霧をしたがえる男
三話目に比べて大したことはありませんが、流血表現ありです。
右手首を切断され病院へと搬送させられたワグナー伯爵は、高価な調度品がいくつも置かれている病室で横になっていた。怪我は例の一か所だけで外傷もなく、入院するほどでもなかったが、伯爵の精神状態を考慮しての判断だ。
伯爵は仰向けのまま自由な左手を口元へ持っていくと、噛んだ跡のある親指の爪を歯で強く噛みしめる。爪の上を滑る歯がぶつかる小さな音とともに、頭はかくかくと動いていた。
コロネリがしつこくだれかを狙ったという話はない。そもそもコロネリが自分の財産を狙ったのか、自分を狙ったのかもわからない。目についた家を狙ったのかもしれなかったが、そうでないことだけは確信している。だとすれば、あの盗賊は自分の命を狙ってきたに違いない。
「だれか……!」
「こんにちはー! お見舞いに来ましたー!!」
病院には場違いなほど明るい子どもの声が、個室の扉の前で伯爵に向かって投げかけられる。あまりに突然で、伯爵は一瞬、なにがあったのかと思考が停止してしまっていた。
「ルイさん、ここは病院なんですからもっと静かに……えっと、突然すみません。事件の調査のために国から派遣されたものですが、今お話ししてもよろしいでしょうか?」
「……あ、ああ、はい。どうぞお入りください」
伯爵の了解を得た人物は短く礼を言って室内へとはいる。元気よく声を出していた白髪の子どもは黒髪の青年に手を握られてにこりと笑っていた。容姿に違いはあれ、歳の離れた兄妹のように見えるその後ろから、くすんだ金髪に碧眼の女性が肩手にポーレの花束を持って現れた。調査に王家の人間がくることを思い出した伯爵は、慌てて居住まいを正した。
「見舞いに来たのはいいが、手元にあるのがこれだけですまない」
「いえ、ポーレはわが町のシンボルですから」
あせって舌をもつれ、伯爵は先程とは違う感情から混乱している頭を必死に動かすと、モノトーンの花束に視線を這わせた。
ポーレは観賞用の他に献花としても使用されるが、メイス以外ではその美しさから、より観賞用として愉しまれている。王族でもその意味を知らないかもしれない、と伯爵は口元に寄せていた手を下ろし、花瓶を探している黒髪の青年に空いている花瓶の場所を教えた。
「そのまま聞いてもらってかまわない。こちらも単刀直入に話すつもりだ」
「……お気遣いありがとうございます」
少なからず皮肉をこめた言葉にも金髪の女性は表情を変えることなくエリシアと名乗った。
「ではさっそくだが、あの時の男はコロネリだったかね?」
「そうです」
「何故そう思う?」
「は?」
切返しの速さとその内容に、伯爵は間の抜けた顔をした。何故そう思うなどといわれても、そうとしか考えられないし、それをまさか調査に来ている人間に指摘されるとは思いもしなかった。特に自分はメイスでも有数の貴族であり、狙われた確率は極めて高い。
「いや、確かに今回のことが事件と関係している可能性は高い。しかしだ、犯人とされているコロネリの正確な情報は集まっていない……だから何故、貴殿がそう思ったのかを知りたい」
一見すると真摯そうな態度だったが、その瞳は無遠慮にこちらをのぞいているようで、透き通った緑の目は果てがない。伯爵は自分という人間が見透かされている感覚に陥った。
何故? 自分は何故そう思うのか?
