ハチミツ1
旅は順調だ。運も良い。
立ち寄った村でも、白狼を受け入れてくれて、丁度、従魔共用の宿もひとつ空いていて、ゆっくり身体を休めることもできた。
魔獣との遭遇もそう多くはないが、誰も怪我を負うこともなく、全てが順調に思えた。
そろそろ両親と合流するかもしれない、急がなくてもいいだろうとミヒメのペースに合わせて進む。
後数日程で、目的の村にも到着する目途も立った。
日が暮れるまでまだ時間はあるが、川にも近く野宿に最適な場所が見つかったことで、今日の移動はここで終了として、野営の準備を始めた。
この地域はダンジョンが少ない。よって、人の往来も少なく、すれ違うこともなかった。
最近、野営をした形跡もなく、人の気配もなかった。
魔獣除けも焚いたから、野生動物も近寄ることもないだろうと落ち着いて、それぞれ好きな温かい飲み物で咽喉を潤した。
「たまには、ハチミツのホットミルクのみたいな……」
ミヒメが小さな声でボソッと言った。
独り言のつもりでもあったのかもしれないが、静かな場所だったからか、ミヒメの言葉がよく聞き取れた。
「ハチミツは栄養もあるからな~。殺菌効果もあるし、手に入るなら欲しいな」
「うん、欲しい!」
ミヒメは独り言にフウタが反応してくれたことが嬉しかった。同意してくれたことが余計に嬉しくなり、欲望が表に出てくる。
「少しでもいいから、ハチミツとれるダンジョンとかないの? あったら、行きたい」
「あ~、え~と。どこかあったかな。ちょっとだけ遠回りすればあったような」
「遠回りしてもいいよ。ミミ、行きたい!」
欲望を叶えたくて、ミヒメの『お願い』が発動する。
「ヒナタ、行く――!?」
「ボクは行かない」
強めの『お願い』だったが、ヒナタには全く効いていないのか、声音は低く、冷たくもあった。
いつもの笑顔もなく、冷たさはないが、無表情だった。
「……ひーたん?」
ミヒメは無意識に『お願い』を更に強めるが、ヒナタの反応はやはり冷えている。
「行かないよ。遠回りもしない。くぅちゃんの装備もちゃんとしないと、ダンジョンには入らないよ。そもそもボク――ハチミツ、そんなに好きじゃないし。それでも行きたいなら、二人で行ったらいいよ。薪、足りなさそうだから、拾ってくる」
明確な拒絶だった。今まで、こんなに冷たく返されたことはなかった。
ヒナタに『お願い』を還されたミヒメは、ショックで動けない
「ちょ、ヒナタ――!!」
兄弟喧嘩したことのあるフウタは初めてのことではないが、相手がミヒメで冷酷さが滲み出る態度は初めてで、ミヒメを一人にもできなくて、ヒナタを追いかけることはできない。
「ひーたん、帰ってくる? もう帰ってこない?? ミミ、おこらせたの? え、なんで?? ふ、ふぇ……」
ミヒメはパニックに陥り、しまいには泣き出してしまった。
「ミヒメが悪いんじゃない、オレが悪いんだ。オレの所為だ……」
フウタはミヒメを抱きしめ、ハッと思い出す。
――ヒナタは蜂が嫌いだ。
フウタはそのことを忘れていた。
ヒナタは魔蜂に刺されて、死にかけたことがある。しかも、ダンジョンで。
装備も戦力も全てが準備不足だった。それが原因だ。
一命を取り止め、後遺症もなく回復したが、心的外傷になっていて、再挑戦もできないままだった。
「ミヒメ、大丈夫だ。ヒナタは帰ってくる。薪を拾いに行っただけだから、直ぐに帰ってくるって」
ミヒメに言い聞かせるというより、フウタは心の中でも繰り返し、自分に言い聞かせていた。
――本当に帰ってこなかったら、どうしよう。
気を抜くと、不安がすぐに襲ってくる。
「くぅ~ん」
ミヒメに寄り添うくぅちゃんが、ヒナタが居るであろう場所に向かって、頼りなく鳴いた。
ミヒメのポシェットだけは、なにひとつ動くこともなく、不気味なくらいに静かだった。




