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世界の波紋

【MOSSBERG MODEL 500 RIOT SHOTGUN】


全 長:962mm

重 量:2930g

口 径:12番口径(18mm)

装弾数:6+1発

製造国:アメリカ


M500シリーズは、もともとハンティング用の連発ショットガンとして開発され、組み込まれているメカニズムはポンプ・アクションあるいはスライド・アクションと呼ばれるもので、バレル下面のフォア・グリップを手で握り、これを前後動させる事でボルトの開閉を行う。

なお、本銃はパトロールカーの中からでも撃てるよう、特殊フレームを装着してブルパップ・タイプにした全長の短いモデルも開発されている。

[Jan-13.Fri/20:35]


斬撃は。ほんの一瞬。

音もなく。風もなく。そして何の前触れもなく。

スパン、と。エレベーター前の支柱が、文字通り真横に裂けた。まるで、熱したナイフでバターを切る様に、あっさりと。

「……へ?」

ピキン。ピキビキビキ!ガゴン!

重心がズレて支柱が砕ける壮絶な音が、背後から聞こえる。俺は動く事も出来ずに、ただ突っ立っていた。

ほんの一瞬、ほんの刹那。光陰の如き鋭さと素早さで、いつの間にか男は右腕を横に振るっていた。腰を落とし、右足を前に踏み込んで。

「あらあら。凄いですわね」

パチパチとマリアが笑顔で拍手する。まるで、こんな非現実な光景には慣れたと言わんばかりに。

「……余裕を持っていられるのも今のうちだ」

言うが早いか、男は再び右手を左脇にやり、左手で掴む。その光景をぼんやり見ていた俺は、弾かれた様に走り出した。マリアの手を引いて、デパートの出口へと。

「うわー。アレなんや?ビックリしたわぁ」

こんな時でさえも、感情は凍結したままだ。流石に驚きはしたが、恐怖は芽生える事はなかった。それが幸か不幸かは図りかねるが。

俺達がデパートを飛び出した瞬間、シン、という音が響いて窓ガラスが勢い良く割れた。いや、袈裟に斬られた。

「彼は……えっと……あ、そうですわそうでしたわ。確か魔眼使子(ハーベスター)と呼ばれる方です。とある筋では有名な異端審問官(インクィショナー)だとか」

「は、魔眼使子(ハーベスター)?」

ハーベスター。俺にはどうしても、緑に装飾した宇宙空間用戦闘機しか思い浮かばない。いや、ここでそれが思い浮かぶ俺もどうだと思うが。

「ちなみに、何故か私は水陸歌姫(エンセイレーン)と呼ばれています。おかしな話ですよね」

ウフフと何だか余裕たっぷりに笑いながら、、俺の走りについてくるマリア。

「ってか、お前なかなか速いな。何かスポーツやってるん?」

そういえば、余裕のある笑みを浮かべるマリアは、さっきから俺の走りについてきていた。一般的に見てかなり速いはずなのに、ピッタリと食いついて距離が開く事はない。

「いえ、そういう訳では……あ、いえ、そうですね。水泳……特に遠泳を少々といったところです」

濁す様に、マリアは曖昧に答える。俺は怪訝に思いつつも、夜の街を走る。

チラリと背後を振り返ってみると、おかしな格好の男――魔眼使子(ハーベスター)の姿はない。撒いたか、と俺とマリアが走るペースを落とした瞬間、

「遅いな」

後ろではなく、前。前方から魔眼使子(ハーベスター)の声が聞こえ、振り返ると、右目を覆う長い髪の男がいた。包みは肩に背負っているのではなく、右手に持っている。

まるで。真剣か竹刀か木刀の様な形状が、包みの上から窺える。

水陸歌姫(エンセイレーン)の命、もらい受ける」

そう呟くと同時、魔眼使子(ハーベスター)は右手と左手を離して包みを握り、振り上げた。まるで、剣道の面打ちの様に。

俺は左手の裏で包みの先を弾き、回転させる様に衝撃をいなす。左手を返し、包みを握ったまま右足を踏み込んで右の一閃、正拳突きを魔眼使子(ハーベスター)の腹に叩き込む。

