空の聖騎士と桃の聖女2
空、宙。『そら』で『天』も変換されていく。
夜……。
亡くなった母と同じように、筆頭聖女を目指していた。
そのための努力も惜しまなかった。
瘴気に侵された大陸全土を浄化できるという、筆頭聖女に口伝される超級の万能薬を作りたかった。
支給される薬草だけでは足りなかったから、暇を見つけては周りがドン引くくらいに薬草採取に出かけた。
それに付き合ってくれる護衛騎士は、神聖力が低いがために下級騎士だと莫迦にされていたけど、剣の腕は上級騎士に匹敵するほど強かった。
瘴気を浄化する旅の途中の道端に生えている薬草に足を停めても、嫌がるそぶりは見せなかったから、自然とペアを組むようになった。
とはいえ、神聖力が高い聖女とペアを組むには、荷が重かったはずだ。派遣されるのは、瘴気に侵された巨大な魔獣が蔓延る土地ばかりで、怪我も絶えなかった。
神聖力が高い上級騎士であれな身体の回復力も早かったはずだけど、下級騎士に身には辛かったはずだ。
特に最初の頃は、中級には程遠い、下級万能薬しか作れなかった。表面的な怪我は治癒しても、身体の内部に入り込んだ瘴気の浄化は微々たるものだっただろう。悪夢で魘されているのを何度も見た。
傍で見ているしかできない自分が歯痒くて、万能薬の生成に勤しんだ。
その甲斐もあり、万能薬作りに自信が持てるくらいにメキメキと腕も上がっていった。
それもこれも全て、護衛騎士のお蔭だった。
そして、安定した最高級の万能薬が作れるようになった頃、筆頭聖女選抜試験の日を迎えた。
当日、目が醒める直前――夢を視た。
数年も前の事なのに、今もしっかりと覚えている。
聖女としてはあり得ない、忘れられない強烈な夢だった。
「わたしね、『まおう』を生み育てる夢を視たの」
危うく自らの足で壊してしまいそうになった、母親の唯一となった形見の薬草採取の道具を片付けた後、相棒の騎士を共に、呼ばれている場所に向かった。
もうすぐ、あと数分も歩いたら到着するというところで、聖女の口から、爆弾発言ともとれる言葉が出てきたからか、騎士が突然立ち止まった。釣られて、聖女の歩みも止まる。
騎士は何か言おうとしても言葉にならず、閉じきれなかった口の端がぴくついていた。
「お母さんから譲り受けた調剤器具を壊されたとき、絶対に筆頭聖女になって、こき使ってやる、馬車馬のように働かせてやる、復讐してやる!! って思って寝たから、それで『まおう』が出てくる夢を視たのかな~なんて思ったんだけど」
「ふ~ん……それで?」
返ってきた声は淡々としていて、まるで動揺はなかったかのように冷静さを取り戻しているようだった。聖女を真っすぐに見つめる騎士の空色の瞳は、昼の雲一つない澄み切った青空のような、夜の広大な宇宙の藍空のような、善悪もない、ただ純粋な眼差しだけを向けていた。
嫌悪されるのではないか、軽蔑されるのではないかと身構えていた肩の力が一気に抜けた。
「夢の中のわたしは、復讐心なんてものはなさそうで、その子が愛おしくて堪らないという感じで、楽しそうに子育てしてるの」
「それなら、可愛らしい『魔王』に育ちそうだな」
聖騎士と聖女が交わす会話の内容は物騒にも関わらず、上空と同じような晴れやかな笑顔で満ちていた。ただ、お互い、言葉の一部が、かみ合っていないことには気づいていない。
「でしょ? 『まおう』を生み育てるなら、筆頭聖女になっている場合じゃないかなって」
夢から目覚めた途端、筆頭聖女を目指そうとしてい意欲は既に無くなっていた。
もしかしたら、粉々になった母の形見が拾い集めても指の隙間から何度も零れ落ちるたびに、情熱も一緒に零れていったのかもしれない。
だから、試験で手を抜いた。『まおう』を生み育てる、そう決めたから。何となく、それが使命のような気がしていた。
「秘密裏に『まおう』を育てられるはずもないし、聖女を辞めることにはなるだろうけど、本部から遠く離れた忘れ去れたような僻地にでも行けば、何とかなるんじゃないかって。偶々目についた場所が此処だった、みたいな?」
「なるほど。あれは、そういうことだったのか……それよりも、ち――」
「あっ、呼んでるから、早く行かないと」
のんびりと話している場合ではなかったと、騎士を急かしながら、目的の場所へと再び足を動かした。
さっきからずっと、頭の中で温もりのなかに冷たさも感じる音が共鳴して、その響きが「こっちにおいで」と呼んでいるかのようだった。その呼び声に、どうしてか懐かしさを感じていた。




