かいとう1
全身鎧の正体は、ニールの父――ボウだった。
飛びついたニールを難なく受け止め、ボウは息子のニールを抱きしめた。
再会の喜びに涙しながら、ひとしきり抱きしめ合ったあと、頭の兜を取り、魔導鞄に仕舞う。片腕にニールを乗せて、ニールの顔を覗き込んだ。
髪色はニールと同じこげ茶色だったが、天然パーマのようで、一見すると蜂の巣にも見える髪形をしていた。
「ニール、探したんだぞ。今まで、何処にいたんだ?」
「ぼく、誘拐されて、ハニーダンジョンに連れて行かれた」
「――やはり、そうか。無事でよかった、ほんと無事でよかった……」
ボウの小豆色の瞳から、止まった涙が再び頬を伝い流れていく。それをニールが懐から出したハンカチで拭っていく。
ちーんと鼻をかんでようやく落ち着いたのか、ボウは辺りを見回した。
「ずいぶんと魔蜂がいたもんだな。錫魔蜂の大王までいたとはな。凍って動けなかったから、一撃で倒せたけどよ、そうじゃなかったら、いくらオレサマでも、倒せんかったわ――しばらく溶けそうもないな。誰がやったんだ?」
それぞれの視線が、くぅちゃんへと向けると――花蜜蜂たちに囲まれていて、くぅちゃんの姿は見えなかった。
「……花蜜蜂、治療しているのか。花蜜の蜜は、滋養強壮によく効くらしいからな、魔力も体力も時機に回復するさ。もちろん、傷も綺麗に治る」
ボウの話の後半は、少し離れた所でくぅちゃんをじっと見ながら座り込んでいるミヒメに向けられていた。
「もうすぐ日が暮れて暗くなる。丁度よく更地になっちまったし、此処で結界を張って、野宿するとしようか。オレサマが準備すっから、お前たちはこの辺に集まって休んどけ」
治療中のくぅちゃんを中心にして、ヒナタとフウタを傍に呼び寄せ結界箱を起動させると、放置していた錫魔蜂たちの亡骸を魔導鞄に吸い込ませていく。その様子をヒナタは興味深そうに見ていて、フウタは掃除機のように吸い込んでいく様子を食い入るようにじっと見つめていた。
二人の視線には気づかない振りをしながら、ボウは黙々と錫魔蜂大王も回収したあと、聖水をかけて澱んだ地面を浄化していった。
粗方の片付けが終わった頃、くぅちゃんの治療も終わった。くぅちゃんのの身体には傷ひとつもなく消えていて、呼吸も落ち着いており、スヤスヤと眠っているようだった。
ミヒメはくぅちゃんに縋り付き、息が止まっていないか、冷たくなっていないか確認しているうちに、そのまま眠ってしまった。どらちゃんもミヒメとくぅちゃんの間で挟まれるように幸せそうに眠っていた。
「うちのおっかちゃんが作った特製弁当だ。沢山あるから、遠慮なく、食え」
ボウに渡された弁当箱をヒナタとフウタは素直に受け取り、アカシアの花が描かれている漆塗りの木蓋を開けた。
「うわ~、美味しそう」
「これは――彩豊かで、栄養バランスもきちんと考えられている。凄く美味そうだ」
中には、色々な種類の野菜や根菜が花束に見えるように配置されていた。花束の上の部分は、花の形をしたおむすびもあった。
「美味そうじゃなくて、美味いんだよ。いいから、さっさと食べな」
ヒナタとフウタは形を崩すのが勿体ないと思いながらも、次から次へと口に運んでいく。一口一口噛むごとに、しみこんだ煮汁が口の中でじわっと広がっていく。食べ物がお腹の中に入っていくたびに、二人は目を輝かせていた。
ボウも同じ弁当を味わいながらも、二人よりも早く腹の中に収めて行った。
先に食べ終えたボウは、膝の上で眠っているニールを起こさないように、食事の後片付けをしていく。ニールに腕の中にはハナちゃんも眠っていた。
「美味い弁当の後に、苦い茶……どうにかならんもんか」
食後の一服だとドロッとした緑色の薬草茶を一気に煽り、顔をしかめていた。水筒にはまだ残っているようではあったが、飲み終えると直ぐに魔導鞄に仕舞い込んだ。ヒナタもフウタも勧められることはなく、二人とも、ほっと軽く息を吐いた。最初に用意されていた、ごく普通の焙煎された麦茶をチビチビと飲んでいた。
「今更だが、オレサマはニールの父親でボウだ」
自己紹介しろとでもいうように、ヒナタとフウタを視線で合図を送る。
「ヒナタです」
「フウタ、です」
「白狼がくぅちゃんで、その隣で眠っているのが、妹のミヒメです。その間にいるのが、マンドラゴラのどらちゃんです。くぅちゃんとどらちゃんは、ミヒメの従魔です」
視線で問われるままに、ヒナタはボウへと回答していく。
「お前たちを疑っているわけではないが、見たところ信用できそうではあるが、ニールからはほとんど訊けていねえからな。簡単でいいから、教えてくれないか?」
ニールの頭をそっと撫でながら、ボウはヒナタとフウタをしっかりと見つめながら問いかけていった。
全身鎧を脱いだボウは、想像とは違い、腕や脚はしっかりと筋肉は付いてはいるものの、中肉だった。上背は髪の毛で高く見えただけで、座った状態で相対する目線は、実際の身長はナイトより数センチ程低く感じた。
小豆色の瞳だけを見ると、どら焼きの餡子を思い出して、親しみを感じた。
「村の外れの草原の辺りで誘拐されて、目覚めたらハニーダンジョンに居たそうです……」
ヒナタがニールから訊きだした情報を基に、ボウへと語っていく。
時折、途中でボウが質問して、それを補うようにフウタも回答していく。
ヒナタもフウタも、ミヒメがダンジョンコア浄化し、封印された魂を解放した件だけは口を閉ざし、それを省いたニールと出会う前と、出会ってから今に至るまでの話をボウに説明した。
「――なるほどな。ニールを助けてくれてありがとうな」
「こちらも、錫魔蜂の討伐では、ニールには助けられました。ハナちゃんたちには、くぅちゃんの命を助けてもらいました」
フウタはヒナタの横で頷きながら、収納魔法に仕舞っていた存在を思い出す。
「あ、そうだ。コレ……ワスレナグサ村のサイレントさんからボウさんへの手紙です」
フウタは収納魔法から取り出した手紙をボウに手渡した。
「リーダーからか……」
小さく呟いたボウは、受け取った手紙の封を開けて、静かに読み始めていく。
最初は静かだったが、途中から「へ~」、「はぁ!?」、「う~ん」と独り言を交えていた。
「ニールも無事見つかったし、断る理由はない。それに……生憎というべきか、材料も揃った」
ボウは手紙を読み終えると、何とも言えない表情で、錫魔蜂を回収した魔導鞄を見ていた。
「――依頼は請けるが、魔導具に関しては、お前たちにも手伝ってもらうからそのつもりで。作るにしても、家に帰らないとな。おっかちゃんも心配してるだろうし、明日の朝一で出発するから、お前たちはとっとと寝ろ。オレサマが寝ずの番をするから、体力と魔力の回復に専念しろ」
ボウにせっつかれて、ヒナタとフウタは、ミヒメとくぅちゃんを挟んで眠ることにした。連日の精神的な疲れも重なり、横になった途端、意識を失うように眠りに就いた。




