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魔王の私が生き返ったら、なんか勇者が二股野郎になっていた

作者: 和花



「勇者様はわたくしに言いました。『僕が魔王を倒したら結婚しよう』って。わたくしはアスラル星人が流氷でガンパルズルの儀式を行うほどの衝撃に打ち震えましたが、魔王を倒した勇者様は王……仲間の僧侶と婚約したのです。わたくしとした約束は忘れられているのでしょうか?」

 知るか。と思う。

 何だこの女は。いきなり何を言っている?

 私は広い部屋にいた。真っ赤な絨毯がひかれ、豪華なベッドが置いてある。ベッドの傍には純白のクッションあり、私はそのクッションの上に座らされていた。

 そしてベッドに腰をかけてため息をついている少女が一人。

 美しい海色の瞳が印象的なアレガル国の王女リリアだ。長い亜麻色の髪には装飾品の一つもなく、服も庶民が着るような裾の短い薄桃色のワンピースだった。

 王女はわずかに頬を染め、恥ずかしそうに私を見る。

「ねえ、どう思いますか? アズゥカッパデヨンデさん」

 アズゥカッパデヨンデ? 『さん』をつけるという事は、その単語は人の名前なのか?

「もしかしたら、勇者様は幻惑呪文にかかっているのかもしれません。……ああっ! なんということでしょう! そっちの方が可能性あります」

 顔を横に向けると、大きな窓から明るい日の光が入ってくるのが見えた。テラスの向こうに青い空が広がっている。

 ということはおそらく、ここはアレガル城なのだろう。

 この世界にある城は二つ。そして、そのうちの一つである私の城は、暗雲が空を覆い稲妻が落ちる魔界にあるからだ。

 私はその奥で長い間勇者を待っていた。

 そこで思考が停止する。

 思い出したのだ。

 私は――魔王として、この世界を支配しようとした私は、一人の若者に倒された。

 勇者と呼ばれる青年。彼と斬り合い、負けたのだ。私が死んで、世界征服の野望も途絶えた……はずだった。

 なのに何故、私はここにいる?

 まじまじと自分の体を見る。

 私は裾の長い豪奢なドレスを身につけていた。淡い水色の袖から覗く両手は驚くほど小さく、華奢である。頭を動かすと二つに束ねられた亜麻色の髪が頬にあたった。

「聞いてます?」

 王女が大きな海色の瞳で不満そうに私を覗き込む。

「せっかく、輪廻転生であなたのソウルを死の世界デスインフィニティから救い出しましたのに……。真面目に聞いてください!」

「どういうことだ?」

 気づけば疑問が口に出ていた。同時に私は自分の声に違和感を覚える。高く、澄んだ声。これが私の声なのか?

「つまり僧侶の死が世界の平穏につながるのです!」

「そんな事を聞いてるんじゃない。貴様が私を生き返られたとはどういうことだ?」

「えっと、ちょっとまってください」

 王女は考え込むように足を組んだ。

 黙って待っていると、王女はおおむろに立ち上がる。

「淑女のたしなみに、反魂の術というのがあるのを知ってますか?」

「初耳だが……」

 言いかけ、黙る。

 まさかこいつ、魔王に反魂の術を使ったのか?

 生きるか死ぬかの瀬戸際、命をかけて闘って散った私に生き恥をさらせと?

 反魂の術は、禁術としてとうの昔に潰えた術だ。

 それを王女が使えることに驚くと同時に底知れない不安を感じる。それは私が魔王だった時にはもたなかった感情だ。

「アズゥカッパデヨンデさんの体がなかったので、お父様が作られたわたくしの人形に、ソウルを入れました。自分で言うのもなんですが、まあ可愛いですよ」

 アズ何とかというけったいな単語は、もしかして私の名前か? 

 断じて違ったはずだと記憶を呼び起こす私だが、王女から手鏡を渡されて思考を止めた。ぶっちゃけ誰もが魔王様と呼ぶので私も覚えていないのだ。

 手鏡を覗くと、困惑気な王女が私を見返していた。亜麻色の髪はドレスと同じ水色のリボンで括られている。顔を上げても同じ顔。ただし髪に装飾品はない。

「どういうことだ?」

「それ、王女がいなくて寂しいからと国王が作らせた……わたしそっくりな人形です。伝説の剣と同等の価値があるんですのよ」

 それは国民の血税で作ったのか?