伯爵は考え付く理由を頭の中で並べ立てた。しかし答えを待つ彼女にいえるほどの根拠ではない。いっていいほどの、根拠でもない。
「……そう、でしかないと、思いました」
カ、キリ。
伯爵の耳に小さく、爪を噛む音が聞こえた。一度、二度、三度。いつの間にかしていた行為は最初の一回が呼び水となって止まらない。音が続いてくるうちに視界にいたはずの女性はぼんやりとかすんでいく。伯爵の耳には、遠くで扉の開閉する音が聞こえたが、それが誰によって引き起こされたものかは判断がつかない。それほど重要なことだとも思えなかった。
「……具合が悪いようなので、もう一つだけ質問したらお暇するよ」
それは必ずしも伯爵に向かっていったようではなかったが、これで帰るようならそれでいいとも思った。考えに没頭し、その上で行動して仕留める。仕留められる前に。
「貴殿の屋敷でなくなったものはあるかね? 一応は支部の人間も探しているが、出来れば本人の話も聞いておきたいのでね…………どうかね?」
女性が遺失物について訊ねてくる。普通の空き巣と違って魔法の恩恵を受けているかもしれない軍人ならば伯爵の邪魔があっても無理になにかを盗んだと考えられたからだ。実際にコロネリと思われる軍人が盗んだのは指だったが、どこか見えないところに隠した確率は高い。
伯爵は小さく上下していた頭を突然止める。同様に脳内で渦巻いていた思考も停止すると、怯えきった様子で震えた声を出した。
「屋敷でなくなったもの?」
なくなったもの。奪われたもの。コロネリに、奪われたもの。それを見つけに、だれかが屋敷の中を捜索している。だれかが、どこを?
伯爵は痙攣にも似た震えに身体を揺らして、目を見開いた。かちかちと鳴った歯に挟まれた指を噛んで爪がきしんだ。それでも離してしまうよりもよほど落ち着いて噛みしめると、じわりと痛みが広がる。関節部分の薄い皮をやぶって血がにじんでも、その動きはとまらなかった。
「その、ような、ことはない、ですよ」
伯爵はそれでも女性に笑いかけたが、にわかに開いた瞳孔や揺れ動く瞳は恐慌状態を示していた。医師によって切断された右腕も震えているのを認めた黒髪の青年は、そっと女性の肩に手を置き、首を振る。伯爵にはその青年も女性も、既にきちんと映ってはいなかったが。
「ではそのように伝えておく……突然おとずれて、すまなかった」
女性の首のあたりで切りそろえられた、色はくすんでいるが艶やかな金の髪が、伯爵の目にとまった。その隣に控えている青年と、襟巻のようにイタチを首に巻いた少女がきた時と同じように手をつないで出ていく間も、中佐は金の髪を一心に見つめていた。
「金色は権威の象徴。王族の象徴。美しき金は……特別な」
その後も伯爵の言葉は続く。しかしながら、その呟きを聞くものはなく、伯爵はやっと熟考する時間を手に入れた。
様子のおかしかった伯爵のことを医者に任せたエリシアたちは昼前の町を歩きながら、自分たちの見たものを思い返していた。それは先程まで対面していたワグナー伯爵のことだけではない。おそらくは伯爵の手を持っていたコロネリのことも、である。
「やはり、エリシアのいうように、かくまっている人物がいるのだろうな」
「ああ、人間の一部を切り取るというのは、だれかに見せつけるためだからね」
人に聞かれないようになるべく人通りの少ない道を選んでいた三人は、その図を想像して小さくため息をついた。なんとなくこの町の問題のようなものは見えてきたが、引きずり出すのも嫌なシロモノではないかと秘かに思い始めていた。
とはいえ、それを解決しないことには、仮にコロネリを捕らえたところで真犯人がまた同じ事件を起こす可能性は高かった。
「しかしあの伯爵、よほど自分の財産が大切なようだ。遺失物の話をした途端に揺れだしたが……少々、固執しすぎにも思えたな」
「そうですね……もしかしたら見られたくないものがあるのかもしれません」
シルヴァの指摘に女性二人はうなずくと、捜索に力をいれてもらうように支部長に頼みこむことにした。特別そうしなくても大丈夫だとは思いもしたが、念には念を入れてのことだ。
それにしても、とシルヴァは思う。あの手首の具合からみて人差し指を切断してから手首を切り落とそうとしたのだろうが、本気ではなく痛がる様を見たかったからなのだろう。
しかしながらコロネリの獲物がわからない。魔法を使うらしいが、調査書にあったのは霧を発生させる、とそれだけである。もちろん一生に一つの魔法しか使えない人間なんてものは逆に稀であるが、ではあれは魔法を使ってつけた傷であるのか?
(じゃあアレは霧を充満させてから切りつけているのか? ならあの時はどうして爆発なんて手を使ったのか……知らせるため?)
