第2話-4 紅の契約者
学校が休みの日曜日、その日の半分を削って猛特訓した。紅と都姫が剣の使い方を1から10まで教えてくれて僕のへっぽこだった剣のレベルは達人とまではいかなかったが中堅者レベルまで上がった。半日でここまで剣のレベルが上がるとは思わなかった。教かえるあの2人がすごく上手く説明してくれたからだろう。あとは身体に直接技を叩き込まれたからか……。
契約者になってから大した怪我をしたことがなかったから痛覚とかどうなってるのかわからなかったが致命傷を受けない限りは死ぬことはないだろう。傷は大きい傷なら1時間もすれば治る。契約者になったから治癒力も上がってるらしい。
ただ技という技をぶつけられてタダですむわけがない…。
「ン? どうしたン? 晴坊?」
「いや、この姿情けなくてな……」
しばらく自力で立つ事が出来なさそうだったから僕はいま紅におぶられている。正直言って恥ずかしい。
「そうカナ。頑張った証拠だと思うヨ」
「……」
「晴坊はどんな願いをしたのカナ?まあ、聞いたってわからナイか…」
問われてしばらく忘れていた僕が願った願い事の事をすっかり忘れていた。
「どんな願い事をしたんだろうな…」
「そのうちわかるヨ」
紅が確信を持って答える。何故確信を持って言えるのかは分からないが紅の言うことを信じるとしよう。
「ワタシとアリア…今は都姫だっけ? は晴坊に不老不死になって欲しいって考えてる。なんでかワカル?」
「いや全然…。突然のことで僕の思考回路がショートしてる」
「だろうネ。不老不死になって欲しいのは同胞がこれ以上死ぬところを見たくないってコト。契約者の死因で1番多いのってなんだと思ウ?」
紅のいきなりの問いかけに考えてみるが空っぽな頭で考えても答えは出ない。首を横に振った。
「大抵は1日で死ぬ。晴坊みたいなのは自分が契約者になったことも知らずに夢の雫を飲まないで死ぬか魔女が見つからなくて死ぬパターンか…このどっちかが1番多い死因」
「無知は罪……?」
「そーゆーコト。マア、ワタシと都姫はある意味で晴坊とは境遇が違う。晴坊はちゃんと自分がなにしてるか理解してる。ワタシは精霊に作られた擬似人格のせいでこの契約者と精霊の世界を知るのが全て終わった後だった」
だんだんと紅の口調からカタコトが消えていき表情は真剣だった。
「ワタシね、魔女と友達だったんだ。村の中では1番の友達、俗に言う親友っていうやつ……。だけど、ワタシが殺した……そして全てを理解して不老不死になったことを悟った。ワタシは錯乱状態になってしばらく何も出来なかった……永遠を生きるこの身体、死ぬことを許してくれないんだ」
そう言って紅はおぶっていた僕を地面に下ろした。ふらつく両足でなんとか立ち上がる。紅は精霊の武器、ナイフを取り出して自分の喉元に突きつける。
「永遠を生きる事は罪を背負うこと。晴翔は覚悟を決めなきゃいけない。本当に魔女を魔法使いを殺して不老不死として生きる覚悟を持つのかこのまま死んでいくか……ワタシと都姫はあくまで晴翔が死ぬところを見たくないだけのことで君に魔女を殺す事を強要している。後悔のない決断すること……わかった?」
首を縦に振った。後悔のない決断を僕はいずれしなきゃいけない時が来る。でも、先ずはテスト勉強をしなければならない。ふらつく足取りで紅の肩を借りて家に帰った。
紅は僕を家に送り届けた後、何処かに行った。何処に行ったかは知らない。
僕は自分の部屋のベッドに寝転んだ。
「あー、疲れた」
すぐに眠れた。夢を見たような気がしたがどんな夢を見たのか思い出せなかった。目が覚めて月曜日を迎えた。いつも通り心愛が僕を迎えに家に来て慌てて制服に着替えて慌てて玄関に向かった。
「おはよう、晴翔」
心愛の笑顔を見て契約者とか知らない人間の生活に戻ったような感覚になる。
「おはよう、心愛」
挨拶をかわし2人で学校に行く。2人で並んでいつもと変わらない風景を通る。心愛の髪が風になびいて揺れる。
「なあ、心愛。お前は永遠に生きられる命のことをどう思う?」
遠回し不老不死の事を心愛に聞いてみた。朝から話が重すぎただろうか心愛は俯いて考える。
