3、彼との交流
結は京人に促されて、彼の家に入った。
「おじゃまします。」
誰もいないとは分かっていたが、一応小さな声で挨拶をした。
それを聞いて、京人は嬉しそうに微笑んだ。
「どうぞ、上がって。」
京人の家の中は電気が点いていて、とても暖かかった。
(もしかして、さっきは暖房をつけるために1回帰ったのかな)
先程京人が再びエントランスに戻って来た時、京人はランドセル背負っていなかったので、結は京人がランドセルを置くために一度帰宅したのかと思っていた。
でも、もしかしたら寒さで凍える結のために急いで暖房をつけに行ってくれたのかもしれないと思った。
結が靴を脱いで家に上がると、京人も靴を脱いだ。
京人はまだ持ったままだった結のランドセルを、大切な物を扱うようにゆっくりと丁寧に廊下に置いた。
「ランドセルは忘れないように、ここに置いておくね。」
あまりにも京人がランドセルを丁寧に扱うので、結はなぜか恥ずかしくなった。
「ありがとう。」
「コートもここに掛けておこう。」
京人は、結にコートを脱がせると、玄関横の下駄箱の扉の取っ手に掛けた。
そして自分もコートを脱ぐと、隣の取っ手に掛けた。
「こっちだよ、おいで。」
京人は、結が付いて来ているか確認するように、後ろをちらちら振り返りながら長い廊下をゆっくり進み、洗面所に案内した。
京人は、水栓のレバーを上げて水を出すと、水が温かくなるのを確認してから、結のほうを向いた。
「一緒に手を洗おうか。」
(一緒に?)
2人で横に並んで洗うのだろうか、と結は一瞬不思議に思ったが、その疑問はすぐに解けた。
京人は結を後ろから抱きしめるような体勢で結の袖をまくると、自分の両手で結の両手を覆い、言葉通り一緒に手を洗ってくれた。
「手が冷たいね。」
石鹸で丁寧に結の指を一本一本洗い、泡が全部流れた後も、京人は暫く結の手をギュッと握ったままお湯にあてて温めてくれた。
結は普段自分で手を洗っているし、一人でできるが、京人がなぜか嬉しそうに見えたので、自分でできると言い出せなかった。
結の両手がしっかり温まると、京人はふわふわのタオルで丁寧に拭き、そのまま結の手を引いて、今度はリビングに向かった。
同じマンションなだけあって、この家は結の家と造りがよく似ているが、家具が違うため雰囲気が全然違った。
結の家の家具はベージュや薄い茶色を基調としたものが多く、全体的に柔らかくナチュラルな印象だが、京人の家は白、黒、グレーやネイビーといった落ち着いた色合いの家具が多く、洗練された印象になっている。
(カッコいいおうち!)
結は急に、男の子の家に来たということを強く自覚して、少しいたたまれなくなる。
「お腹すいたでしょ、おやつ食べようか。」
先程までは寒さで全く気づかなかったが、言われてみればお腹が空いているし、いつもなら家でおやつを食べている時間をとっくに過ぎていた。
空腹を自覚した途端、食べ物を催促するように結のお腹がぐう、と鳴った。
(恥ずかしい。絶対聞こえたよね。)
結は恥ずかしさで顔がカッと熱くなり俯いた。
けれど、京人は嬉しそうに笑った。
「よかった〜!僕ももうお腹ペコペコで棒になりそうだよ。」
「ふふふ、なんで棒になるの?へんなの。」
結はつい、京人につられて笑ってしまった。
京人は結が笑っているのを見て安心したように、微笑んだ。
京人はキッチンに向かうと、お菓子を沢山お皿に乗せて持ってきた。
「棒どうぞ!」
京人の言っている意味が分からず、結は首を傾げたが、お皿を覗き込むとその意味が分かった。
「あ、棒だ!」
京人が持ってきたのは色んな棒状のお菓子だった。
周りをカラフルなチョコレートでコーティングされているものや、味付きのパウダーがついているもの等々。
「ほんとに全部棒だったでしょ?」
京人は得意気に笑って、お皿を机に置いた。
「ふふふ、ほんとに全部棒だった。」
だいぶ年上のお兄さんだと思っていた京人が意外と子供っぽいことに気がついて、結は笑った。
2人は椅子に座ると、もぐもぐと一緒におやつを食べ始めた。
「あ、飲み物出してなかった!いま入れるね。」
京人は慌ててキッチンに行くと、マグカップを2つ取り、牛乳を入れた。
それを電子レンジに入れて暫く温めた後、はちみつを入れてスプーンで混ぜた。
「どうぞ、ホットミルク。熱いから気をつけてね。」
京人はまだ湯気が出ているマグカップを結に差し出した。
「ありがとう。」
結は京人に差し出されたマグカップを受け取り、一生懸命ふうふうと息をかけた。
すると、京人が急にに何かを思い出したように立ち上がった。
「ヤバイ!!」
結は京人の大声にビクッとして、ふうふうするのをやめた。
「どうしたの?」
「このままだと僕、誘拐犯になっちゃう!」
慌てたように京人はどこからか紙とペンとセロハンテープを持ってきた。
「君の家の前に、君がうちにいることを手紙に書いて貼っておこう!」
京人は椅子にも座らずに、立ったまま慌てて紙に何かを書くと、セロテープと一緒に持って走り出した。結も慌てて後を追う。