が、インパクト時に腹を捻って威力を殺され、包みを回転させて俺の手から離し、バックステップで距離を取られた。一瞬の判断力に優れた優秀な奴だと、俺はほくそ笑む。

コイツなら俺を満たせるかも知れない、と。

「さっきの居合いみたいなんは使わんの?まぁこんな人混みやったら、周りの無関係な人らが被害者になる訳やけどな」

「……貴様、何者だ。ただの一般人にしては判断が素早く、ただの喧嘩屋にしては動きが洗練されている」

「さて、ね。もしかしたら神さんかもね」

俺は嗤い、魔眼使子(ハーベスター)は睨み付けてきた。マリアだけが場にそぐわない微笑みを浮かべている。

街を行く人々が足を止め、野次馬を始める。円を描いたリングが即席で出来上がった。

「さっきの手応え。鉄っぽかったけど、……その中身は真剣なんかな?」

条蘭虎(じょうらんこ)。俺の愛刀だ」

「銃刀法違反て言葉知ってるん?」

「無論だ」

そっか、と俺は答え、身構える。

「ほな、行くで」

グッ、と俺は右足に力を込め、

トン、と。一足で魔眼使子(ハーベスター)の懐に潜り込んだ。魔眼使子(ハーベスター)の顔が、驚愕に歪む。

左手を突き出す程度のジャブを放つ。魔眼使子(ハーベスター)は首を捻ってかわし、条蘭虎(じょうらんこ)を横薙ぎに払う。俺は頭を下げてこれを避けると、右手を一瞬、振るう。案の定、魔眼使子(ハーベスター)はバックステップを取った。

フェイント。刀を握る右手と同じ方向に飛び込み、左のミドルキックを腹にブチ込む。魔眼使子(ハーベスター)の顔が苦悶に染まる。

――筈だった。

なのに、何故か俺の腹に条蘭虎(じょうらんこ)が打ち込まれていた。

「カハッ……」

いつの間に移動したのか。俺の右側には魔眼使子(ハーベスター)がいた。

魔眼使子(ハーベスター)条蘭虎(じょうらんこ)をバットの様に握ると、そのまま一振り。宙を舞い、俺の身体はアスファルトに叩きつけられた。

「ゲフ、ッゴホ!」

「縮地法の一つ、神速を使えるとはな。正直、驚いたぞ」

まだ未完成の様だが、と魔眼使子(ハーベスター)は呟く。

「フェイントの巧みさ加減も申し分ない。だが、俺とやり合うには少々早すぎたな」

実力の差。それは、武器を持つ者と持たない者の力の差ではない。護身程度に習った武術を独学で改良した俺の我流と、本格的に極めようとしたのだろう魔眼使子(ハーベスター)との、差。

「言うやないか……」

腹を押さえ、俺は立ち上がる。体勢的に受け身はとれなかったが、転がる様に衝撃を逃がしたので、ダメージは少ない。と思う、多分。むしろ腹のダメージの方がデカいくらいだ。

「縮地?ってのが何なのかは分からんが、この程度でごめんする軟弱モンでもないで」

「ほう。そっちの水陸歌姫(エンセイレーン)を俺に渡せば、もう貴様に用はないのだがな」

包みに入った条蘭虎(じょうらんこ)でマリアを指し、魔眼使子(ハーベスター)は言う。

「悪ィ。それも無理。俺は目ん前で人がさらわれんのを黙って見送れる程、薄情でもないんや」

「だったら。俺が貴様を。動けない程度に痛めつけてから連れて行けばいい訳か」

「せや」

「承知した」

言うが早いか、魔眼使子(ハーベスター)は一瞬で間合いに入り、条蘭虎(じょうらんこ)の先で俺の額を打つ。ゴッ、という鈍い音が響き、俺の視界が一瞬だけブラックアウトする。

武器を使う者は、当然だが、間合いが広い。俺の間合いの外からの攻撃はちょっとお手上げだ。カウンター出来ない。

「縮地法には、三パターンある。姿が見えなくなる程の超高速で動く瞬歩(しゅんぽ)、前後左右の短距離を自在に動く神速(しんそく)。そして、予備動作なしで相手を間合い内に入れる瞬動(しゅんどう)。これらは用途の違う技術だ。近年、テニスやバレー等のコートの狭いスポーツで取り入れられている縮地法は、神速に分類される」

