第6話
今のハーコート侯爵は、海軍の高官として磐石な地位と名声を築いた、当主たるにふさわしい力をそなえた人物だ。歳は五十がらみで、仲の良い奥方と、三人の子に恵まれている。このまま行けば優秀な長男が家を継ぐ──。
頭の中で侯爵のプロフィールをさらいながらベアトリスはさらに進んだ。ちょうど侯爵の前から人がはけたため、歩み出て挨拶をする。
「ごきげんよう、ハーコート侯爵閣下。お初にお目にかかります。ブルフォード子爵、ベアトリスでございます」
「そうか、君が……。よく来てくれた。グレアム・ハーコートだ。今夜は楽しんでいってくれ」
そう言って近くの給仕から取ったフルーツジュースをくれた。にこにこと笑っている顔は思いの外穏和だ。ピックの刺さった果物もくれる。まあまあ、と後ろで奥方が笑っている。
──もしかしなくても、子供扱いされているなあ。
子爵家の当主として日々励んでいるとはいえ、パッと見はどうしようもなく子供なのだろう。こういうことにいちいち目くじらを立てても仕方ない、とベアトリスは無心で果物を食べた。
「君は若いのによくやっていると評判だよ。メレディスも草葉の陰で喜んでいることだろう」
「過分なお言葉、ありがとうございます。若輩者ですので、ブルフォードとしてはこれからも閣下のご助力をいただければ幸いですわ」
メレディスとはベアトリスの父の名である。
子爵家と、そしてメレディスと長い付き合いのあるグレアムが、ベアトリスが庶子であったことを知らないはずもなく、父親の話から早々に話題を移してくれた。
最近変化のあった辺境伯の人事や、王都に新設される橋が生む経済効果の見込みなど、貴族らしい会話が続く。
国の中心で働く侯爵の話は広い見聞と経験に基づいており、ベアトリスとしても大いに勉強になるところだった。
「それとな」
侯爵はついでのことのように言う。ベアトリスにだけ聞こえるよう声を落として、
「長年の友であるブルフォード家がなくなるのは、私としては惜しいな。きっと王家の方々も惜しまれることだろう」
「!」
完全に不意を突かれた形だ。動揺を隠せず正面から凝視するベアトリスに、好々爺めいた軍人は、また快活に笑う。
「そのうちゆっくり話せる席を設けよう。手紙をやるから、待っていてくれ」
*
……あの軍の高官、ハーコート侯爵。ただの好々爺ではなかった。ブルフォード家を畳む計画など、外部にはほのめかしてもいない。一体どこから漏れたのか──。いや、生前の父が侯爵に話していた可能性もあるだろうか?
王家まで関わってくるとは、完全に想定外だ。これは早急に持ち帰ってヒューゴと会議をしなければならない。
そう悶々とした思いを抱えながらも、ベアトリスは精力的にブルフォード家の事業の関係者に挨拶をして回った。
行く先々で美貌を褒め讃えられ、年齢に比する当主としての責務の重さを心配される。判で押したようなそれらの言葉に、ベアトリスも作り物の笑顔だけで応対し続けた。
そうやって挨拶をして回っているうちに、ずいぶんと時間が経っていた。
パーティーの第一部が終わりを迎え、人々は化粧直しのために一旦席を外していた。馬車を下りたときには夕暮れ時だった空には、すっかり夜の帳が下りている。
ずっと控え室にいたノーラの夕食が気にかかったが、侯爵家の給仕が食事と紅茶を持ってきてくれたと言うので安心した。大勢の客人ひとりひとりに温かい紅茶を提供するとは生半なことではない。侯爵家の権勢を見た思いがする。
「……ノーラ。少し早いけれど、今日はお暇しましょう。子爵家を畳む話が、ハーコート侯爵に漏れているわ。もしかしたら、王家にも」