「永遠の命……かぁ……。永遠に生きたいっていろんな人は思う。けど私はそれってとても残酷なことだと思う」
「残酷?」
残酷について聞き返してみる。
「永遠に生き続けたらいろんな物の刺激を受けてその人の人格が変わったり生きる目的を失っていくと思う。それはとても残酷なことだよ」
「それって永遠の罪だって言いたいのか?」
「んー。そういうこと、なのかなぁ…」
よくわからないといった表情をする。都姫や紅は生きる目的を失ってしまったんだろうか? 昔と同じままの性格なのか……。それは僕にはわからない事だった。
流石学年1位の成績を持つだけの風格はあり、才女だ。
「晴翔は永遠を生きれる命があったらどうする?」
「心愛が永遠に生きられる命を持ってるならそれも悪くない、と思うが普通の人間として一生を過ごしたい、かもな」
「晴翔、それって……」
「どうした?」
「な、なんでもないっ!! 別になんでもないからっ!!」
急に心愛は顔を赤らめて慌てふためく。恥ずかしいのか顔面を手で押さえて顔を隠す。なんでそんな反応をされたのか訳が分からないがこっちまで恥ずかしい気持ちになってきた。
「わ、私!! 先に学校行くからっ!! じゃあね!!」
猛ダッシュで心愛はこの場から去ってしまった。なんか僕そこまで変な事を言ってしまったのだろうか……。
「ヒューヒュー朝からおアツいー」
「紅!?」
後ろから僕をからかう声が聞こえて振り向くとそこには紅が塀の上を歩いて今の僕と心愛の光景を見て囃し立てていた。
「もしかして晴坊って天然!? 分かってナイ!? あちゃー」
「なんだよ?」
「今のセリフってどう考えても愛の告白デショ? 朝からいいモノ見れちゃったネ。じゃあねー」
紅は上機嫌になってその場からジャンプして屋根の上に飛び乗る。僕はなんのことかさっぱり分からず、次々と屋根の上から別の家の屋根に飛び移る紅の姿を見送った。
「意味がわからん……」
全く理解出来ていなかった。なぜ、心愛が顔を赤らめたのか、紅があんなに楽しそうにしていたのかが。僕は1人で学校に行き、教室で心愛と都姫が一緒に話していた。
「晴翔ー☆ おっはよー☆」
「おはよう、都姫」
あくまでまだ都姫は学校でこの意味のわからないキャラを続けている。この意味のわからないキャラ作りをしている時だけ外見年齢相応の姿に見える。心愛はさっと都姫の後ろに屈んで隠れる。
「ん、どったの、ここあちゃん?」
「いや……その……ちょっと今は晴翔に顔を見せたくないから」
「恋する乙女の顔だね☆」
「そういうのじゃないから!! そういうのじゃないからね!!」
都姫が心愛をからかう。転校初日は嫌悪な雰囲気だったがそれほどでもなさそうだった。2人の様子を見守り、自分の席についたら男が横から僕の肩を手で軽く叩いた。
「おまえ蒼葉晴翔だよな?」
「ん、ああ。そうだけど」
「俺は深川翡翠。分からんないだろうから一応名乗っておく」
確かにこの男の名前は知らない。同じクラスメイトで1年以上この学校に通っているのに全く知らない。得体の知れない不安を感じて深川を睨む。
「睨むなよ。先生が呼んでる」
「?」
「行けよ」
威圧されて僕は席を立ち上がった。見下ろされてよく最初は顔立ちが見えなかったが、碧眼に茶髪、一言で言えば世に言うイケメンというやつだった。なんというかイケメン揃いでなんか嫌だ。僕は仕方なく言われた通りに職員室に向かう事にした。
「きゃっ」
教室を出る途中、心愛の少し驚いた声を出す。気になって立ち止まり振り返ると深川が心愛の手首を掴んでいた。
「!!?」
いつこんな状況に陥ったのか分からなかった。教室がざわめく。
「放課後話がある。体育館の裏に来い」
「なんで……」
「以上だ。来なかったら……分かってるよな……?」
深川に威圧されて心愛はしぶしぶ首を縦に振った。その様子を近くでいた都姫は僕がまだ教室から出て行ってないことに気がつき、首を横に振った。僕は一旦教室から出て職員室に行った。職員室に行って先生から話を聞いてみると呼び出していないという。僕は深川に騙されたらしい。
(なんのために……?)
