4、初めてのバレンタインデー
それから結と京人は毎日一緒に登校するようになった。結は京人と過ごすこの時間が毎日楽しみだった。
そんなある朝のこと。
いつも通り京人と登校し、結が自分の教室に着くと、友人の星奈が興奮気味に話しかけてきた。
「ねえねえ!結ちゃんってバレンタイン誰かにチョコあげる?」
星奈は何かを期待するような目をしていたが、結はそれには気がつかず考え込んでしまった。
(京人君にあげたらだめかな?)
以前家に行った時に、チョコがついたお菓子も食べていたので嫌いではないはずだが、かなり年下の結にもらっても困るのでは…と結が考えていると、待ちきれなかったらしい星奈は、単刀直入に話すことにしたらしい。
「友チョコ交換しない?!」
「何それ!?やりたい!」
結は嬉しくなり、即答した。
「やったー!そしたら放課後1回家に帰ってチョコ取ってきて、近くの公園で集合しよ!」
「分かった!楽しみー!」
ーーー
結は帰宅後、早速母にそのことを相談した。
「バレンタインの時に友チョコ交換することになったんだけど、今度買いに行ってもいい?」
「楽しそうね!いいじゃない!誰にあげるの?」
「えっ…」
真っ先に京人の顔が浮かんでしまい、なんとなく口にし難くなってしまった。
「…星奈ちゃん。」
なぜか京人のことは言い出せず、結は星奈のことだけ話した。
「そっかー!可愛いのがあるといいね。」
母に対して少し罪悪感を抱きつつも、結は楽しみにしていた。
ーーー
そして迎えたバレンタインデー当日の朝。
京人はいつも通り、部屋まで結を迎えに来ていた。
「おはよう、結ちゃん。」
「おはよう。」
いつもより少し嬉しそうな京人に、結も少しだけ緊張しつつ、笑顔で挨拶をした。
どことなくそわそわしつつ、2人はいつも通りマンションを出発した。
学校に食べ物を持って行くことは禁止されているため、結はチョコを家に置いてきた。
京人にチョコを渡す場合、放課後星奈に渡した後しかない。
(京人君に、今日家に行ってもいい?って聞かなきゃ。)
焦れば焦るほど、結はなぜか言い出せずに黙ってしまう。
京人はいつもより口数が少ない結を心配していた。
いつもは大好きな「なっちゃん」の話題を振れば途端に饒舌に語り出す結だが、今日はずっと上の空で、空返事をするばかりだった。
「結ちゃん、大丈夫?体調悪い?」
京人は、少し屈んで結の顔を覗き込もうとしたが、結はなぜか恥ずかしくなって首を振り、ついそっぽを向いてしまった。
「ううん、全然大丈夫!」
その後も、何となく変な空気のまま、結局、結は何も言い出せずに学校に着き、京人とはそのまま別れてしまった。
(どうしよう…もし京人君が他の子と遊びに行っちゃったら、今日中に渡せないかも。)
結は不安に苛まれたが、妙案を思いついた。
(そうだ!休み時間にどこかで会えたら言えばいいんだ。)
ーーー
放課後になっても、結局結は一度も京人に会えていなかった。
星奈との待ち合わせ場所の公園で彼女を待ちながら、結は内心焦っていた。
実は、結にはもう一つ解決しなくてはならない問題がある。
(チョコの袋、1枚しかない…どうしよう。)
チョコを買ったはいいが、結局母に、京人にも渡したいと言い出せなかった結は、チョコ用の袋を1枚しか用意できなかった。
幸い、チョコ自体は個包装タイプで沢山あるので、中身は分ければ良いが、袋がないと見栄えが悪い。
「結ちゃーーん!」
ぶんぶんと両手を大きく振りながら星奈が走って来た。その手には可愛らしい紙袋を持っている。
「ごめんね、待った?!…あれ?大丈夫?」
星奈は結の元気がない様子を見て、心配してくれているらしい。
「全然大丈夫!」
結は星奈に心配をかけまいと、首を振り元気な声を出して答えた。
「そう?じゃあ結ちゃん、はい!チョコ。」
星奈は手に持っていた紙袋を結に差し出した。
「わあ!ありがとう!」
結はそれを受け取ると、早速中を覗いた。
「可愛い!!」
市販の四角いサイコロ状のチョコレートが透明な袋に沢山入っていて、ピンクと赤の2本のリボンで綺麗にラッピングされている。
(星奈ちゃん、すごい…)
結は急に自分のチョコレートが恥ずかしくなってしまった。今日中に京人にも渡したいのに、今からではどうにもならない。
何故もっと早く用意しなかったのか。
何故もっと可愛いラッピングを勉強しなかったのか。
結の胸に後悔が押し寄せる。
急に涙目になってしまった結を見て、星奈がぎょっとする。
「どうしたの?!何かダメだった?!」
結はただただ首を横に振った。
(ダメなのは私だ。)