 疑問がわくが、とりあえず横にでも置いておく。大事なのはそこではない。

 とにかく、だ。

 私は王女の人形に魂を入れられた状態で生き返ったらしいのだ。

 王女の反魂の術によって。

 多くの書物は、反魂の術が禁忌として根絶された理由を、術が難しく挑戦した術者がことごとく命を失ったから、と書いているが事実は少し異なる。

 問題はその術が完成した後にあった。

 術の対象者は術者に逆らえない。

 生き返らされた者は、術の使用者の魔力に抗えない。

 つまり私の力は王女に通じず、私は魔力を込めた王女の言葉に嫌でも従わらざるを得ないのだ。

「それで、私を生き返らせた目的は何だ?」

「≪共に、僧侶を殺すべく旅に出ましょう!≫」

 嫌だ。

 だが、魔力を込めた言葉には逆らえない。

「……僧侶を殺す?」

 確か、勇者の仲間にシスターの格好をした少女がいた。ちまちまとステータスダウンの呪文を唱えていて正直ウザかった。

 が、王女が彼女を殺す理由がわからない。

 そこで、話の冒頭に王女が何事か言っていたのを思い出す。

 電波部分を抜くとこうだ。

 勇者に告白されたが、彼は僧侶と婚約した。

 な、二股……だと?

「確か勇者は、お前に告白していただろう。なのに、僧侶と婚約したというのは本当なのか?」

「うふふ、聖イデオギリンに誓って事実です。わたくし、婚約パーティにも呼ばれましたのよ? もちろん体調が優れないと、辞退しましたけど」

「……そうか」

 突然だが勇者の話をしよう。

 勇者という男は、正義感溢れる若者だ。言葉を交わしたのはほんの数回だったが、彼の真っ直ぐさは十分伝わってきた。

 性格は単純で、魔王城の所々に張った見えない壁にぶつかってばかりで呆れた。

 ――覚悟しろ魔王! 俺はお前を倒し、この世界の平和を手に入れる!

 私の前に立ちはだかった勇者は、何度も壁にぶつかったからか、青あざだらけで大変残念であった。それ以外はおおむね合格だ。

 勇者は、どこかの王子を思わせる金髪碧眼で端正な顔立ちだ。体は中肉中背で特筆することない平凡さだが、伝説の武具を装備していて、輝くばかりの威厳がある。

 世界を滅ぼす魔王のわたしと対極の位置にいる勇者とは、こんな姿をしているのかと……今思えば、軽い羨望を感じていた。

 そして勇者は決意に満ちた表情で、私に捕らわれて光の壁に閉じ込められている王女に、

『僕が魔王を倒したら、結婚しよう!』

 と、プロポーズしたのだ。

 私はしっかり聞いた。

 なのに何故、王女と僧侶の二股疑惑が出ている?

「いったい、私が死んでいる間に何があったのだ?」

「それはいいから、とにかく早くしましょう! まず、勇者様に会うためにおめかしします。≪あなたは試練の山の頂上にある美薬草を取ってきて≫」

 再度述べるが、私は魔力を込めた言葉に逆らえない。

「それから、せっかくですし、勇者様にお土産も渡したいので、≪灼熱地獄にて、火竜を倒し、その鱗を用意すること≫それから――」

 王女はくどくどとむちゃな要求を続ける。

 三度目になるが、私は魔力を込めた言葉に逆らえない。

 つまり私は、彼女のわがまま全てに付き合わなければならない、ということだ。

 いいか? ……ぶっちゃけるぞ?

 私は心の中で大きく息を吸い込んだ。

 ふざけるな!

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ。

 なぜ私がそんなことをしなければならない!

 私は魔王だぞ? 何者にも膝をつかない、人々に畏怖される存在のはずだぞ!?

 ふう、すっきりした。

 とにかく、私とて、元魔王としての矜持がある。

「それからアズゥカッパデヨンデさんには――」

「王女! 私はお前の言葉の全てを否定する!」

 私は私の意志を縛ろうとする魔力の鎖を断ち切ると、テラスから飛び降りた。

≪僧侶を殺せ、試練の山、灼熱地獄、シザ氷山、ガルグ海峡、最果ての洞窟、以下略≫

 魔力の言葉が私の頭の中で暴れている。

 私はそれを振り切るために全力で駆け出した。



 清々しいほど澄んだ青色の真ん中にある丸い物体は、頼みもしないのにじりじりと私を照りつけてきた。私の命ずるまま雷をとどろかせていた魔界の空と違って気が利かない。

 暑い。そしてだるい。

 こんな体のせいか、私の魔力は格段に落ちていた。魔力の言葉に抗っただけで全身が重くて仕方ない。抗えないのじゃなかったのかって? 魔王の本気はすごいのだ。もう二度とやりたくないが……。