騙された理由はよくわからない。思い当たることと言えば深川が心愛を放課後に呼び出していた出来事くらいだ。教室に戻ってみると、心愛が席に座ってうつ伏せで寝ている。都姫は暇そうにスマホをいじっていた。
都姫に話しかけようとしたら、予鈴に邪魔されSHRが始まり、その後、いつも通りの授業が始まった。
退屈でつまらない先生の話。この歪な日常の中に僕が望んだ願いが潜んでいる。
紅はいつかきっと分かると言っていた。この違和感を繋ぎ合わせれば分かるかもしれないが……簡単にはいかなそうだ。
先生の授業を聞き流しながらノートに今まであったことをまとめて考えてみてもよくわからなかった。
放課後になって心愛に勉強を教えてもらおうと思ったがもう既に教室にはいなかった。
「心愛を探しているのかしら?」
都姫に話しかけられて朝あった出来事を思い出した。
「あっ」
「思い出したようね。面白そうだしアタシも一緒に見に行くわ」
都姫と一緒に心愛が呼び出されていた体育館の裏に行ってみる。体育館の裏、フェンスの近くに心愛と深川が立っていた。心愛はフェンスに寄りかかっていて深川に追い詰められている。
「声が全く聞こえないわね……」
「そうだな……」
聞き耳を立ててあの2人が何を話しているのか全く聞き取れない。伝わるのは言い争っている声だけ。深川が心愛を顔を殴ろうといきなり手を上げる。
「!?」
驚いて心愛と深川の間に入ろうとしたら都姫に止められた。よく見たら深川がフェンスを掴んでいただけだった。
「壁ドンね……」
「なんだそれ……?」
「最近の女子がドキッとするシチュエーションの一つよ。私はドキッとなんてしないけどね」
深川がどんどんと心愛に顔を近づけている。
「晴翔!? いいの!? 心愛があの男にキスされたのよ!?」
「……? ……何が?」
「この鈍感!!」
都姫は何を言ってるんだろう。あの二人がキスをしてるようにはどうも見えない。
心愛は嫌がったのか翡翠を両手で突き飛ばした。大袈裟にゆっくりと深川は地面に倒れた。言葉をいくつか交わしたように見え、そのままゆっくりと立ち上がって深川は去って行った。
心愛がこっちに気がついて近寄って来た。
「2人とも何してるの?」
「ここあちゃんとふかがわくんを見てたの☆ キスされてたよね!?」
都姫が思いきって聞いてみると、心愛が心底嫌そうな顔をして、憎悪を込めて吐き捨てた。
「ハァ?」
結構な低音の声で心愛が都姫を睨んだら彼女は身体をぶるっと震わせて引きつった笑顔で「ないですよねー」と目線を合わせないで言う。
「そういえば放課後勉強する約束だったね。ごめん、今はそんな気分じゃないの……だから、帰るね」
心愛は何時もの調子に戻って一昨日の約束の事を言う。
「分かった。夜道には気をつけろよ。じゃあな」
「うん……じゃあね、晴翔」
1人で心愛は帰って行った。都姫は引きつった笑顔のまま手を振って心愛を見送った。
「よく分からないけど、勘違いのようだったわね」
「そうだな。都姫の勘違いだ」
「良かったわね、晴翔。だけど、ダメよ。今を生きる人を好きになってはダメ」
「べ、別に僕は心愛の事……!!」
「契約者は普通の人間とは別の時間で生きている。一緒に生きることは出来ないわ」
「……わかっている……」
僕はそれでもやっぱり心愛の事がきっと1番好きなんだろう。あの笑顔と優しさにいつも救われていたから彼女以外の人を好きになることはない。
「やっぱりあの子の事好きなのね。だけど、はっきり言うわ。人と契約者が結ばれる事なんてない。今の晴翔が死ねば“いた”という事実はなくなって誰の記憶からもなくなる。これは契約者になった人の運命なのよ」
「……」
たとえ今の僕が死んで“生きていた”という事実がみんなの記憶からなくなっても僕が覚えてればいいだけだ。この心は箱にしまっておこう。心愛を悲しませないように。
「早速修業をするために紅のところへ行きましょう。死にたくないなら魔法使いを殺して不老不死になるしかないのよ」
僕は生きるために修業をする。それが本当に正しい答えなのか、未だ分からない。紅は後悔をしない決断をしろと言っていた。後悔をしないようにもう少しゆっくりと考えをまとめたい。
都姫と共に紅の所に行って物凄く修業をした。今日はアラルカータが悪夢を生み出していたため実戦で剣の腕を確かめた。まだまだ甘いところもあるが、1人でなんとか戦えるようにはなったようだ。家に帰ってすぐさまベッドの上で眠った。