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ギター×ニット帽×そばかす

作者: ゐを

男の子って、本当に馬鹿で真っ直ぐでいいなあ。

私が今までに会ってきた人たちがたまたま

そうなのかもしれないけど。


だらしない格好で机にもたれかかりながら、私は持て余した右手で三角くて、ぺらぺらで、カラフルなそいつの輪郭をなぞる。


なんで私は何やっても中途半端なのかな。

何度も何度も咀嚼したその問いかけを繰り返してみる。


遠山先輩は、いいなあ。

私にはないもの、たくさん持ってて。


右手の中の三角いそいつを指の感覚だけで転がして遊ぶ。

最近買い替えたらしいフリーダムのギター。

持った時にこいつだ、って決めたらしい。


ほんと、直感で物事を決められるってすごい。

私はいつまでも決まらない進路と、ぱっとしない成績とで悩むばかり。


先輩の行く大学の近くの女子大、行けたら良いのに。

返却された模試を見ても、D判定が仲良く並んでてため息は尽きない。


お馬鹿だけど人当たりも良くて、勉強熱心で性格も顔も素敵な遠山先輩は少ない推薦枠をさらって、私でもなんとなく聞いたことのある東京の大学に内定をもらった。


ああ、卒業したら放課後なんとなくふたりで会うことも叶わないんだ。


先輩、先輩。

形の良い耳と、唇と、長いまつ毛。

椿って名前なのか名字なのかわかりずらいよなって笑った、落ち着いた優しい声。


11月の日暮れは、寂しくて、澄んでて、無性に懐かしくて。

遠山先輩は練習し続けてるのにちっとも固くならない指を見せて、ちょっと眉毛を下げて笑った。

私の苦手なEマイナーのコードを大きな手で被せるように押さえたのが温かくて、ずっとずっと一緒にいられたら良いのにって思った。


いつからこんなに好きになってたんだろう。

いつの間にか、放課後になると遠山先輩のちょっと埃っぽい、飾らない男の子の匂いと四角くて大きな手を期待してた。


先輩の、フリーダムのギター。

先輩は熱心に弦を替えているところで、いつ見ても綺麗な顔をしてるなあって思う。


丁寧にクロス掛けしているのを見て、ギターが羨ましいなって、遠山先輩の彼女が羨ましいなって泣きそうになる。

ふざけて私の頭をくしゃっとするのとは違う、愛おしそうに大事そうに、本当に優しく撫でているのを見掛けて、悪いことをしている訳でもないのに直ぐにその場を離れた。


それから何ヶ月しても、先輩が楽器を拭くのを見る度そのことを思い出して、中途半端な自分を思い知って、喉の奥がツンとするのを気付かれないように指練の同じフレーズを繰り返した。


人のことは言えないけれど、彼女はそんなに可愛くなかったから。

綺麗な黒髪と、白くて柔らかそうな肌と、ぽってりと赤い唇が印象的な、垂れた目元が優しそうでふっくらとした人だった。


家に帰ってそっと鏡を覗いたら、嫌いなそばかすが目についてきゅうって喉が鳴って、今度こそ声を殺して泣いた。

末広の二重まぶたに上がった目尻、小さくて低い鼻、色も厚みも薄い唇。いつも気にしてたそばかす。

遠山先輩の大事な人。私とは正反対だった。



弦を張り終わって調律を始めた先輩は、いつものお気に入りらしいニット帽を被っていた。

先輩、苦しいよ。

こんなに好きなのに。


「もうすぐ冬になるね。」

「そうですけど、もう先輩って内定決まってましたよね?」

「H大ね。椿はもう進路決まった?」

「K女子大…厳しいですけど。」

「あ、近いじゃん。卒業したら会えなくなるかと思ってたけど案外心配なさそうだなあ。早く曲通せるようになれよ。」


一番欲しかった言葉を、愛おしそうなあの目で言われて、涙が堪えきれなくなった。


「フリーダムの、テレキャスになりたい。」

言ってからはっとした。意味がわからないし恥ずかし過ぎた。


先輩はきょとんとして、それからふわっと笑って、そばかすを撫でて、それから涙を拭ってくれた。


「今日はもう帰ろうか。送るよ。」

いつもは雨の日か用事のある日しか送ってくれないのに。

携帯を出して手早くメールを打つと、自転車の後ろに乗るように促されて引っ込みのつかなくなった涙と嗚咽を引き連れたまま荷台に腰掛けた。

何も言わずにニット帽を目深に被せられ、おでこがちくちくしたけど先輩のなすがまま、冷たくなった耳ごと帽子をずり下げた。




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