第1話
あやしげな娼館が立ち並ぶ夜の街からやって来た、ブルフォード子爵家の正統な血を引く最後の後継者、ベアトリス・ブルフォードはこう言った。
「何としても、ブルフォード家を穏便に畳むのよ」
しがないメイドの一人であるジルは思う。
貴族というものはどうしてこんなにも必死になって、家のために身を捧げるのだろう、と。
*
ベアという名の少女がある日ブルフォード家に引き取られたのは、彼女が十五歳のときである。
娼婦の母に望むでもなく産み落とされたベアが身を置いていた娼館は、先代の子爵家当主がその昔訪れただけあって、その界隈では格の高い店と言えた。
ベアはその美しい容貌と際立った才覚ゆえに、将来の高級娼婦の候補として娼館に囲われていた。まるで貴族の子女のように、礼儀作法、立ち居振舞い、教養、あらゆる芸術の知識、夜会のダンスの練習に至るまで、厳しい教育を受けて育った。
そうやって十五歳まで育ったベアのもとに、ある日突然、子爵家の使者だという男がやって来た。いわく、当主が病に倒れ、たった一人の幼い嫡男までも事故死し、子爵家の使用人たちは、何とかしてベアの存在を探し当てたのだという。
「こちらにベアという名の少女がおられると聞いて参りました」
明らかに紳士と分かる身なりのいい男は、娼館の館主に連れられたベアの髪と瞳の色を見ると、目もとを和らげた。そして館主に多額の金を払ってベアを「買い取った」のであった。形式としてはいわゆる身請けである。
しかし紳士の目的は別のところにあった。存続の危機に瀕した子爵家の正統な血を引く最後の子としてベアを引き取ること。そしてこの娼館の立ち並ぶ裏通りで育った子供を、非の打ち所のない当子爵家主に育て上げること。
*
ブルフォード子爵家は、この国において記録を遡れる限り最も古い貴族である。長い歴史の中で陛爵を二度断り、他に同程度古いと言えるのは「王の右腕」と呼ばれるハーコート侯爵家くらいのもの。そのプライドも使用人たちの御家存続にかける情熱を後押ししていただろう。
しかしやはり一番の問題は、今ブルフォード家が断絶すれば、子爵家の領民が否応なしに路頭に迷うということだった。
ブルフォード家の領地はさほど広くはないものの実り豊かな土地であり、したがって人口もそれなりである。歴史の長い家だけあって、領民の中には親戚一同、曾祖父母まで遡っても子爵家でしか働いたことがないという家もある。この人々をいきなり路頭に放り出すわけにはいかなかった。
それでも一度は、当主の先も長くなく、唯一の嫡男も幼くして事故死、親族にも当主たるに適した人間がいない以上は、断絶を受け入れるほかないだろうという意見が多勢を占めていた。長い長い子爵家の歴史は、ここで幕を閉じるのだ、嫡男の事故死という、あまりにもあっけなくありふれた理由によって。と。
しかし病床の当主が口にしたとある事実によって、風向きは一変した。
いわく、十数年前、とある娼館で火遊びをした、一度しか行っていないが、もしかしたら……と。
側近の者たちは察した。十数年前と濁されてはいるが、今は亡き奥方が嫡男を──もう二人ともこの世から消えてしまったが──妊娠していた頃のことであろう。
側近たちはため息をこらえつつ、可能な限り確かな情報を求めた。
そしてベアという名の少女の存在が判明したのである。
歳は十五、透き通るような銀髪に紫の瞳の、美しい容貌をした少女。髪も瞳も大変珍しい色だが、それは現当主、つまりベアの父と同じである。さらに先代も、紫色の瞳を持っていた。
娼館の記録──館主が毎日事細かにつけている帳簿──も参照すれば、ベアの父がこの子爵家当主であることはもはや明白だった。
懸念されたのは、娼館生まれで、そして美しいことであった。既に身売りをして生きていたのではと思われたが、館主が将来の高級娼婦として高く売るため大切に大切に育てていたらしい。その分身請け金はたいそう高くついたが、純潔が保証されたことは面目のために幸いだった。
ベアは、子爵家に引き取られたその日に、名を「ベアトリス」と改めた。




