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すいません、ちょっと遅くなりました
立ち並ぶビル群は街を歩き回る人びとを見下すようにそびえたっている。この町は数年前までは西日本の片田舎の一つだった。
何が転機となったのか、それは誰も分かっていない。突然海外でも知られている様な大企業が開発に乗り出し、それに続くかのように日本中の有名企業が集まって来た。
誰ひとりとして文句など付けなかったしつける暇もなかった。そうこうしているうちに日本にとって東京に次ぐ第二の首都、『西江戸』は完成していたのだった。
付近の町を飲み込んで成長し続けて行く西江戸に対して、生活の豊かさと言う恩恵を得た地元民は好意的だったが、今の藪木にはこの広すぎる街が億劫なくらいだった。
「鉄なぁ……ケータイ持ってねぇからなぁ」
居場所は分かっている救いか、と藪木は向かう方角を決めた。捜している相手は驚くほど生活パターンの変わらない男だ。すぐに会えるだろう。そう思って足を踏み出し――
――ゾクリ、と
悪寒が
走った
とっさに前に飛びながら、振り返る。
しかしそこには誰もいない、誰ひとりとしていない。
数秒、数十秒、或いはもっと、硬直した藪木はようやく動き出した。
――気のせい、だ。
自身にそう言い聞かせ、もう一度振り返り、
「……ばあ」
そこにいた黒髪の少年のおかげで、齢21にもなって本気で悲鳴を上げる藪木だった。
「言い訳を聞こうか」
「りょうさん、アスファルトに、正座は、もはや、拷問」
「黙れ」
目の前で正座している(させている)少年はマスクとサングラスを着けているおかげで表情が見えないがその下が恐らく無表情であろうことは分かる、そして藪木にはそれがただ無表情なだけで反省してるわけではないことも分かっていた。
「ったく、悪ふざけにしても限度ってもんがあるぜ?なぁ優」
感見優の表情は相変わらずピクリとも動かなかった。
「そんで?なんだよ」
「連絡」
「光矢からか?」
優が頷くのをみるに、さっきと同じ用件だったようだ。ため息をつきたくなるが、それを堪えてついでに聞いておく。
「それ鉄には言ったか?」
今度は首が横に振られる。
「今、帰りみちだった、偶然、見つけたから」
持ち前の低身長のおかげでそうはみえないが優は今高二だ。どうやら下校中だったらしい。
「なるほどな、やっぱり鉄には自分で行くしかねえか」
「もう、帰っていい?」
「……反省の色が見えねえな」
藪木がスッと目を細めた。
途端に優はうめき声をあげて、その場に倒れこむ。
「しばらく反省してろ」
藪木がそのまま見えなくなったのを確認すると、優は壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。
「……街中で、使っちゃ、ダメって、言ってる、くせに」
そんな小さな恨み事は誰にも聞こえることはなかった。優にとっては幸運なことだったが。