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5、初めてのホワイトデー


それから1か月が経ち、京人と結は2人で登園するのにもすっかり慣れ、京人は結の友人たちから「結ちゃんのお兄ちゃん」とまで呼ばれるようになっていた。



皆は京人のことを結の本当の兄だと誤解しているようだったが、結は敢えて何も言わなかった。



皆に兄ではないと知られたら、京人との今の関係が変わってしまうような気がしていた。



当の京人も、2人の事情を知っているはずの星奈も、不思議と誤解を解くことはなかった。



そして迎えたホワイトデー当日の放課後。

結は京人と家で遊ぶことになっていた。



「プレゼントを渡したいから、うちで一緒に遊ぼう。」



数日前、京人にそう誘われた時のことを思い出して、結は顔がにやけるのを止められなかった。



今日は京人だけ委員会があるため、結は先に帰宅し、自分の家で大人しく宿題をしながら待っていた。



下校次第、京人が家まで呼びに来ることになっている。



退屈な宿題も終わり、退屈になってしまった結は、京人に手紙を書こうと思いついた。



結は自分の机の引き出しからレターセットと鉛筆を持って来て、一番お気に入りの便箋を取り出した。



(京人君もうすぐ卒業だもんね。中々会えなくなっちゃうのかな。)



「けいとくんへ。いつもあそんでくれてありがとう。そつぎょうしてもなかよくしてね。ゆいより。」



便箋にメッセージを書いたが、微妙にスペースが余ってしまった。



(だいすき。って書こうかな。でも恥ずかしいな。)



「だいすき。」を書くか書かないか、それともハートを描くかと、どうでもいいことで延々悩んでいると、結の家のインターホンが鳴った。



(どうしよう、多分京人君だ!)



結は、大慌てで最後に「だいすき!」と書いて封筒に入れ、可愛らしい猫のキャラクターのシールで留めた。



「はーい!」



結は念の為インターホンのモニターを見て京人だと確認してから、封筒を持ったまま走って玄関に向かい、京人と合流した。



ーーー



京人の家に入ると、家の中の様子がいつもと違った。



ダイニングテーブルの上には所狭しとジュースやお菓子、オシャレな紙皿や紙コップが並んでいる。



しっかりウエットティッシュまで置いてあり、抜かりない。



「わー!豪華だね!」


「今日結ちゃんと遊ぶって言ったら、母さんが張り切って色々買ってきてくれたんだ。」



京人の母は仕事が忙しく、いつも帰りが遅いらしいが、京人と知り合ってから何回か会ったことがある。



女優かモデルかと思うほど顔立ちが整った美人で、背が高くとてもスタイルが良い。

肩より少し長いセミロングの髪も、いつもヘアカタログのように綺麗に巻かれている。



ただ、会う度になぜか両手で顔を覆い、身体をクネクネさせながら、「いやーーん!可愛いー!!」と言って指の間からチラチラとこちらを見てくる少し変わった人だった。



京人曰く、「母さんはずっと女の子が欲しかったけどできなかったから、結ちゃんに会えると嬉しいみたい。」とのことだった。



今度会ったら勇気を出してお礼を言おう、と結は決意した。



「どうぞ、座って。」



京人が結の席の椅子を引いた。



「ありがとう!」



結は京人に促されるまま椅子に座った。



「あとこれ。」



京人は結にピンクと白のストライプ柄の紙袋を差し出した。



「これ、なあに?」



「これはホワイトデーのプレゼント!帰ってから開けてみてね。」



机の上に沢山お菓子が置いてあったので、結はそれがホワイトデーのプレゼントなのだと思ったが、どうやら違ったらしい。



「分かった!ありがとう。」



結は紙袋を受け取ると、今すぐ開けてみたい気持ちを我慢して膝の上に置き、決して忘れまいと大事に抱きかかえた。



「そうだ!これ。」



結も先程慌てて用意した手紙を京人に手渡した。



「可愛いね!ありがとう。」



褒められたのは封筒のデザインであって結ではないと分かっているが、結は嬉しくてにやけてしまった。



「どういたしまして!」



京人は結がプレゼントするものがどんな物でも、必ず喜んだ。



登校中に見つけたねこじゃらし、葉っぱ、木の棒でさえも嬉しそうに受け取った。


そういう京人の優しいところが結は大好きだった。



ーーー


京人の家で沢山遊んだ後、結は家に帰ってすぐに京人からのプレゼントの袋の中を見た。



中には、ピンクのリボンの反射板付きのチャームと美味しそうな焼菓子の詰め合わせが入っていた。



チャームは、大人でも使えそうな洗練されたデザインだった。焼菓子も、市販のものではなく、近所の有名なケーキ屋さんのもので、わざわざ買いに行ってくれたことが分かる。



(すごく大人っぽい!嬉しい。)



結からすると、チャームはとても大人っぽく見えたが、京人は結にこれが似合うと思って選んでくれたであろうことが結にとっては何より嬉しかった。



紙袋の中を見ると、さらに手紙が入っていた。



「ゆいちゃんへ。バレンタインのチョコありがとう。そつぎょうしてもなかよくしてね。けいとより。」



京人はもう漢字を書けるはずだが、結が読めるようにわざわざ平仮名で手紙を書いてくれていた。



京人はまだ小学6年生にも関わらず、こうした気配りが得意な少し大人びたところがあった。



京人の手紙の内容から、結は卒業した後も仲良くしたいと思っていたのが自分だけではなかったと分かって嬉しくなった。



5歳年上の京人にとって、結はほんの数ヶ月一緒に過ごした近所の子供でしかない。



京人が卒業してしまったら、もう話すこともできなくなってしまうのではないかと心配していたが、その心配が杞憂だと分かり、結は安堵した。



この日は結は1日中嬉しくて京人にもらったチャームを何度も見返して、どこに付けようかと考えながら過ごした。



京人に貰ったお菓子も勿体なくて中々食べることができず、結局賞味期限ギリギリになって漸く慌てて食べる始末だった。



そうして結が浮足立って過ごしたわずか数日後には満開の桜が咲き誇る中、京人は結が通う小学校を卒業した。



ーーー



それからすぐに京人は中学生になり、結とは生活のリズムが合わなくなったことで、とうとう疎遠になってしまった。



登校の時間も下校の時間も違うので、そもそも遭遇することもない。



京人が家から近い公立の中学校に通っていればまだ会うチャンスがあったかもしれないが、残念ながら京人が通う私立の学校は、電車で1時間近くかかる距離で、とても遠かった。



朝は結よりも早く登校するし、帰りはそもそも結よりも授業の時間が長いのに、さらに家に着くまでも時間がかかるため、公園やマンションのエントランスで待つようなこともできなかった。



結は宿題でもやりながらいくらでも時間を潰すことはできるが、京人が心配するだろうと思い、断念した。



結は中々会えなくなってしまった事を寂しく思っていたが、どうすることもできなかった。



ただ、毎年バレンタインデーの日は約束通りに必ずチョコを渡すようにしていた。



渡すと言っても、京人の家のドアに手紙とともに一方的に掛けておくだけで、直接会うことはなかった。



それでも、毎年ホワイトデーになると必ず、結の家のドアにも手紙付きの可愛らしいプレゼントが掛けられていた。



その手紙には京人の学校生活や近況が書かれていて、結はまだ経験したことがない中学校生活を垣間見ることができて、楽しみにしていた。



京人が通うのは中高一貫の男子校なので、結は小学校を卒業しても同じ学校に通うことはできないが、手紙の内容から京人の学校生活の楽しそうな様子が伝わり、結も京人のように私立の中学校に行きたいと思い始めていた。






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