 テラスから飛び降りたのがまずかったのか、片方の足首が変な方向に曲がっていた。痛みはないが歩きにくい。私は片足を引きずるように進んだ。

 王女から離れれば、私を縛る魔力も力を落とすはずだ。それから、彼女の呪縛から解放される方法を探すしかない。反魂の術にはそれがないから禁術なのだが、現実逃避して一縷の希望に縋る。

 目の前が真っ白になりそうだった。

 周りの景色が横倒しにみえるのは、果たして暑さのせいだろうか……。

 明るい陽光に照らされたアレガルの町並みは平和なものだった。建物の陰で、人々が和やかに語らっている。今後アレガルの平和が脅かされるとすれば、原因は王女か王だろう。そう断言できるほど、まともな人ばかりだ。

 じっと観察していると、私に気づいた人間が口に手を当てて悲鳴を洩らした。

 柔らかそうな服を着た女性や、地面に絵をかいて遊んでいる子供、仕事中の男性までもが私を凝視していた。

 その表情は恐怖に染まっている。

 魔王たる私を前にしているのだから仕方がない。

 そう思うが、よく考えると、今は王女の姿をしているのだ。

 なぜ人々が恐ろしげな顔をするのかかわらない。あふれ出る魔王の威厳というものだろうか。

 疑問のままに足を進めた私は、衝撃を感じて地面に倒れ込んだ。ちょうど豪奢な石造りの神殿の前で、そこから出てきた人間と衝突したらしい。

「ごめんごめん。立てるかい……?」

 手を伸ばしてくる男の輝く金の髪が太陽を連想させて、私はよけいに暑苦しい気分になった。瞳は澄んだ青色。体のいたる所から優男を連想させる頼りない雰囲気を放っているが、顔立ちは端正である。

 どこかで見たような……そうだ、勇者だ。

 私の目の前に立っているのは、二股の疑いのある勇者その人だった。

 勇者は私に気づいて、目を大きく開ける。

 それから少女のような悲鳴を上げた。

「いやああああっ―――! 首が折れてるぅ!! ねえ、僕のせい? 僕がぶつかったせいですか!?」

 なるほど、だから景色が横倒しにみえたのか。

「いや、多分テラスから落りた時に――」

「ギャアアアアッ――。死体がしゃべってる! ちょっと国民の皆さん! これどなたかの操り人形なんですよね? そうですよね?」

 勇者はあたりを見渡してそう聞いている。しかし国民たちは恐る恐る私たちを見るだけで、かかわってこようとしなかった。勇者が近づくと全力で逃げだしそうな、そんな雰囲気がある。

