まおう2
「――森の中で野宿をするのも大変だし、交代でミヒメをおんぶして、森を突っ切るか」
フウタが眠っているミヒメの頭をそっと撫でる。
「そうしようか。回復の薬草茶が効いたのかな? 全快とはいかないけど、さっきよりは魔力の巡りも良いし、森を抜けるくらいだったら、全力で身体強化もできそうだよ」
そう言って、ヒナタがお日様のような笑顔で力こぶを作った。
「この森はほとんど魔物がいないからいいけど、これから先、ミヒメを背負いながら魔物と戦うのはきついな」
「そもそもボクたち、戦闘スキル持ちでもないしね。それに魔物を積極的に狩る旅でもないし……ヒメちゃんを乗せられるくらいの、可愛いペットでもいないかな~」
「身を守れて、そこそこ強ければ、尚良しだな」
「これからは、ヒメちゃんもどんどん成長して、背も伸びるだろうし、食べ盛りだから……もうちょっと大きくてもいいかも」
和気あいあいと話していると、食事の後片付けも終わった。
「寝てるところを起こすのも忍びないけど、とりあえず起こすか、って、目、覚めたみたい……ミヒメ!?」
「どうかし――!?」
目を開けているミヒメの瞳は柘榴色になっていた。
呼びかけにも反応なく、人が踏み込まない森の奥を、ただじっと見つめている。
「ふうちゃ、だっこ」
「――んグッ!」
冷たい声だった。いつのも猫を撫でるような可愛さは皆無で、機械的な声色がミヒメの口から出ていた。
お願いするのではなく、はっきりとした命令口調。
抵抗はできなかった。というよりも、そんな考えは浮かばなかった。
言われるままに、フウタはミヒメを抱っこした。
「あっちに連れてって」
ミヒメの指さした方向へと、フウタの足は勝手に動き出す。
「あ、えっ!? ちょ、ちょっと待って!!」
困惑しながら、ヒナタはミヒメたちを追いかける。
単身のヒナタは身軽だというのに、ほぼ全力で自身に身体強化もかけているのに、ミヒメを抱いたまま走るフウタに追いつくのがやっとだった。
周りに獣の気配がないか、探索する余裕もなく、ヒナタは必死で後を追う。
数分ほど獣道を走ると、フウタの足が止まった。
草木が枯れ、荒れた広場が見えた。其処には、息が絶え絶えな白い狼に小さな黒い何かが寄り添っていて、それを襲おいかかろうとしている魔物がいた。
「ひーたん、たすけてあげて」
やはり、機械的な冷たい声だった。
ヒナタは迷うことなく、命令のままに動く。
右耳のカフスに触れながら、白狼の元へと向かう。顕現させた魔導武器で、魔物の首に刃を入れ、頭と胴体を切り離した。
流れるような無駄のない動きだった。
命令遂行すると同時に、相当な身体の負荷がかかっていたのか、防衛本能から身体強化が解かれ、ヒナタは崩れ落ちるように両膝を地面に着けた。
四つん這いの状態になり、両肩を激しく上下に動かすヒナタの傍にフウタが近づき、片膝を立ててしゃがむと、ミヒメを腕からゆっくりと降ろした。
ミヒメが自分の足でしっかりと地面に降り立つと同時に、フウタは止まっていた時間が急に動いたように、胸を押さえながらヒナタと同じように呼吸を荒くしていた。
ミヒメが躊躇いもなく白狼の前に立った。
「ヴゥ、ヴゥー」
白狼が唸り声を上げながら黒曜の瞳でミヒメを威嚇しても、ヒナタとフウタは黙って観ていることしかできなかった。疲労というよりも、動きを封じられたように、動けなかった。声も出ない。
「ぺっと」
冷たさはない。けれども、温かくもなかった。
雨も降っていないのに、虹の光が空高く舞い上がるように『始まりの地』へと向かって伸びていった。
空にかかった虹の橋は、瞬く間に消えた。
荒れた広場には、柘榴の瞳で佇むミヒメと、黒曜だった瞳は柘榴に変え、腹を見せて服従のポーズをとる白狼と、身体の酷使からではない、両手を震わせるヒナタとフウタの姿があった。




