まおう4
ヒナタとフウタが交互にミヒメを背負いながら森を突っ切っていく、という話の下りの所でミヒメは目を覚ましていた。
目が覚める直前、ミヒメは夢を視た。
あれは――3年くらい前の出来事。
「そんなところでしゃがむな。さっさと立て!」
「うえ~ん」
家族で隣村のお祭りに行く途中の道端で、丁度、今の兄たちとミヒメと同じくらいの兄妹と遭遇した。
「泣いても、知らん。置いていかれたくなかったら、立って歩け」
「や~、まって。おいてかないで~」
兄は泣く女の子に見向きもせずに、その言葉通りに妹を置いてスタスタとミヒメたちとは反対の方向へと歩いて行った。
兄が戻ってくることはなく、置いて行かれた妹は、自力で立ち上がって、必死で兄を追いかけて行った。
ミヒメは父に抱っこされていたから、置いて行かれる心配はなかった。母が隣で歩いていて、ヒナタとフウタが後ろからついてきており、ミヒメ以外の家族は、兄妹のやりとりを気にする様子もなかったけれど、ミヒメだけは、その光景が強く印象に残っていた。
その過去の夢が、眠る前に起きた現実とミヒメの行動が被る。
あの日の妹と違い、ミヒメは、『ぺっと』のスキルを使ったから、置いて行かれることはなかったのではないか。そんな思考が頭によぎる。
同時に、ヒナタとフウタは、見習いが取れて、本格的に冒険者として活動した頃で、ミヒメは冒険者ではなかったから、度々、家に置いて行かるようになった、その嫌な思い出も蘇った。
置いて行かれたらどうしよう――不安でたまらなくなった。
ミヒメには『ぺっと』があるから、大丈夫だろうか。
大丈夫ではないかもしれない。ヒナタは抵抗しなかったけど、フウタはものすごく抵抗した。
今のところは大丈夫でも――未来は? 置いていかれるかもしれない。
自力で歩けなくなったら、置いて行かれるかもしれない。
魔物が襲ってきたら、足手まといになり、それこそ、置いていかれるかもしれない。
それは嫌だ。兄たちが望んでいたように、ミヒメにはミヒメの代わりに歩いてくれる、守ってくれるペットがいれば、きっとミヒメは見捨てられない。
そういえば――と、森の中から、ミヒメを呼ぶ声が聞こえていたことを思い出した。
でも、呼ばれている場所には一人ではいけない。それが無理だとは十分、分かっていた。
ヒナタとフウタが二人だけで、ナイトと3人で冒険に行ったことも思い出して、怒りがわいてきた。
置いて行かれる恐怖よりも、置いて行かれた怒りが勝った瞬間、『ぺっと』は勝手に発動していた。
止まらない。でも、止めたくない。相反する葛藤がせめぎ合い、ただただ暴走する。
ようやく、くぅちゃんを『ぺっと』して暴走は治まった。
ミヒメは、自力で歩ける距離が少ないから、くぅちゃんを『ぺっと』したことを褒めて欲しかった。
けれども、『ぺっと』で伝わってくるヒナタとフウタの感情は――恐怖。
――ミミをおいてかないで。きらわないで。
ミヒメを見つめる、ヒナタとフウタの顔が恐怖の色に染まっているが分かり、意識はプツンと切れた。
「……おい……ない……で」
寝言とともに、ミヒメの閉じた目から涙が流れて行った。
「置いてかないよ。泣かないで」
涙が拭われる感触で覚醒し、ミヒメが目を開けると、ヒナタがミヒメの顔を覗き込んでいた。
「ヒメちゃん、おはよう」
「ひー、たん?」
「熱は下がったね」
ミヒメの額にごっちんこしないように、ヒナタはそっと自分の額を当てた。
「ヒメちゃんは、ひーたんの恩人なんだよ。知ってた?」
「おん、じん?」
ミヒメは少しだけ首を傾け、泣き顔から不思議そうな顔に変えた。
ヒナタは外れてしまった額をもう一度合わせた。
「ボク、ヒメちゃんのスコップ、いっぱい作ったよね? 最初は形が変なスコップばかりで、それでも、「ひーたんがつくったすこっぷじゃないといや」っていうから、たくさん練習したんだよ。そしたら、上手に作れるようになったんだよ。だから、ヒメちゃんはボクの恩人なんだよ。だから、ありがとうのギュ~」
ヒナタは、置いて行かないという思いを込めて、ミヒメをギュッと抱きしめた。
ミヒメはヒナタの体温を感じながら、嬉しい反面、複雑な心境だった。
ヒナタが村の離れの鍛冶職人に弟子入りしてしまい、一時期、遊ぶ時間が少なくなったことも思い出して、ヒナタの胸の中で、頬を膨らませていた。
ミヒメはちょっぴりだけ怒っているというのに、ヒナタは抱きしめる腕を緩めなくて、置いて行かれることはないのだと実感できて、怒りは喜びに変わっていた。
「ひーたん、ぎゅ~」
ミヒメもヒナタにお返しのギュ~をしていると、フウタも参戦してきた。
「ふたりとも、ずるいぞ~。オレなんて、朝ごはん作ってるのに。ミヒメの大好きな甘い卵焼き作った、オレにもギュ~」
ミヒメを挟んで、ヒナタとフウタに抱きしめられる、いつもの幸せの朝が始まった。




