの声?何をそんなに慌ててるのかしら。とても気になって、気力で目を開くと、驚くほど鮮明に、覚えているよりも鮮やかな緑の瞳が怒ったような困ったような表情でこちらを見下ろしていた。あらやだ、どうしたの?そんな顔しないでよ。そう思って腕を伸ばして、異変に気付いた。


(ん・・・?これは・・・私の腕・・・?毛が、無い・・・?!というか、人間の腕??!)

こちらの心中などわからないアーサーは中途半端に伸ばされた手を取ると、表情とは裏腹な優しい声をかけてきた。

「今、部屋に連れて帰ってやるからな?」

(部屋って・・・え?え?いや、ちょっと待ってよ、今どうなってるの?あ、あれ??私、死んじゃったんじゃないの?)

こちらが混乱のるつぼに陥っているのにもお構いなしで、アーサーはタビサの背中とひざ裏に腕を差し込んで軽々と抱き上げた。

「!」

何かを言いたいけれど、言葉がなにも出てこなかった。

「心配するな。悪いようにはしない」

「・・・っ!!」

(どーなってるのーーーーー?!!だれか教えてーーーーーーーーーー!!!!!)


◇ ◇ ◇


 見覚えも、気配にも覚えのある石造りの重厚な建物のとある一室に着くなり、アーサーは手を叩いて、メイドたちに指示を出す。

「診察の間に風呂と服の準備をしてやってくれ!」

記憶にあるよりも年齢を重ねたアーサーの主治医がやってくると、問診と触診をして健康状態に「問題なし」の太鼓判を押した。声が出せないのは、一時的なものだろうという診断を下すと、去っていった。

 

 それからが拷問だった。考えの整理もつかないうちに、メイドたちに取り囲まれ、用意されていた風呂に連行され、拒否する間もなく全身をくまなく洗われた。

「~~~~~!!!」

(いやーーーーーっ!!!やめてぇっ、お湯は嫌なのーーーーー!!!)

睨みつけるも、メイドたちはそれには気づかない様子で―特に銀髪のメイドは痛いということは無いがとても力が強く、その手から逃れることができなかった―ただひたすらに自分たちの仕事を全うした。


(やっと終わった・・・)

メイドたちに解放された時にはくたくたになっていた。着せられるままにゆったりとした丈の長いシャツ状のワンピースを着て、座らされるままにソファに腰掛けた。アーサーの寝室は、自分が猫として出入りしていたころと何一つ変わっておらず、けれど、猫であったころよりもソファが柔らかく感じられた。


 扉に近づく足音に気づいてそちらを見やると、少し間をおいて手にマグカップを持ったアーサーが入って来て、入れ替わるようにメイドたちが下がった。

「大丈夫か?寒くないか?」

声を出そうとしたがやはり出なかったので、首を横に振った。

アーサーはあと5,6歩というところで立ち止まると、しげしげとこちらを見た。どうしてよいのかわからず、とりあえずアーサーの瞳を見つめ返すと、ふっとアーサーの気配が緩んだ。

「やっぱり、お前はウチにいた猫にそっくりだ」

その言葉に、思わず目を見開くと、アーサーは「ん?」とこちらを見てきた。

(わたし、タビサよ!)

そう言いたいのに、やはりのどからは空気の出入りする音がするだけで、声は出なかった。

「ほら、熱いから気を付けて飲めよ」

差し出されたカップを受け取り、載せられていた蓋を取ると、嗅いだことのある甘い香りが立ち上った。恐る恐る口を近づけると、ついつい先に舌を入れてしまい、その熱さに驚いて、口を離した。くくく、と聞こえてくる笑い声の主を見ると、口元を手の甲で押さえて笑っていた。恨めしいような、恥ずかしいようなそんな気持ちで俯くと、目の前まで来たアーサーが優しくマグカップを奪い、ふーふーと息を吹きかける。

「こうすると、多少はぬるくなるから」

そうして返されたマグカップに、これでもかというほど息を吹きかけてから、人間らしくカップのふちに口をつけると、甘くて暖かい液体が口の中に広がった。もう一口飲むと、じんわりと体が中から温まるようだった。

「うまいか?」

訊ねる声に頷く。

(思い出した!これ、ココアだ!)

猫だった時には飲ませてくれなかったのよね、と思っているうちに、初めて味わうマグの中身に夢中になる。アーサーが隣に座って、頭を撫でてきた。久しぶりの心地よさに思わず首を伸ばすが、かつてのように―自分にとってはついさっきのことのようだが―ぐるぐるとのどが鳴ることは無かった。

(自分の気持ちを伝えられないって、もどかしいものね・・・)

それでも、できないものはしょうがない。地道に声を出す方法を探すしかない。


「なぁ」

(ん?)

マグから顔を上げると、寂しそうな緑色と目が合った。

「・・・その、行くところはあるのか・・・?」

逡巡しながら訪ねてくる声で察した。アーサーは、自分の正体のことはともかく、帰る場所がないことは見抜いているのだ。

(強いて言えば、ここが帰る場所だったりするのだけど・・・)

とりあえず、首を横に振る。

「・・・もし、良ければだけど・・・しばらくこの屋敷にいるといい。使用人の数は、まぁ少ないけど、ちゃんと面倒は見る」

(また、アーサーのところにいさせてくれるの?)

瞳を見つめたまま首を傾げると、説明不足だと思ったのかアーサーが言い足す。

「お前が倒れてた場所・・・あそこは、俺と一緒に育った猫と出会った場所で、葬った場所でもあるんだ・・・。あいつは3年前の今日、死んだんだ・・・」

アーサーの緑の瞳がゆらりと揺れた。

(私が死んでからそんなに時間が経ってたのね)

「今日は、あいつの墓参りに行ったんだ。そしたら、お前が倒れてて・・・」

そこで言葉を切ると、言うか言うまいか迷ったようだったが、意を決したように口を開いた。

「お前の髪の色と、瞳の色があいつにそっくりで、驚いた。あいつが帰って来たんじゃないかと思って。だから・・・その」

言い淀むアーサーの手元を見ると、右手の爪を左手の指の付け根に何度も食い込ませている。緊張したり、落ち着かない時にする、アーサーの昔からの癖だ。

「お前のことはとても他人事とは思えなくて」


(あぁ、もう・・・泣かないで、アーサー)

潤んだアーサーの瞳が子供の頃のままで、懐かしくなる。手を伸ばし、触れた頬は温かい。神様が何を考えているのかはわからないけれど、私はこうして人間の体になって帰って来た。しかも、若返って。


(あなたが望むなら、もう私はあなたを一人にはしない)


 彼の孤独を知るが故に、再び自分がアーサーを一人にしてしまうことはできなかった。

 アーサーの問いに大きく頷いて返事をすると、一瞬アーサーは驚いたような顔をして、それから嬉しそうに頭を撫でてくれた。


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