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第4話

「ドレスを新調?」


「はい。ハーコート侯爵様主催のパーティーのためでございます」



 ベアトリスがいつものように執務をこなしていると、執事長のヒューゴがやって来て「ドレスを新調するべきだ」と主張し始めたのは先ほどのことである。


 ハーコート侯爵家は、ブルフォード家と同じくらい歴史の長い、古い貴族である。そのため両家間の交流も昔から活発だ。それに今回はベアトリスが当主に就いてから初めてのパーティーである。出席しないわけにはいかないだろう。

 ふう、とため息をついてペンを置き、執務机からベアトリスはちらとヒューゴを見上げた。



「いいけれど、無駄遣いはしたくないわ。一着で済むんでしょうね」


「それは、なかなかそういうわけには参りませんかと」


「なぜ?」


「今度の侯爵家主催のパーティーでは、余興の一環として出席者が一度服を着替えることが指定されております。またお嬢様は子爵家の当主ですから、懇意にするテーラーがいたほうが、今後も何かと便利かと」



 さらに、今後出資者を募るとなれば様々なパーティーに顔を出さなければならないであろうこと、パーティーのたびに同じドレスばかり着ていては、子爵家の財政が危ういなどといったあらぬ噂が立ちかねないこと。

 そうなれば、最悪手がけている事業から協力者たちが一斉に手を引くといった事態も起こりかねないこと。


 そうしたことをひとつひとつ説明されるうちに、ベアトリスは納得した。元平民の自分には、説明されないと分からない貴族のルールがまだまだあるのだなとため息をつきそうになる。



「必要な分だけ用意してちょうだい。テーラーの選定は任せるわ」


「かしこまりました」



 それから一週間後。執事長の厳しい目が合格点をつけたテーラーが、ブルフォード家にやって来ていた。


 店主の名はエメリーン・オルコット。首都に店を構える新進のテーラーであり、歳は三十前後といったところの、溌剌とした雰囲気の女性だ。


 長いストロベリーブロンドの髪に琥珀色の大きな瞳は、気高くも好奇心の強い猫を思わせる。やや奇抜ではあるが、片側だけリボンのように結い上げられたアシンメトリーな髪型がよく似合っていた。


 そして侍女の服をアレンジしたかのようなドレスが目を引く。よくあるデコルテのプリーツはそのまま、胸より下の片側にだけ、何段ものフリルやリボンやレースが配されているのだ。

 それらは一見すると白一色だが、よく見るとつややかな純白やマットなアイボリー、アンティークピンクに近い白など、さまざまな色と質感に溢れている。


 耳には貴族の子女がつけるような大きな真円のパールのピアス。翻って足元は無骨な印象の黒いブーツ。侍女と貴族と労働者の服装を混ぜてファッショナブルに仕上げたような、奇抜だが不思議と視線が吸い寄せられる装いだ。


 髪を結い上げた緑色のサテンのリボンや、化粧ではね上げるように描かれた苺色のアイラインに至るまで、彼女の美意識が及んでいない箇所などないのだろう。



「エメリーン・オルコットと申します。本日はブルフォード子爵ベアトリス様にご指名いただき、ありがとうございます」



 なめらかな身のこなしと共に丁寧な挨拶をしたエメリーンにヒューゴは満足げだ。

 メジャーを取り出してベアトリスの身体測定をしながら、静かにエメリーンが喋り始める。外見とはギャップのある落ち着いた喋り方にベアトリスは好感を抱いた。



「美しい方は世に数多おられますが、子爵様はその中でも特別な美しさでいらっしゃいますね」



 エメリーンは、自身の動きにくそうな服を慣れた様子で捌きながら、淡々と計測をこなしていく。



「お顔だけでなくお身体も素晴らしく均整が取れていらっしゃいます。既製品のお洋服では難しいこともおありでしょう。パーティーでは、お化粧はあまり濃くしないほうが映えるかと」



 そのつもりだ、と言うようにベアトリスが頷く。


 元は高級娼館で将来を期待されていた身でもあり、母親を始めとして周囲には常に美しい女性がいる環境で育った。

 館主も五十を超えた元娼婦の女性だったが、何も言われなければ二十代にしか見えない人だった。


 娼館にもあまり化粧をしない女性がごく少数ながらいたな、と思い出す。彼女たちが指の背で自分の頬を撫でながら「若いうちはお化粧しなくていいんだからね」と言ったことも。



 ここに連れて来られて、子爵家の当主になれと言われて、もう半年が経つ。娼婦の見習いから貴族へ。社会の底辺から、頂点へ。大人ならこの変化を喜ぶのだろうか。

 大人には、半年という時間は長いのだろうか、短いのだろうか。



「肌の調子は今のままでも問題ないかしら」


「はい、全く。とてもお美しいお肌ですよ。夜会向けにするなら、色つきの保湿クリームを塗る程度でもよろしいかと存じます」


 パーティーに出るのに恥ずかしくない程度であればよい。そう、と言ったきりベアトリスは口を閉じた。今は少し、静かにしていたい気分だった。



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