だれに知らせているのかは明白だった。シルヴァたちに、だ。そうでなければ支部長に、と考えるのが妥当だろう。シルヴァもそこまで考えて、しかし理由が思い浮かばなかった。
「――わめく声は聞こえた」
低い男の声が脳に直接呼びかけるようで、シルヴァは足を止めた。
「シルヴァ?」
雪を踏み鳴らす音が一つ聞こえなくなったことに気付いて彼を見上げたが、シルヴァは彼女の顔の前に手をかざして制すと、辺りをぐるりと見渡した。人通りが少ないとはいえ全く人がいないわけではなかったが、コロネリに似た男はいない。
「――涙はしきりに落ちて、大地を凍らせた」
耳元近くで聞こえる声音に、シルヴァは静かに悪寒を感じながら自分たちが歩いている道の反対側の道を見る。そちらの方はなにか目指す場所でもあるのか人通りは多く、賑やかな話し声は、会話に華を咲かせているようにしか見受けられない。
「――――ならば保管場所を教えてあげよう。君に」
シルヴァの視界に、ある建物に寄り掛かる男性が見えた。黒い無地のコートを羽織った男性はうつむき前髪で表情も隠してしまったが、シルヴァが耳元で聴いているのと同じ言葉を口パクで伝えていた。そうして口が裂けそうなほどの笑みを残し、きびすを返した。
「! エリシアたちはここで待ってて!!」
慌ててシルヴァが馬車用の道を挟んで向こう側の道へと渡る。取り残された二人はシルヴァに手を伸ばしたが届くことはなかった。
制止を振り切ったシルヴァは立ち並ぶ建物の間をぬって裏道へと出ると、コロネリの姿を探して辺りを見回す。しかし一足先に行ったコロネリの痕跡はないようで、たいした距離ではないにしろ全力で走ったシルヴァがまた辺りを見回すと、目に痛いような黄色が飛び込んできた。
「ちっ」
暗い裏道で塗料が光っていた。しかもそれは動き、シルヴァからは少し離れたところで誘うように揺れている。実際に誘っているのかもしれなかったが、それを確かめる術がないことに鋭く舌を打ったシルヴァはまた走った。右へ左へと振られ方向感覚を狂わせられながらも必死に追いかけていく。その光がレンガ造りの二階建ての建物へとはいっていくと、迷うことなく建物の中へとはいり、二階へと階段を上っていく。
「っ……は、はぁ。くそ、あの野郎……気持ち悪いことを!」
「口が悪いよ、青年。普段のはポーズかい?」
厚着した状態での疾走に息を乱すシルヴァの前で、ちかりとまぶしいものが光る。正面からぶつかってくるものを、首を右にそらすことで避け、続けざまに右手を押し出した。
「踊る風の輪!」
広げた手の中央から生じた風は長剣を振りかざす人物にあたり、力強く後方へと押しやる。むき身の長剣は飛ばされる直前に切っ先を滑らせ、シルヴァの頬を軽く掠っていく。凄まじい勢いで壁にぶつかった男に距離を取りながら、シルヴァはその正体を見極めようとした。
「ザブド!」
怒気交じりの叫び声をあげた男性がなにかを呼ぶ。咄嗟に足を止めたシルヴァだったが、目の前で次第に広がっていく霧に後ずさる。腕で口と鼻を守りながら後退していたが、壊れたレンガの破片に足を止めた。
「……先を照らすは火の」
「やめろ、もうあまり動かないほうがいい」
「あか……いっつ!?」
霧を晴らそうとしたシルヴァに、霧の向こうから聞こえる声が忠告する。さえぎられても構わずに詠唱しようとしたが、足元を刃物で切られたような痛みに舌をかんだ。痛みに目を細めた先で視界がゆがむ気配にまた頭を振ると、耳が騒々しい音でいっぱいになる。風の音だった。
通常、魔法というのは精霊との契約である。おおまかには紙面上での魔方陣による契約と、シルヴァが行った呪文の詠唱による口承契約があるが、いずれにしても精霊の契約には使用する環境によって誤差も生じる。最初にシルヴァのはなった風の魔法はたいていの場所で使えるが、次に唱えようとした炎の魔法を使用するには不向きでもあった。