ーーー
結の家のドアに手紙を貼り付けた後、2人はまた京人の家に戻って来て一緒にお菓子を食べていた。
京人は、ふと思い立ったように結に聞いた。
「そういえば、名前聞いてなかったよね。何ちゃん?」
「結ちゃん。」
「ふふ、そっか。よろしくね、結ちゃん。」
結はどうして笑われたのか分からなかったが、京人が笑ったのが嬉しかった。
「結ちゃんは何が好きなの?今流行ってるキャラクターとか、芸能人とか。」
結は元気に即答した。
「なっちゃん!」
「誰?!」
「え!?知らないの?演歌歌手だよ。」
なっちゃんとは、小林夏子という有名演歌歌手で、歌も演技も上手く、結にとっては憧れのスーパーアイドルのような存在だった。
「あぁ!あのなっちゃんね。知ってる!」
「ほんと!?なっちゃんは歌も上手いのに演技も上手くてほんとにかっこいいの!それにすごく面白いの!」
聞かれてもいないのに、結は興奮気味になっちゃんの好きな所を自慢気に語りだした。
なっちゃんの話題は、結の友達には中々興味を持ってもらえないが、京人は興味深そうに聞いていた。
「確かこの前出てたドラマが話題になってたよね?」
「仲人はミタ!!」
「そうそう!観てた?」
「もちろん!なっちゃんが仲人の役で、カップルのいろんなトラブルをこっそり解決して結婚させるんだよね!あれすごい面白かった!」
饒舌に語りだした結を見て、京人は笑った。
「なっちゃんのこと、ほんとに好きなんだね。」
「当然だよ!だってほんとにすごいもん!大きくなったら結も仲人になって、なっちゃんに会いたいんだ。」
「ははは、そっか。それは楽しみだね。」
仲人になったからと言って、本業は演歌歌手のなっちゃんに会えるはずもないが、優しい京人は結の夢を壊すまいと黙っていた。
「あと、歌も大好きなの!宇宙一上手いの!」
「宇宙一!?」
京人は思わず笑ってしまったが、なっちゃんの話に夢中な結は気づいていない。
「十本桜っていう歌知ってる?」
「勿論知ってるよ!めちゃくちゃ有名だよね。こんな感じの歌でしょ?」
京人がサビの部分を歌うと、結は溢れんばかりに目を見開いた。
「すごい!!京人君歌上手すぎ!」
結の意外な反応に京人も驚いた。
「そうかな?ばあちゃんには言われたことあるけど、他の人から言われたのは初めてだな。」
「嘘!?こんなに上手いのに?この歌、歌うのすごく難しいので有名なんだよ!」
「そうなんだ?嬉しいな、ありがとう。」
京人は照れたように笑った。
「京人君は大きくなったら歌手にならないの?」
「ならないよ?!なんで?」
「だって京人君、王子様みたいだし。こんなに上手なのに勿体ないなって。」
結の予想外の発言に京人は仰天した。
「王子様?!」
「それに、もし京人君が歌手になったら、なっちゃんのサインもらえるかも!って。」
それを聞いた京人は笑い出した。
「すごいね!ほんとになっちゃんが大好きなんだね。ちょっと羨ましいよ。」
それを聞いて、結はきょとんと首を傾げた。
「なんで羨ましいの?」
「だってそんなに好きになってもらえたら、嬉しいと思うよ。」
京人は優しい顔で笑った。
「そうかな、なっちゃんも嬉しいかな。」
「絶対嬉しいと思う!」
「そっかー、ふふふ。」
結は嬉しくて笑いが止まらず、両手で口を覆った。
「じゃあ、もしいつか京人君が歌手になってなっちゃんに会えたら、結が大好きって言ってたって伝えてね。」
「えー?!よっぽど有名な歌手にならないと会えないと思うよ。」
「じゃあ結は、京人君が有名な歌手になれるように、一生懸命応援するね!」
「うーん…ありがとう?」
微妙に納得がいかない様子の京人だったが、結にお礼を言った。
ーーー
それから2人はお菓子を食べながら色んな話をした。
京人はいつ鍵を忘れても良いように、いつも郵便受けに鍵を入れていること、中学からは私立の学校で電車通学になること。
お腹が膨れてきたら、今度は2人でゲームをしたり、なっちゃんの歌を歌ったりしているうちに、結の母親が迎えに来た。
この時の結は知る由もないが、京人は結の家のドアに貼った紙に、自分の部屋番号と名前をしっかり書いていた。
結は玄関先で手をぶんぶん振りながら、元気に別れの挨拶をした。
「今日はありがとう!京人君、またね!」
結の母も申し訳なさそうに頭を下げて、京人にお礼を言った。
「本当にお世話になりました。どうもありがとうね。」
「いえ、全然。またね。」
京人は控え目に手を振り返した。
京人が少し寂しそうに見えて、結はぎゅっとしたくなったが、母もいてなんとなく恥ずかしいのでやめておいた。
同じ学校とはいえ、学年が違う結と京人はあまり接点がない。今日のようなことがなければお互い名前も知らないままだったろう。
結はなんとなく離れがたくなり京人を見ると、京人も同じように感じてくれているように思えた。
京人は意を決したように、結に声を掛けた。
「結ちゃん!明日一緒に学校行かない?」
「行く!」
願ってもない誘いに嬉しくなり、結は元気に即答した。