 それにしても、ちょっと首が折れたくらいで、たいそうな騒ぎようだ。

 私はそう思いながら両手で折れた首を元通りにしようとする。しかし、首はがくがくとして安定しない。

「ちょっと貸してくれ」

 私は勇者の着ている服をはぎ取ると、引きちぎってひも状にする。それで頭の上から脇の下を結んで、首を固定した。

 これで完璧だ。がくがくしない。

「ちょ、ちょっと! いきなり何するんですか!」

 服をはぎ取られた勇者は、上半身裸で突っ立っていた。

 まあまあ鍛えているのか、意外とたくましい体だ。勇者が呼吸するにつれて大胸筋が艶めかしい動きを見せる。

 王女が言うには、この嫌らしい筋肉を持つ男が王女と僧侶の二人を弄んだ元凶で、私はこいつのせいで王女の人形に魂を入れられて、今現在生き恥を晒しているわけだ。

 考えていたら腹が立ってくる。

「ちょっと、聞いてます? このままじゃ僕、猥褻物陳列罪なんですけど?」

「黙れ≪この二股野郎!≫」

 瞬間、勇者が凍りついた。

 私が言葉に氷の魔力を込めて呪文として放ったからだ。

 私はそのまま氷の彫像と化した勇者を引きずって、適当な裏路地に入った。

 神殿のある表通りとは打って変わって、しんと静まり返った細道。密接した建物が落とす影のせいでずいぶん暗く、どことなく寂しく静まり返っていた。

 私がそこですることは三つ、

 一、扉に耳を当てて中の様子を探る。

 二、窓を覗いてみる。

 三、扉を叩いてから隠れて反応を窺う。

 で、誰もいないようだったら、そこは空き家ということだ。

 私は空き家に勇者をつれて来た。

「いつまで固まっている。≪さっさと動け≫」

 勇者はまず、いきなり変わった場所に驚いてきょろきょろとあたりを見回していた。ここが人気のない空き家と認識すると、じっと私に目を向けてきた。

「こ、こんな人気のない場所に連れてきてどうするつもりだ?」

 勇者と呼ばれるにふさわしい顔で私を睨む。

 退路を確認するためだろうか。勇者の瞳が不意に窓に向けられた。

 勇者ははっとして口を開けると、慌てて己の胸を押さえる。

「いやん♪」

 私と勇者は、しばしの間見つめ合った。

「……」

「……えっと」

「……」

「いや、あの、恥ずかしいから反応してくれよ」

「……」

 私はじっと勇者に目を向けていた。どこからどう見ても無害な優男で、こいつが二股をしているなんて、とても思えない。

「勇者」

 低く押し殺した声に、勇者はびくりと反応する。

「私をこんな体にした責任、とってもらうぞ」

 腐っても勇者。二股でも勇者。

 私を倒したほどの男なのだから、足手まといにはならないだろう。王女にかけられた術を解くために協力させてやろう。

 私は勇者の腕をガシッと掴む。

「勇者様! 助けに来ましたわぁ~!」

 唐突に甘ったるい女の声が乱入した。

 エコーのついた機械音声で、窓の外から聞こえてきた。振り向くと、外に赤い機械人形が立っている。

 二メルトルくらいだろうか。全体的に赤で統一された機体。関節や頭部には白が混じっていて、なんとなくおめでたい気分になる。ギラリと光る両目は黄色だった。

 最近、アレガルで開発されているという、対魔王用の機械人形――通称ロボットだ。諸井呪いと散々で実戦投入されてなかったが、完成したのだろうか?