それを可能にするのがマナの存在であるが、シルヴァにマナはいない。ヒューイは炎を司るマナではあったが、この場にいないのならば同じことだ。そして呪文の詠唱は、使用する魔法を明確に宣言しなければならない。なにかの呼び名であることは、まずないのだ。
「足、やりやがって……木陰を守る風」
自分の周囲を風で囲い、霧に紛れている風の刃をいなす。そのまま霧を脱出しようとしたシルヴァは、今にも切れそうな肉の痛みに足元をやや呆然と見やる。中に綿のはいった膝下のブーツから少し綿がはみ出し、そこからおびただしい量の血が辺りに散っていた。風の囲いのせいか、鼻腔内は血のにおいでいっぱいになる。吐きそうだ、とシルヴァは思った。
「その技ではそのうち死んでしまうよ」
「死ぬかバカ! それよりお前、俺の質問に答えろ!」
「質問かい? ああ、宝の保管場所は君たちの手元に既にある。よく探してごらん」
シルヴァが先程使用した魔法は術者を中心として風を循環させるものであり、長時間使用すれば気圧が低くなり意識がもうろうとしてくる。一時的に身を守るものであれば当然のことだが、外が霧と風の刃に囲まれている以上、シルヴァに魔法を解くのは難しい。
「そっちはいいから答えろ! お前がこの事件にかかわっている理由だ!」
「理由……そうだなあ。多大な快感と、ほんの少しの義理だね」
愉快そうに笑う声が聞こえた気がしたが、シルヴァは無視した。それに気をよくしたのか、コロネリは霧の中にいるシルヴァを見つめ、近寄ってきた青いトカゲの背中を撫でる。トカゲは自身が起こした霧を主人と同様に正視すると、ちろちろと舌を抜き差しした。
「殺す時の人の恐慌ぶりも醜くていいが、なによりもその前の、いつ自分に降りかかるのかと震える様は見ものだよ。人は心当たりがあればあるほど、その時を想定して怯えるからね」
つい先日、襲撃したワグナー伯爵のことを思い出したコロネリは耐え切れずに笑いだすと、脱出の準備を始めた。自然と弱っていく男に興味はなかったし、その仲間が助けに来ると面倒でもあった。大事にとっておいたフィナーレのため、今捕まるのだけは御免だったのだ。
待て、と空気が薄くなっているにもかかわらず元気に叫ぶ青年の声を聞きながら、コロネリは廃墟の二階に風で大穴を開けると、煙がおさまる前に飛び降りた。
(ここはどこだろう)
白い天井を見渡し、おもむろに起きあがる。すると深緑の長袖から出た白く華奢な手が身体をきつく囲い込む。
ぎゅうっと抱きしめられたシルヴァは、ひどく冷たいその塊に小さく身を震えさせた。それを拒絶かなにかと思ったのか、シルヴァの身体を抱きしめる力は強くなり、彼は紫色の瞳を白黒させた。同様に硬直した腕には、ぺたりと小さな前足が触れて、そこでようやく、自分が暖かい場所で寝ていたのだと知った。
「エリシア、ヒューイ」
一人と一匹は小刻みに震える身体を押し付けると、自分たちとは逆に温かい身体に安堵のため息を吐き出した。一緒に涙も零れたような気がしたが、そちらは指摘せずに、シルヴァはエリシアの頭をゆっくりと撫ぜる。密着したために身体が冷えていっても、むしろシルヴァ自身が安心しているように、深く長い息を吐き出した。
「……なんともはいりにくいが、シルヴァ君、状況はわかるかね」
「え、う! ……ああ、えっと、はい。僕、助かったんですよね」
「直接助けたのはエリシアの魔法だよ。その後の世話は支部の人間に助けを借りたんだが……思ったよりも元気そうでよかった。君、二日も寝ていたんだよ」
軽口をいって笑ったルイも病院のベッドから起き上がっているシルヴァに近づくと、自分がなにもできなかったことを詫びた。
「靭帯はかろうじて切れていなかったが、怪我の完治には二週間はかかるそうだ。謝罪としてはなんだが、その間の面倒はせめて見させてくれ」
「それは流石に恐れ多い……というか二日間って、本当ですか?」
