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第5話

 ハーコート侯爵家主催のパーティーとあって、準備は念入りなものになった。当日の邸内は朝早くから忙しない気配に満ちている。


 エメリーンに依頼したベアトリスのドレスが二着、化粧室に届けられていた。本当はヒューゴが万一に備えてこっそり三着目を用意させているのだが、ベアトリスはそれを知らない。



 一着目は愛らしい印象のドレスだった。

 大きなパニエを装着することで裾は空気を含んだようにふんわりと広がり、つややかな生地にはドレープが豊かに連なる。空色を基調とし、要所には白のレースや金のチェーンが配されている。

 ベルベットの生地を少し深みのある青に染めたグローブもついていた。



 二着目は大人っぽい雰囲気のドレスで、ベアトリスはこちらのほうが好みだった。

 つやめく白銀のシルク生地はベアトリスの髪の色そのもの。生地と同色のきらきらと光る糸が織り込まれていて、一着目に負けず劣らず華やかだ。裾の広がりがやや抑えられているのが落ち着いた雰囲気を漂わせる。

 年齢に比して大人っぽくなりすぎないよう、肩にはリボンをイメージしてデザインされたシフォンのスリーブがついている。

 腰の後ろからは大きくつややかなリボンが垂れており、歩くたびにひらひらと揺れてエレガントなことだろう。デコルテの繊細なレースも可憐だった。


 また、紫色のショールが、これも最高級のシルクで作られていた。ベアトリスの瞳の色をイメージして製作されたのだろう。少し気恥ずかしいが、素直に嬉しかった。



「オルコットさんにはお礼をしなくてはね。素晴らしいドレスを作ってくれたわ」


「左様でございますね。どちらもお嬢様に大変よくお似合いになりそうです」


「先に着るのは青いドレスよね。お化粧を任せてもいいかしら」


「かしこまりました」



 ノーラは五十歳前後の女性で、若者の流行に敏感な性格ではないが、そこは子爵家の敏腕家政婦長である。

 ──三十分後、子爵家当主としての品格を損なわないよう、あくまで上品で、そしてベアトリスの美貌を引き立てる化粧の仕上がりに、ノーラは満足げににこにこと笑っていた。



「とてもお美しいですよ、お嬢様。たったこれだけの手間で元々のお美しさがさらに引き立つなんて、さすがお嬢様です」


「ありがとう。化粧が上手なのね、ノーラ」


「お褒めに与りまして、ありがとうございます。ですがお嬢様のお顔立ちのおかげが大きいかと存じます」



 口元に手を当ててうふふ、と笑うノーラからぎこちなく目をそらした。手放しに褒められるのは気恥ずかしい。



「着付けもやってしまいましょう」


 当代ブルフォード子爵の、社交界での最初の戦いが始まる。




 パーティー会場へ立ち入った瞬間の驚いたようなざわめきを、ベアトリスの耳は確かに捉えていた。

 人々の驚きもさもありなん、花も羞じらうような美しい少女が可憐なドレスを身にまとって登場したのだ。それもデビュタントの令嬢ではなく、子爵家の当主として。

 ブルフォード家の当主が代替わりしたという知らせは、とうに人々の耳に入っているだろう。社交界の噂は速い。


 様々な思惑と感情を含んだ視線を一身に浴びながら、ベアトリスは表情を変えない。少女はどこか、人前に立つことそのものに慣れている気配があった。



 お嬢様、ご武運を。

 ノーラが耳もとでささやいたのに、ベアトリスは視線だけで返事をした。そしてベアトリスがハーコート侯爵に気づいたのを認めると、ノーラは使用人の控え室へと去って行った。




 ベアトリスは空色のドレスの裾を揺らしながら、ハーコート侯爵のもとへ歩を進めていく。


 実のところ、ブルフォードとハーコートは、対の存在として語られることが多い。


 どちらも王国で最古級の貴族ではありながら、片や陛爵を二度断り、さほど広くない領地を治めつつ、権力争いから距離を置き続けるブルフォード。


 そして中央で目覚ましい成果を挙げ続け、広大な土地を治め、権勢をふるい、時には王家からの降嫁も迎えるほどの高位の貴族であるハーコート。


 数百年前に、ブルフォードが二度目の陛爵を断った際、当時の子爵の高潔な人柄に侯爵が惚れ込んでからというもの、両家の交流が始まったのだという。


 過去には数度、ブルフォードがハーコートから妻を迎えたという記録もあった。遠縁ではあるが、血の繋がりもあるのだ。



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