「勇者様、今助けますわぁ」

 と、機械人形のがピシッと右手を突きつけてくる。

「スイッチオン!」

 腕がぐるぐると回転し出す。ドリルと化した右手が、窓をぶち破って家を壊しながら室内に入ってくる。

 私は勇者を離すと、素早く下がって反撃の構えを取った。

 さあこい。私とて魔王の端くれ、超凄いカウンターを決めてやる。

 ゆっくりと、重い足取りで近づくロボットは、さながら重装備の兵士のよう。

 ドシャッ。

 こちらに近づいてきたロボットが、足物の瓦礫に蹴躓いて転倒した。

 右手のドリルが、勇者の頬を掠めて床を削す。

 両者とも、動かない。

 壊れた家屋の隙間から、冷たい風が吹き込んできた。

 地面に空いた大穴を、勇者は呆然と見つめている。

 体勢を立て直したロボットがドリルを止めた。それから、コックピットが開いて少女が下りてくる。水色の長髪に、同色の瞳。シスター服を着た僧侶だった。

 彼女は勇者のそばに立つと、ぎゅうっと彼を抱きしめた。

「良かった。勇者が無事で」

 殺しかけておいてなんという言い草。

 しかし勇者は気にしてないようだ。左手で彼女細い体を支え、右手で尻を撫でまわしている。

「魔王を倒した俺が、変な女にやられるわけがないだろう」

 ……なんで私はこんな奴にやられたんだろう。

「ところでマイハニー、どうしてここがわかったんだい?」

「こんなこともあろうかと勇者に盗聴器……ゲフンゲフン、愛の力ですわ!」

 アレガルの文明は凄いレベルになっているらしい。

「それより勇者。この女、何処かで見たことがありませんか?」

 僧侶と勇者、四つの瞳が私を見る。

 と、勇者の顔が驚愕に染まった。

「っつ、も、もしかしてマリリンかい? あれはほんの出来心だったんだ! それに、きみとはたった一夜の仲だったじゃないか!?」

「誰だそれは?」

 疑問である。

 勇者の隣に立つ僧侶が、つうと目を細めて、にっこりと笑みを作る。

「勇者様、その話、後ほど詳しく聞かせていただきますわ」

「ち、違う! これは魔王の陰謀だ! あいつがすべての元凶、そうに違いないっ!」

「勇者、魔王はもう死にましたわ」

「いや生きているが」

 うっかり洩らしてしまった。

 再び、四つの瞳が私に向けられる。

「いったいどういうことです? ……もしかして。勇者、あれは魔王の仕業かもしれれませんわ!」

「ありえるな。なあ君、僕との一夜をあげるから、詳しく話してくれないか?」

 それは、一瞬の出来事だった。

 素早く勇者の腕を取って脇に潜り込んだ僧侶は、彼を一本背負いよろしく投げた。しかし手は離さずに、勇者を床にたたきつける。

 そのまま僧侶は台所に勇者を引きずっていき、こん棒で殴った。まだ殴る、ひたすら殴る。その顔は無表情であった。

 勇者はというと、恍惚な表情で、もっと、もっと、と呟いている。やだあ。

 やがて勇者が力尽きて意識を失うと、僧侶は満足したように血に濡れた棍棒を捨てた、

「で、魔王が生きているとはどういう意味ですの?」

 僧侶につめよられるが、上手い誤魔化しが思い浮かばない。

 とすると、話を変えるしかない。

「そ、それより、私は誰に似ているのだ? 実は私は記憶喪失なんだ! だから――」

「勇者を拉致監禁して、私から奪おうと目論んだのでしょう? そしてすべてを魔王のせいにしようとした」

 僧侶は嘲りの笑みを浮かべていた。

「あなたの考えることなんて、所詮その程度よね。僧侶」

「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「一体どういうことだ? 僧侶はお前ではないのか?」

「白々しいですわ! 私の体で好き勝手やって!」

「いやマイハニ―。この子は僧侶じゃない」

 いつの間にか復活していた勇者が私の前に立った。傷一つないイケメンフェイスは、さっきまで殴られたとはとても思えない。

「僧侶じゃなかったら何ですの? マリリンだって言うの?」

「それも違う。見ればわかるだろう。彼女は僧侶のように一途で怖くないし、マリリンのような強引なエロさもない」

 じゃあ、なぜ先ほどは間違えた?

 気になるがそこは問題じゃない。

「一体どういうことか、私にもわかるように説明――」

「ついにこの日が来たのよ!」

 またエコーのかかった機械音声。

 振り向くと、窓の外に青色の機械人形が立っていた。

 コックピットには……王女の姿がある。

「うふふ、恩も忘れてわたくしの元から逃げ出すなんて、悪い子。お仕置きが必要ね。でも今は、見逃してあげるわ」

 私を興味なさそうに一瞥した王女は、勇者に向かって手を伸ばす。

「勇者様! わたくしの愛を受け取ってえ!」

 窓をかち割って乱入してきた左手が、勇者を握って持ち上げた。

「ゴヘェグフェグチャドゲフッ!!」

「いけない! ちょっとパワーがファイナルだったわ。テヘッ」

 愛しい勇者を取り上げられて、僧侶は悔しそうに地団駄を踏んだ。

「勇者は私の物よ!」

「舐めたこと言わないでくださいませ。泥棒猫娘」

「どっちがですの! あんたこそ、ちょっと勇者様と旅をしたからって調子に乗って! 勇者にこれ以上迷惑かけないで、性悪女」

「あーあー、聞こえませんわ。おっと、それよりこのおもちゃ(グズテツ)うかっり踏んで壊しちゃいましたわ。御免あそばせ」

 と、引きずり出したのは、赤いロボットの成れの果て。あらぬ方向に首がひしゃげ、腕、足それぞれの関節ごとにバラバラにされている。どう見ても、うっかり踏んだだけでこうなるとは思えない。