魔眼使子(ハーベスター)は語りながら、条蘭虎(じょうらんこ)を袈裟に振るう。首を刈る死神の鎌の様な衝撃が走り、俺は横に飛んでダメージを殺す。

だが、その行動も読まれていたのか、飛んでいる最中に魔眼使子(ハーベスター)の左の蹴りが俺のこめかみに突き刺さり、俺はさらに吹き飛んだ。

「瞬歩は直線的な動きをする分、カーブに弱い。途中で止まる事も出来ないので、足でもひっかけられようものなら転ぶしかない。しかし、その速さは脅威だ。どれだけ離れたところで追い付かれ、懐に入る事が出来る」

倒れる俺の腹に蹴りを入れ、ゴルフでもする様に俺の顔面に条蘭虎(じょうらんこ)を叩き込む、魔眼使子(ハーベスター)

「神速は曲線的な動きの分、直線に弱い。だが前後左右に一瞬で動けるというのは利点。遠距離を得意とする相手ならば、攻撃は出来ないが、動きを見て回避は出来る。まさにスポーツ向けの動きと言える」

転がる様に立ち上がった俺に、左のローキックが打ち付けられる。体勢が崩れたところで、条蘭虎(じょうらんこ)で喉を突かれた。

喘ぎすら出ない。

「最後に瞬動だが。これは、相手の呼吸・脈動(リズム)・視線の動きを読み取る事で、相手の体感時間を逆に利用して行う縮地法だ。ただ歩くだけだから予備動作は必要なく、相手から見れば消えた様に感じる事だろう。人間にはどうしようもない、生態の隙をついて動くだけだが、俺はこれが最も得意だ」

喉を突いた際に、俺の襟に条蘭虎(じょうらんこ)の先を絡める様に巻き付け、力任せに持ち上げる。俺の身体が、再び地面から切り離された。

「このままだと窒息するぞ。息はあるな?なら降参して、この事は忘れろ」

「だ……れ、に、物ォ言うとんねん……」

持ち上げられたまま、魔眼使子(ハーベスター)の顔面めがけて右の爪先を振るう。が、開いた左手で掴まれ、止められた。

だが。俺の目的は、ここからだ。

左足を天高く振り上げ、踵落とし。思った通り、魔眼使子(ハーベスター)条蘭虎(じょうらんこ)を持ち上げる事で俺に空振りさせた。

俺は刀を掴み、捻ってある服を正し、ストンとその場に落ちる。持ち上げた状態ではそれを阻止する細かい動きは出来ない。もし、最初の状態だったら、振り回すなり何なりして動きを封じれていた事だろう。

「そんの長い棒っきれよりも、懐に潜り込んだで」

ニヤリ、俺は痛む口端を歪めて嗤う。

自然に。

頭で笑う場所か計算して笑ったのではない、自然にこぼれた嗤い。

四年前のあの日から、初めての感覚。

魔眼使子(ハーベスター)は距離を取ろうとバックステップするが、それより先に俺はデニムジャケットを右手で掴み、引き寄せる。

「さんざ鉄の塊でいたぶってくれたんや、礼ぐらいはさせんかい。一人帰るなんてマナー違反やで」

左手を握り、大きく振りかぶる。魔眼使子(ハーベスター)は反応し、条蘭虎(じょうらんこ)で左手を打ち落とす。

急いで左手(フェイク)を引き寄せ、拳を口元にあてがい脇を締める様に力を込め、

今出来る最高出力の力を以て、右のアッパーカットで魔眼使子(ハーベスター)の顎をブチ抜いた。









[Jan-13.Fri/20:50]


「ホント……勘弁してくれよ。僕、今金ないんだからさぁ……」

悲痛の声である。絞り出したのは勿論、つい今し方、お茶代を集られた狙撃手・時津 カナタ。

あれから電車に乗って帰路についていた三人だが、かれこれ一五分は、カナタは同じ呪詛を呟き続けていた。

トボトボと、牛歩するカナタに向かって、スミレは一言。

「どんまい」

親指を立てる。カナタの頭から『プチッ』とヤバげな音が響く。

「どんまいじゃねぇよ!少しは手加減して下さい、ホントに!」

カナタはスミレの胸ぐらを掴み、ガクガクガクガクと怒濤の如く揺らす。何故かスミレは乾いた笑いを挙げていて、それを見ていたチドリが片目のジト目でスミレを睨み付けていた。

