世界のソースコードを閲覧する
静寂だった。
かつて数万の魔獣がうごめき、絶え間なく死の咆哮が響いていた『深淵の迷宮』最下層は、今やただの巨大な空洞へと変貌していた。その原因は、たった一つ――俺が放った「//delete」コマンド。それだけで、この地獄は消えた。
ついさっきまで、逃げ惑う魔物たちをまとめて叩き潰したばかりだ。あの瞬間から、俺の中の何かは完全に変わった。恐怖も、迷いも――もうない。
俺は、先程まで神話級の古竜が鎮座していた場所に立ち、自分の掌をじっと見つめる。この手だ。魔力ゼロと嘲笑され、何もできなかったはずのこの手。それが今は、世界そのものを書き換えている。
「……これが、俺の力か」
まだ実感が薄い。だが、確かに分かる。感覚が、地上のそれとはまるで違う。視界の端が微かに歪み、空間の継ぎ目から文字列のようなものが漏れ出している。岩壁の向こう側すら、ただの物質ではなく「データ」として認識できた。
「これが、管理者の視点か……」
意識を向けた瞬間、無数のウィンドウが展開される。自分のステータス、現在地の座標、気温、酸素濃度。さらには、このフロアに隠された構造や生成履歴までもが、ログとして流れ込んでくる。
普通なら、頭が壊れる情報量だ。だが、不思議とすべて理解できた。いや――理解できるように「なっている」。
――アルト・グランヴェル。
その名前の横に表示されているのは、かつての「魔力ゼロ」という烙印ではない。『ADMINISTRATOR(管理者)』それが、今の俺の正体だった。
《権限レベル上昇に伴い、パッシブスキル【全言語翻訳・解析】が有効化されました》
《現在、世界のソースコードを閲覧可能です》
「……ソースコード、ね」
俺は足元の岩へ視線を向ける。その瞬間、ウィンドウが開いた。構成成分、密度、生成日時、そして耐久値。
【DURABILITY:5000】
「……じゃあ、こうか」
指を滑らせる。5000 → 0。
カサッ、と乾いた音がした。次の瞬間、巨岩は砂へと崩れ落ちる。
「……は」
笑いが漏れる。
「ははは……っ」
止まらない。剣も、努力も、全部いらなかった。最初から――世界を書き換えればよかっただけだ。
「……くだらねぇ」
その瞬間だった。
ゴォォォォ――ッ!!
上空から叩きつけられる、圧倒的な風圧。闇を裂いて、巨大な影が舞い降りる。
『……人間が。それも魔力なき欠陥品が、なぜここにいる』
三つの首を持つ巨鳥――『深淵の処刑人』。迷宮の支配者クラスの存在。
だが――
【魔力値:1,500,000】
「……雑魚だな」
自然と口に出ていた。
『……なに?』
怒りが膨れ上がる。三つの口が開かれる。炎、氷、空間断裂。すべてが同時に襲いかかる。
だが俺は、ただコマンドを打つ。
「//set_attribute "Current_Incoming_Attack" to "Healing"」
結果は一つ。破滅は、回復に変わる。
光が体を包む。痛みはない。むしろ、気持ちいい。
『ありえない……!!』
「ありえるんだよ」
一歩踏み出す。
《恐怖検知》
《ステータスへ変換》
力が増える。
「俺がルールだからな」
巨鳥が逃げる。だが、逃がさない。
【//spawn_item:Cursed_Chain_of_Administrator】
【//target_lock:Abyss_Bird】
黒い鎖が空間から出現し、巨体を叩き落とす。
ドォォォォン!!
「さて」
地に伏した巨鳥の頭を踏みつける。
「試すか」
選択するのは【overwrite】。
「//modify_memory --target=Abyss_Bird --set=Owner=Alto_Granvel」
「//modify_personality --set=Absolute_Obedience」
ノイズが流れ込む。数秒。
そして――
『……主様』
三つの首が地に伏した。完全支配。
「いいな」
俺はゆっくりと空を見上げる。この力があれば、全部できる。
「レオン」
名前を口にした瞬間、胸の奥が熱くなる。
「父上」
全部、壊せる。
「待ってろよ」
俺は巨鳥の背に乗る。
「まずは、この迷宮の全部を喰う」
もっと強くなる。もっと上へ。
そして――
「世界ごと、書き換えてやる」
巨鳥が羽ばたく。闇の奥へ。さらに深く、より強い“恐怖”がある場所へ。
――復讐は、ここからだ。
第2話、いかがでしたでしょうか。
第1話では「消去」を見せましたが、今回は「上書き(エディット)」のヤバさを描きました。
最強の魔物の攻撃を「回復」に変え、その記憶すら書き換えてペットにする。
もう、この迷宮にアルトの敵はいません。
次回、アルトは迷宮に眠る「世界のゴミ(最強のアーティファクト)」をハックし、ついに地上へ戻るための準備を整えます。
アルトがどのように「偽物の王」を絶望の底に叩き落とすのか。
その序章となる第3話も、全力で執筆いたします!
少しでも「このチート感、たまらん!」と思っていただけたら、評価やブクマで応援してくださると嬉しいです!




