あく1
「アヤメおねえちゃん、このたねを、このうえきばちにうえて!!」
サイレントの家の裏庭にある薬草畑を拡大して、新しい種を植えているアヤメに駆け寄るミヒメが、自分の両手で持てる小さな鉢植えを、どらちゃんが種をアヤメに差し出した。
アヤメは土だらけの手を手ぬぐいで軽く拭い、差し出された鉢植えと種を不思議そうに受け取った。
「甜菜?」
手の中にある種は、ついさっきまで蒔いていた甜菜の種と同じだった。
「うん、そう。まりょくをこめながら、みずをあげて、まりょくをこめながら、はなしかけてあげて、だって。どらちゃんが、おねえちゃんにつたえてって」
ミヒメのポシェットのポケットから頭を出したままのどらちゃんの葉っぱが揺れる。
アヤメの碧の瞳は、どらちゃんの頭に生えている丸い二つの葉をじっと見つめる。
まさか、あの二つの丸い葉の間から白い蕾が現れ、一気に花開いたと思ったら、沢山の甜菜の種が飛び出てくるとは思いもしなかった。実際に目にしていても、今もまだ信じられない。そのくらい、衝撃的だった。
憎しみと悲しみ、怒りの負の感情に支配される中、一転して、歓喜でひっくり返った。
甜菜の種を鑑定(品種改良で培ってきた草花限定)したチトセの泣きながらも笑う姿が、目を閉じるとすぐに浮かんでくる。
チトセは鼻歌を歌いながら、甜菜の種を蒔いている。最近、腰が痛いと嘆いていたけど、そんなことは忘れてしまったのか、元気を取り戻したのか、誰よりも率先して土を耕し、薬草畑を拡げていった。
「どらちゃん、ありがとう」
どらちゃんへの感謝は、チトセの憂いを晴らしてくれたことだけではなく、アヤメが『緑の手』のスキルを持っていると教えてくれた感謝も含まれていた。
アヤメは祝福を受けていない。神聖教会に目をつけられないようにと、サイレントとチトセはアヤメに祝福を受けさせなかった。
チトセは、アヤメが生まれてすぐに目を開けた瞬間、気づいた。サイレントと同じ碧の瞳の奥に、ダンジョンコアの聖女と同じ色があることに。碧よりも深い碧が。
7歳のアヤメは、祝福が受けられなかったことに、それはもう悲しんだ。両親に反発したし、癇癪を起して、サイレントの胸を拳で叩いたこともあった。祖父母の死の真実を知らされて納得しても、その怒りをどう発散していいのかわからず、その怒りはサイレントに向けられていた。
筋肉自慢のサイレントの胸を叩くアヤメの手の方が痛かったことを思い出し、複雑な気持ちになりながらも、ミヒメたちに言われた通りに、鉢植えに甜菜の種を蒔き、そっと土を被せた。
「げんきにな~れ、おいしくな~れ、さいごにあまくな~れ!」
ミヒメが小さなスコップで土を掘り、一粒一粒種を蒔いて、小さな手で土を被せては、おまじないを唱えていた。
「元気にな~れ、美味しくな~れ、最後に甘くな~れ!」
アヤメも負けまいと、おまじないを唱えた。両手が緑色に光り、それがシャワーとなって、植木鉢に降り注がれた。
これまでの5年間、アヤメは、自分のスキルが何なのか知るために、試行錯誤してきた。
その中で手ごたえがあったのは、薬草を育てることだった。
アヤメが育てる薬草は、品質が良かった。調薬する薬の効果も高いと、チトセに褒められた。
チトセの後を継ぎ、薬師となるアヤメには、緑の手スキルは素敵な贈り物だった。
「元気にな~れ、美味しくな~れ、最後に甘くな~れ! 早く、育て~!!」
緑の手スキルを自覚しすぎて、制御しきれなくなった緑の光は、村全体を祝福した。
植木鉢の種が応えるように、ひょっこりと芽を生やしていた。