その時、カナタの制服の内ポケットから着メロが流れた。揺さぶるのを止め、カナタはケータイを取り出して通話ボタンを押す。

電話の相手と二、三、話すと、「自分で行けよ!」や「今帰ってるから、もう少し待てって言っとけ!」やら、悲痛な叫びが聞こえてきた。

「(ったく……アイツはホントに五〇〇歳なのかよ)」

かなり小さな囁きだったが、並外れた聴覚を持つスミレには、ちゃんと聞こえていた。

「ちょっとした諸事情により、スーパー寄る事になった。そんじゃな」

「あ。時津さん、待って下さい。私も付き合います」

片手を挙げて去ろうとするカナタに、名残惜しげにチドリはついていく。

「あぁ、それじゃ、あたしは先に帰ってるわ」

「えっ!?」

スミレが何気なくそう呟くと、チドリの身体がギクリと震える。眼帯のついていない方の右目は瞳孔が開き、頬がひきつる。

「どうした?行かないのか?」

「いえ、そういう訳では……少し待っていて下さい」

ぎこちない笑いを浮かべたチドリがカナタに告げ、殆ど身長の変わらないスミレの首に腕を巻き付け、内緒話を始めた。

「(ちょ、チドリちゃん!?極まってる極まってる!首、締まってるってば!!)」

「(どどどういうつもりですかスミレさん!?わ、私とと、と、時津さんを……ふふ二人きりにする気ですか!?それと、チドリちゃんは止めて下さい!)」

「(……チドリちゃんはどうしたいのよ……。カナタと二人きりの方が色々とやりやすいでしょ。ってか首極まってるってば!)」

「(ま、まだ、物事には順序というものがあったりなかったりやっぱりあったりそれなりになかったりしますが、ですが、やっぱり早すぎます!あと、チドリちゃんは止めて下さい!)」

「(チドリちゃん……。今時の娘さんですか、貴女はホントに?と倒置法を使ってみたり。あの鈍感王・カナタさんが相手なんだから、一日二日でどうにかなる訳でもないんだからさ。って、息が出来ないってば!)」

「(し、仕方ないでしょう。物心ついた時から、魔術を両親に叩き込まれていたのですから。め、免疫がないのです。ところで、チドリちゃんは止めて下さい)」

その会話は当然、カナタにも筒抜けだったが、よく分からない内容だったので無視する事にした。むしろ「嫌われてんのか?」とさえ思っていたりする。

「(いいから、早く行ってきなさいチドリちゃん!っつか首極まってるから締めんなっつってんだろ!)」

ゲシッ、とスミレはチドリの脇腹を蹴る様に引き剥がし、ゼェゼェと肩で息をする。

「ちょっ、ついて来て下さいよスミレさん!というか、チドリちゃんは止めて下さい!」

再びスミレの肩を掴もうと手を伸ばすが、スミレは華麗なステップで距離を取り、追撃をかわす。『ガーン』という効果音を聞いた気がするカナタ。

「どうでもいいけどさ……一緒に行くの?行かないの?」

「行きます!!」

グリン!と。もの凄い勢いと形相でチドリが振り返り、カナタの手を掴む。刹那の間も開かない返答と挙動に、思わずカナタは半歩後ずさる。プッククと、スミレの押し殺した笑いが聞こえた気がする。

「行きます行きたい行かせて下さい三段活用!」

「何か間違えてないか、それ……?」

脂汗を額に浮かべ、カナタはツッコむ。だがそれも虚しく響き、カナタはチドリに引き擦られる様にやっぱり引き擦られ、その場を後にした。というか強制連行された。

嵐の後の様な静けさに苦笑したスミレは、コートポケットに手を入れ、帰路についた。

だから。三人は全く気付かなかった。

すぐ近くで、人々が野次馬の円陣を組んでいる事に。長い包みを持った男と、それに立ち向かう少年が、喧嘩と呼ぶには血生臭い喧嘩が行われている事に。

最後まで、気付かなかった。

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