 ぐぬぬ、と僧侶は悔しげに王女を見上げていた。

 それに満足したのか、王女は優越感たっぷりの笑みを浮かべた。

「じゃあ、ほんの余興をお見せしましょう。やってお終いよ。……マイマスター」

 その時、懐かしい気配が近づいてくるのを感じた。

 私は瓦礫をかき分けて、家の外に出る。

 暗い裏路地。そこをいっそう暗くしている巨大な影の主が、上空にあった。

 一言でいうなら、巨大な青竜。

 ファーブニル――魔王たる私の右腕だ。無事だったのか。そう言えば、私の部下たちはどうなったのだろうと、少し気になる。

 ファーブニルは私に気づかないようだ。じっと見下ろす無機質な瞳は、私を虫けらとしか思っていなさそうだった。

 彼は、私たちに向けて厳かに口を開いた。

「愛の魔法、マジカル☆ンルン、運命の赤い糸っ」

 同時に、竜の口から魔法的な光線が飛び出して私の右手に吸い付いた。

「ちょっと、何よコレ!」

 僧侶の左手も、似たようなことになっている。

「ドッキドキ☆あなたとわたしが癒・着!」

 その言葉に反応するように、私の右手が動いた。数秒後、私の右手の平と僧侶の左手の平がくっついた。接着剤で癒着されたように離れない。

「何コレ?」

「お似合いですわあ」

「このっ! 降りてきなさいよ!」

 言いあう二人を横目に、私は竜を見上げた。

「ファーブニル? なぜお前が……」

 ファーブニルは答えなかった。

 もしかすると聞こえなかったのかもしれない。

「行きましょう。うふふ、それでは王女様、御機嫌よう」

 青のロボットが器用に腰を曲げて礼をした。

 そのまま王女と虫の息の勇者は去って行った。



 本当を言うと妙なことに巻き込んだ責任を追及してしかるべき賠償をもらいたいところだが、寛大な私は取りあえば状況を説明してもらうことだけ要求した。

「簡単に言うと、私が僧侶になってるの。王女なのに。で、僧侶が私になってるのよ」

「アレガル語で言ってくれ」

「言ってるじゃない! 私のしゃべる言葉のどこが人外語だっていうの!?」

 じろりと私を睨んでくる。

 私はため息をついて、彼女の言葉を脳内で反芻した。

「……つまり、だ。お前は王女なのだな?」

「そうよ」

「毎日ケーキを買って来いとファーブニルをパシリにする癖に、太るからと牢屋の中で毎日筋トレしていた王女だな?」

 あの時ばかりは、じゃあ食うなよと思っていた。

「そう……って、なんでそんなこと知ってるのよ!」

 しまった。なんか生き返ってから失言ばかりしている気がする。少しは気を付けなければならないな。

「……あなた、魔王なの?」

「なわけないだろう。馬鹿か」

 微塵も動揺を出さずに言い切ってやる。僧侶……いや、王女はしばらく私を怪しそうに見ていたが、やがて顔を背けて歩き出した。

「まあいいわ。じゃあ、さっそく行きましょう」

「どこにだ?」

「もちろん、勇者を救いによ。これ、決定事項だから」

 どうやら、僧侶につれて行かれた勇者というなの二股野郎を助けるつもりらしい。私としても、私の呪いをかけた僧侶や、ファーブニルの事が気になるので、彼女と行動を共にするのに異存はない。

 道の真ん中に立った私たちは、どちらともなく走り出す。

 そして、バランスを崩して転倒した。

「あんたどこに行くつもりなの?」

 手がくっついているから、別々の方向に進もうとすると、二人三脚のように無様に転ぶことになる。

 私は起き上がりつつ、王女に問う。

「お前こそ、なぜ左に走る?」

「僧侶は今私なのよ。王宮でいるのが安全でしょ!」

「アレガルの近くには、ファーブニルの根城である山がある。僧侶はそこにいるに違いない」

 私は自分の考えを言うが、王女の言うことにも一理ある気がする。

 しかたない。王宮に向かってやるか。

 再び走り出した私たちは、再び無様にすっこんだ。

「あんた喧嘩売ってるの!? 私が一理あると思って妥協しかけてあげたのに」

「ふん、知るか」

 それはこちらの台詞だ。

 不満げに口を曲げた王女が、憮然とする私を指さす。人間界では、人に指さすのが禁止されてるのではなかったか?

「あんたが魔王だろうとそうじゃなかろうと、これだけは確実よ。私、あんたとはウマが合わないわ」

「同感だ」



 アレガルの南東には、人が立ち入れぬほど険しい山脈が広がっている。あまたの魔物がすみ登山する人を襲っていたらしいが、私が倒されてからは魔物も激変。ピクニック気分で立ち入る人が多いらしい。

 その、険しい山の頂には、場違いなほど豪奢な建物があった。王女になった僧侶が作らせたという秘密の別荘。全体的に桃色に統一されたプリティな王城。というのが第一印象だ。これを見るために登山する人も多いらしい。この時点で秘密でもなんでもない。

 筋トレ王女の剛健は凄まじく、私たちは彼女の壊した壁から天井裏に侵入する。こっちそっちと引っ張り合いして、天井に救っていた蜘蛛の巣を引っ付けながら探索していたわたしたちの耳に、僧侶の声が聞こえてきた。

「勇者様、愛していますわ」

 私は先手を取って叫びそうになる王女の口をふさいだ。ここまで侵入して見つかるのも馬鹿らしい。

「僧侶ちん、先ほどの二人が来たなりよ」

 とファーブニル。

 あれ? ばれてる?

