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西江戸は大きく四つの地区に分かれる。
住宅街や学校が集中する『生活地区』
ここでなければ日本にはないとさえ豪語する品ぞろえの『商業地区』
スタジアムやスポーツジムなどが集中し、トップアスリートたちも遠征に来る『体育地区』
そして――
藪木は電車の車窓から暮れゆく空を見上げながら、憂欝な気持ちになった。
別に夕焼け空を見上げてセンチメンタルになっているわけではない。ただこれから歩く場所のことを考えるともっと速くたどり着きたかっただけだ。
車掌のアナウンスが聞こえてくる、もう目的地に着くようだ。藪木は覚悟を決めると、電車から降りた。
駅から出ると、そこは別世界だった。
視覚に攻撃しようとしているとしか思えないネオン。
何処にいても聞こえてくるおしゃれな音楽。
派手な服を着て歩きまわる男女。
レインコートのような服装でプラカードを持つキャッチ。
「……やっぱ、ここはダメだ。ちっともクールじゃねえ」
飲み屋と風俗を除けば何一つ残らない、一部の社会団体からは年中バッシングを受ける地区
ここは夜に生き、夜を待ち望む者たちの憩いの場、通称を『夜歓地区』という。
藪木は不機嫌だった。彼はあまり騒がしいのは嫌いだから、石を投げれば酔っ払いに当たるこの地区はそんな彼にとって鬼門なのだ。
道の端を静かに歩いていく、そのうちに目的地が見えてきた。それは一軒の屋台だ。使いこまれているのか木は古いが、それでもしっかり手入れをされているのが見て分かる。「やきとりてっちゃん」と書かれた暖簾を揺らす。
「らっしゃい!って何だよ!療じゃねえか!」
「うるせーぞ、少しはクールになれよ」
いつまでたっても音量を調節することを覚えない幼なじみに苦笑しながら、藪木は座った。
力丸鉄、という名前のこの男を説明する言葉は非常に簡潔でいい。
でかい。百九十に届こうとする身長に筋骨隆々という言葉が実によく似合う。
そんな男が白いエプロンに手ぬぐいを身につけて焼き鳥を焼いてるのは実に不思議な画だ。
「おうすまん!だがお前の言うくーるってのは俺にはよく分からんのでな!」
「そうかよ、とりあえず皮と砂肝」
あいよ、と短く返事をして鉄は手際よく焼き鳥を焼き始める。この二年間で随分と様になった。手先の不器用な鉄が自分の屋台を持つだなんて誰が予想しただろうか。
その後ろ姿を眺めながら、藪木は喋り始める。
「おい鉄」
「何だ!」
「昨日のヤツなんだが」
「お!当たりか!」
「残念はずれだ」
ほんの、ほんの一瞬だけ鉄の動きが止まった。が、すぐに何事もなかったように動き始める。商売人としての意識が高くなってきたのか、最近は動揺しても手を止めることは無くなった。薮木はそれをある意味で寂しく思う。
「そうか!そりゃ残念だ!」
「……おう」
藪木には今彼が何を考えているのかが良く分かる。長い付き合いだ。四人の中で一番『成果』を望んでいるのは鉄だ。それでも彼が落胆を隠そうとするのはひとえに薮木に気を使ってのことだろう。
「……今日はなんか腹が減って仕方ねえな。おい鉄やっぱ全種類一本ずつくれ」
「お!嬉しいねえ!じゃあ少しだけまけといてやるよ!」
適当な慰めなんていらない。しない。お互いにそのことがわかってるから、薮木は何も言わない。
バイトをクビになって望んでいた成果も得られなかった。そんな一日の終わりだ。今日ぐらいは酒におぼれても良いはずだ。薮木は小さなお猪口を右手に焼き鳥の焼ける音を聞いていた。
ようやく仲間たちが全員出ました。