結は事の顛末を星奈に話した。
「え!全然大丈夫だよ!ちょっと見せて。」
星奈は結の持って来たチョコレートのうち半分を袋に入れ、袋の余った上の部分をジグザグに折った。そして、自分がラッピングに使っていたリボンで結ぶと、結に渡した。
「これならどう?好きな人に渡せるんじゃない?」
結の用意した何の変哲もないチョコレートが、まるで高級店の商品のように華やかになっている。
「でも、星奈ちゃんに渡すやつが…」
「大丈夫、大丈夫!今食べるから!」
そう言うと、星奈は結が持って来た残りのチョコレートをすごい勢いでボリボリと食べ、個包装の袋のゴミを自分のポケットに突っ込んだ。
星奈の豪快すぎる対応に、結が呆気にとられていると、星奈はグッ!と親指を立ててにっこりと笑った。
「じゃあね、結ちゃん!頑張って!今日渡せるといいね!」
それだけ言うと、星奈は嵐のように走り去ってしまった。結は、頼もしい友人に感謝した。
ここまで協力してもらったからには、絶対に京人に渡したい。結は家までの道を全力で走った。
ーーー
結は1回家に帰って星奈にもらったチョコレートを置いた後、星奈に綺麗にラッピングしてもらったチョコレートを持って家を飛び出した。
「あれ?結ちゃん?」
「うわあ!」
自分の家のドアを開けた瞬間、目の前に京人がいてビックリしてしまった。
「ごめんね、ビックリした?どこか行くの?」
京人に心配そうにそう訊ねられ、結は慌てて否定した。
「ううん、大丈夫!ちょうど京人君に会いに行こうとしてたの!」
結はチョコレートの袋を差し出すと、京人に渡した。
「これ!京人君に。チョコなの。」
「えー!?ありがとう!」
京人は驚きつつも、嬉しそうに受け取った。
「正直、結ちゃんは絶対くれると思ってたのに、朝くれなかったし、もう貰えないかと思ってた。」
「ごめんね。家に置いてたから。」
「そっか。危うくチョコ0個になるとこだったよ。」
「え?0個?」
「うん、0個。毎年0個。あ、でもお母さん入れたら毎年1個だよ!」
京人は誇らしげに言った。
「えー!何で?!京人君いっぱい貰ってそうなのに。」
「結ちゃん…それは僕が知りたいよ。しかも、来年からは男子校だから、多分来年も0個。」
「嘘ー!?」
結はさっきまであんなに悩んでいたのが嘘みたいに、なんだか気が抜けて笑ってしまった。
「じゃあ0個にならないように、これからは毎年あげるね。」
「ほんと!?ありがとう!」
京人は本当に嬉しそうに笑った。
この時初めて、結は京人がビニール袋に入った荷物を持っていることに気がついた。
「あれ?そういえば京人君はどうしてうちの前にいたの?」
「あ、そうだった!いらないかもしれないけど、これ渡そうと思ったんだ。」
京人は結にビニール袋を差し出した。
「今朝なんか元気ないように見えたから、もしかして体調悪いのかと思って、経口補水液を持って来たんだ。」
いつも通り優しい京人に申し訳なくなり、結は素直に今朝上の空だった理由を打ち明けた。
「ごめんね、朝はチョコのことで悩んでただけなの。でも、ありがとう。」
結は京人に差し出されたビニール袋を受け取った。
お互いの用事が済み、あとは京人が帰るだけだが、結はまだ一緒にいたくて、何か口実がないかと一生懸命探した。
ふと、結が京人のほうを見ると、京人も同じ事を考えているように見えた。
京人もそれを察したらしい。
「あのさ!結ちゃんがくれたチョコ、うちで一緒に食べない?」
「食べる!!」
結は嬉しくなって、大きな声で即答した。
ーーー
その日の夜。
結は布団に入り、今日の出来事を思い出していた。
色々トラブルはあったものの、京人と星奈にチョコを渡すことができてホッとしていた。
星奈に可愛くラッピングをしてもらった時のことを思い返し、ふとその時に言われたことを思い出した。
「これならどう?好きな人に渡せるんじゃない?」
(す、好きな人??!)
あの時は、とにかく何とかしなければ!という焦りで頭が一杯で気が付かなかったが、星奈は結が好きな人にチョコを渡そうとしていると思って、協力してくれていたのだ。
(は、恥ずかしい。)
今更自分の今日の行動が恥ずかしくなってきた結は、布団を頭まで被った。
(京人君のことは大好きだけど、そういう好きなのかな?)
結は最近の自分のことを振り返ってみると、確かに京人のことばかり考えているような気がした。
(…もう寝よう。)
これ以上何かを考えると、明日から京人の顔をまともに見られなくなってしまうような気がして、結は早々に寝ることにした。