「どうするなりか?」

「もちろん、歓迎して差し上げるのよ」

 瞬間、不穏な気配を感じて私はその場を飛びのいた。轟音と砂煙が立ち上がる。先ほど私が立っていた場所から、青い鉄の塊が生えていた。

「ちっ、逃がしましたわ」

 私はそっと二人の前に降り立つ。

「ファーブニル! なぜお前がそんなことをしているのだ?」

 私の右腕とまで言われたファーブニルが、自らの領地に僧侶を通し、あまつさえあんな妙な屋敷の建設を見過ごすなんて、てかそこに住んでるなんて、にわかには信じられない。

「誰なり? この小娘」

 じっくりとわたしを見つめたファーブニルの顔が、みるみる青く染まっていく。もともと青いけど。

「ま、まさかあなたは……」

「マイマスター、≪目の前の二人を殺しなさい≫」

 容赦ない僧侶の言葉が割り込んだ。

「それとアズゥカッパさん、≪おとなしく切られなさい≫」

 魔力が私の頭をがんじがらめに縛り、ただただ僧侶の言葉を命じ続ける。そして、私は察した。ファーブニルも、私と同じなのだ。

 彼もまた勇者に敗れ……生き返らされた。

「刃を向ける所業を、お許しください……なり」

 魔王たる私が飲まれそうになる魔力を、ファーブニルが拒否できるわけない。

「マジカル☆リンリン、刃の雨」

 細い、針のような物体が私に向かって飛んでする。

 とっさにかわそうとした私は、右手に引っかかりを覚えてその場に転倒した。幸運なことに、針は私の頭上を越えていく。

「ちょっと、なんで左にかわそうとするのよ! 縁起悪いじゃない!」

「うるさい! 魔界には何事も左うちわで好転するということわざが――」

「リンリン☆大っ魔法」

 ちっ。

 最大級の魔力がファーブニルに集まるのを感じた。

 いくら私とて、これは防げまい。

「ファーブニル!」

 私は賭けに出た。

「≪止めろ≫」

 魔力を込めた言葉に、ファーブニルの体がびくりと止まる。躊躇うかのように言葉が途切れた。

 ファーブニルは優秀な部下だった。私に忠実で、力のある。だから、きっと私の魔力に反応してくれるはずだ。

「≪ここから離れろ≫」

「≪わたくしの命を聞きなさい! こいつらを殺すのよ!≫」

「≪ファーブニル! 私の言ってることがわかるだろう! 離れろ≫」

「すき勝手言って……ちょっとファーブニル可哀想ね」

 何もしていない王女にだけは言われたくない。

 ファーブニルは、集めた魔力を放てずに、おろおろと私と僧侶を交互に見ていた。

「ど、どうすればいいなり?」

「≪わたくしの――≫」

「≪お前が選べ≫」

 はっきりと、そう告げる。

「≪お前自身の意志を、それを貫き通せ!≫」

 私は魔王だ。いつも部下を縛り、意のままに命を下してきた。

 しかし私は、気づいてしまった。

 僧侶の魔力を込めた言葉。それに従う苦しさを、抗えない煩わしさを。

 だから、私はファーブニルに選択を任せる。

「魔王様」

 ファーブニルが私を見た。青い瞳に、金髪の小娘が映っている。今の私――魔王だ。

 そのまま一言も発さずに、彼は僧侶のぶち破った天井から飛び立っていく。霧散した魔力が降り注いて、部屋を砕いた。私は魔力の一部がロボットの腹を傷つけるのを見た。

 僧侶はファーブニルが去った方向に、悔しげに歯切りする。

「役立たずが!」

「ざまあ、僧侶」

 ニヤニヤとする王女を僧侶は軽やかに無視した。

 僧侶は私たちに目を向け、

「あなたはよくやったわ。でもね、ここで死ぬのよ」

 その通りかもしれない。

 魔力に抗って自らの魔力を行使したからか、私は立ち上がる気力もないほど消費していた。

「ふざけないで! 逃げなきゃ私も死ぬじゃない!」

 王女が思い切り腕を引っ張った。

 すぽんと私の方が引きちぎれる。

 よかったな。お前は助かるぞ。

 私は、振り下ろされる機械の腕をなすすべなくみつめていた。

 まあ、もともと死んでいたんだし、いいか。そんな諦めが駆け巡る。

 しかし、覚悟した衝撃はいつまでたってもやってこなかった。

「可愛いおんにゃの子を助けるのは、僕の役目だ」

 黄金の髪がそこにあった。背中がやけに大きく、立派に見えた。

 勇者が、私の前に立って、ロボットの腕を剣で受け止めてる。

 僧侶の表情が凍りついた。

 一瞬の隙。

 そこを見逃す王女ではない。

「必殺、魔王ファイナル!」

 王女の鋭い蹴りが私の頭を襲った。折れかけていた首がすっぽ抜け、ロボットの腹にジャストミート。

「うふふ。所詮、悪あがきよね」

 とロボットを動かそうとした僧侶が上ずった声を上げる。

「う、動かないっ。どうして?」

 私の首は、まだロボットの腹にぶら下がっている。正確にいうと、長い金の髪がファーブニルの傷つけた個所から露出するロボットの部品に絡まっていた。切れないところが、さすが高い人形だけある。