単に寝ただけでは感じられないダルさの正体がわかったようで、半分ほど呆然としながらもルイに訊く。それに答えたのはシルヴァを抱きしめていたエリシアで、彼女は身体を少しだけ離すと、何度もうなずいた。
「そっか……ごめんね。心配かけたね」
この場にいる全員に向けた言葉に、ルイは目をつぶって首を横に振った。そんな簡単な問題ではないと思ったが、言外にこれで終わりにしようとしているシルヴァの態度にあきれ半分、助かったという思い半分だった。ルイとしてはそんな気持ちになるのも嫌だったが、シルヴァの意思を無碍にすることもできない。できるとすれば、建設的な話題を提供することぐらいだ。
「ところでシルヴァ君、あの時、なにがあったんだね」
「その、コロネリに会いました。ワグナー伯爵のところで見た男と同じでしたから、ほぼ間違いないと思います。後は、靴とマナとか」
「……マナを持っていたのか、やつは?」
ぴたりと泣くのをやめたエリシアは、慎重にシルヴァへと視線を向ける。そこは研究者としての性なのか、真偽を確かめようと思案顔をする彼女に、シルヴァは軽く肩透かしをくらいながらも軽くうなずいた。
「コロネリが名前を呼んだ途端に霧が発生したから、間違いないと思うよ」
「ではマナの能力は霧を発生させることか」
「といっていいのか、霧の中にいると攻撃がくるんだけど、それも含んでるんじゃないかな。僕が風で結界を作ったのもそのためだから」
その攻撃が密度の高い風であることも伝えると、エリシアは難しい顔をして黙り込んだ。事象を分析する研究者の姿に、シルヴァはルイに向かって困ったように苦笑する。ルイも感情豊かなエリシアを、親しみを込めて見つめていた。
「ところで、どうやって追いかけたんだ? コロネリは逃げ足が速いのだろう」
「あ、はい。追いかけてる最中に、コロネリの履いていた靴の靴紐が光ってたんです。たぶん蛍光塗料でしょうけど、犯行を犯すには適さないのが」
「マナが霧を使うからか……いや、自分の足を目印にしても仕方のない話だな」
ルイはあごに手を当てて考える。相手の思惑が見えてこないことが、不満だったのだ。
「わめく声は聞こえた。
涙はしきりに落ちて、大地を凍らせた。
ならば保管場所を教えてあげよう、君に」
「…………なんだね、それは」
「コロネリが僕をおびき出す際に使った歌です。たぶんあの歌の改編ですね」
「……なるほどね。確かに宝はワグナー伯爵の屋敷で見つかったよ。もっとも伯爵にいわせれば、勝手に財産が増えていった、ということだったがね」
伯爵が錯乱した理由が判明したことでシルヴァは納得したが、同時にぞっとした。
伯爵を犯人に仕立て上げようとしたのか、それとも財産に固執する伯爵の姿を見たかったのか、それともその両方か。なんにしても伯爵に対する憎悪があけっぴろげで、人並みならない執念も感じられた。
「他には、なにかいってなかったかね」
「いえ、特には。でも、これで終わりとは考えられないです」
「そうだね」
ルイも同意すると、これからどう行動するかを考えた。シルヴァがしばらく病院を離れられないのは仕方ないにしても、再度情報収集をするしかない。なにせメイスにはいって一週間も経っていなかったのだ。まだ手に入れていない情報もいくつもあるだろう。
「……やはり、情報収集から始めるしかないね」
「僕も病院で調べてみます。人の生死については、ここのほうが詳しいですから」
それしかできませんし、と申し訳なさそうにいったシルヴァにルイはにこりと笑って自分たちに任せろ、と胸を張った。小さい年上の笑顔に、シルヴァは小さく噴き出した。
事件が終わっていないのは不安でしかないが、ルイの笑顔を見ていると頑張らなければならない、という気持ちが強くなる。実際、ここで行動を起こさなければ、きっとだれにとってもよくないことが起こる。そんな確信めいた予感がシルヴァの胸に巣食っていた。
その後、回診の時間だから、と病室を後にしたエリシアたちを見送って、シルヴァは透明なガラスでさえぎられた、青の広がる空を見た。