元聖女と冒険者1
チトセが、黄金の聖女と呼ばれることになったのは、洗礼を受けた10歳のときだった。
冒険者だった両親が魔物討伐で命を落としたため孤児になり、神聖教会に併設された孤児院に預けられた。
7歳になった時から既に冒険者見習いとして活動していたから、孤児院にお世話になる予定ではなかったが、両親が神聖教会と直接契約していたために魔物討伐依頼失敗とされ、チトセは借金を背負うことになってしまった。
借金は膨大で、そう簡単に返せる額ではなく、薦められたのが――聖女だった。
大人たちに逆らえるわけもなく聖女になるために神聖教会の神官長から洗礼の儀式を半ば強制的に受けさせられた。
洗礼を受けた聖職者は誰でも、○○の聖女、○○の聖騎士、○○の神官とお互いを呼び合うようになる。
チトセという名前は、洗礼という契約により、眠りにつく――といえば、聞こえはいいが、要は名前を縛られるようなものだ。誰も自分の名前を呼ばなくなり、次第に思い出すことも困難なくらい心の奥底へと仕舞われていった。
黄金の聖女にとって、桃の聖女は3歳年下になるが、洗礼を受けたのは同じ日だった。その中には空の聖騎士もいた。
どこへでも遠征や巡礼に行く活発な桃の聖女と違い、黄金の聖女は、与えられた薬草で万能薬を作る以外は、神聖教会の地下にある図書館に入り浸るくらいの引きこもりだったが、同期ということで万能薬作りのペアを組むことが多く、親しい中でもあった。
黄金の聖女は神聖力は並みで、重症の怪我が治癒する中級の万能薬を作れれば、それで満足だった。
万能薬よりも、幻と言われる薬草や種への興味が一際強かった。
調合スキルを活かして、新種の種を開発していく方面への興味が強かった。
いつか借金返済し、聖女も辞めて自由になりたい。そのための資金を稼ぎたかった。
だから、筆頭聖女になるつもりは毛頭なかったし、選ばれることもないだろう、自身をそう評価していた。筆頭聖女になるとしたら、桃の聖女だろうということは、暗黙の了解だった。
それが、梅の聖女が筆頭聖女になり、桃の聖女は空の聖騎士と一緒に、僻地を希望して転属してしまった。
お別れの挨拶で楽しそうであったから、筆頭聖女になれなくても未練はなさそうに見えた。
それから1年が経った頃。
「ダンジョンに一緒に行くぞ。さっさと準備しろ」
図書室にいた黄金の聖女のところに親しくもない、雲の神官が訪ねてくるなり、そう命令した。
イラっとはしたが、丁度、甜菜についての文献を資料に纏めたところだったので、逆らうよりもおとなしくついていくかと、甜菜の資料を鞄に詰めて、雲の神官に着いて行った。
「ダンジョンコアを再封印する」
普段は雲のように掴みどころがない、回りくどい話し方をするのに、簡潔明瞭に話す雲の神官は物珍しかった。雨雲のような濁った灰色の瞳が一層不気味にも見えたが、どうでもいい話を延々と語られるよりはマシだと思い、反論せず黙って肯いた。
ダンジョンには、予め依頼していた『愛の調べ』という冒険者の3人組が神聖教会の前の門の所で待っていた。
深海の藍色の髪から、『愛』繋がりで、雑学何でも調べるのが好きだという、リーダーの強い要望で、『愛の調べ』というパーティー名になったのだと、モヒカンと坊主頭の男性二人は嘆いていた。
2泊3日の短い旅は順調で、目的のダンジョンに辿り着き、神聖教会が管理している裏口から入り、幾度かの魔物と遭遇したものの、2時間程で、地下の深層部のダンジョンコアがある場所に辿り着いた。
「これで交換してくれ」
ダンジョンコアを封印しているガラス箱を外し鞄に仕舞い込み、新しいガラス箱を取り出した雲の神官は、黄金の聖女にそれを差し出した。
ダンジョンコアの再封印は初めてで、言われた通りに介助しろとしか言われておらず、言われるままに黄金の聖女は封印のガラス箱を受け取った。
次に依頼するダンジョンコアの封印の取り扱いをを学ぶためでもあるらしく、3人組の冒険者たちも、ダンジョンコアの周りに集まっていた。
「――なっ!?」
説明するのかと思いきや、雲の神官はむき出しダンジョンコアを床に落とし、後ずさった。
黄金の聖女は雲の神官のあり得ない行為に混乱し、ガラス箱を持ったまま、呆然としていた。
瞬発力のある藍色の髪の冒険者が床と衝突する直前でダンジョンコアを掬い取り、反動を活かして、雲の神官に向かってダンジョンコアを投げた。
条件反射のように受け取ってしまった雲の神官は、すぐにでも投げ返そうとするも、ダンジョンコアが粘着テープで張り付いているのかのように手から離れず、腕が捥がれるのではないかというくらいに必死に振るい落とそうとしていた。
そうこうしているうちに、雲の神官の身体は干からびていく。
髪を結んでいた白いリボンが解け、白い髪が灰色に変わっていく。その灰色も、骨ひとつ残さずに全て消えていった。