「精密機械はね、ちょっとの齟齬が命取りになるのよ」

「なっ、そんなのって……」

 やがて僧侶は、諦めたように操縦桿から手を離した。



「どうしてこんなことをしたんだい? 僧侶」

 ロボットから降りた僧侶への第一声がそれだった。勇者は心配そうに彼女を覗き込んでいる。そこだけ切り取ると、普通のイケメンにしか見えないのが驚きだ。てか詐欺だ。

 僧侶はじっと床に目を向けている。

「勇者様こそ、なぜそんな王女なんかに惚れたのですか。わたくしは……ずっと勇者様のことを思っていました。なのに、初対面のあんな女に……」

 勇者と王女に面識はない。私の城で、捕らわれた王女と会ったのがはじめだ。だから、いきなりの告白を不自然に思うのも頷ける。

「わたくしは、勇者があの女の顔が好きなのだと思いました。だから、わたくしがあの女になったのですわ」

 おそらく、術を使って精神を入れ替えたのだろう。反魂の術さえも使える僧侶の事だ、あっさりと行使できるだろう。

「それでも勇者様は、わたくしを見てくれなかった」

 僧侶は顔を上げた。すがるような真ん丸な瞳が青空を連想させる勇者の瞳とぶつかる。彼女の瞳を正面から受け止めて、勇者は口を開いた。

「ごめん、僧侶。僕は王女を愛しているんだ。磁石のように」

「? そう……ですの」

 なぜにたとえが磁石? しばらく考えを巡らして……おおっ。勇者がMで王女がS、惹かれあう仲ということか!?

「完敗ですわ。わたくしは、僧侶に戻ります」

 何処かさっぱりした僧侶の、悲しげな瞳が印象的だった。



 数日後、勇者の家。

 なぜか私はそこにいた。

「これにて一件落着。めでたしめでたしね!」

「私はちっともめでたくないのだが?」

 上機嫌で紅茶を飲んでいる王女に突っ込む。

 よく考えると、僧侶の魔力から解き放たれたわけじゃないし、何故がまだ生き恥を晒している。哀れな首は職人にくっつけてもらったし(初対面で上げた悲鳴にむしろ私が驚いた)王女も元の姿を取り戻した。私は髪が短くなったので、王女との差別化はできている。

「まあまあ、何事も前向きに! だぜ」

 勇者は楽観的だ。ちなみに私をこの家に招いたのは勇者だった。「一緒にいよう! 君は王女を超える逸材になるかもしれない」とか言っていた。

 勇者は肝心な時に気絶していたので、まだ私が魔王だと気付いていないようだ。言うまいか悩む。

 と、その時扉をたたく音。

「僕が出るよ」

 すたすたと歩いて行った勇者が扉を開ける。

「勇者様!」

 家の中に飛び込んできた青髪の少女が、がばっと勇者に抱きついた。僧侶だ。勇者豆を白黒にして彼女を見つけていた。

 予想外の展開に、王女の腕の中のコップが砕けた。握力で。

「なっ、僧侶。どうしてここに!? あなたは無様な負け犬でしょう」

 唇をゆがめて嘲笑する王女。僧侶は勇者から離れると、口に手を当てて優越感たっぷりに彼女を見下ろした。

「あーら、わたくし、負けを認めたのはあの顔だったからですわ。あんな変顔で勇者様を籠絡できると思ってたなんて、わたくし最大の失点ですわあ」

「ぐぬぬっ……」

 一触即発の空気。

 それをまずいと思ったのか、勇者はまあまあと場を取り持つ。

「二人とも落ちつて。そうだ! いっそのこと四人で仲良く暮らせば全部解決――」

「勇者様」

「勇者」

「あほか」

 なぜわたしも数に入っている?

 こんなのと暮らすのは御免だと思いつつ、

 私は騒ぎ出す三人を前に、なぜか笑みを作っていたのだった。


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