まおう1
ぐっすりと寝入っているミヒメには、ヒナタとフウタの声は耳には届かなかった。
けれども、悲しみや嫉妬、喜びなどの沢山の感情は肌を通して伝わってきていた。
ミヒメがミヒメだと自覚してから最近まで、ずっとずっと苦しかった。
身体中を何かが這うように動いていて、とにかく苦しかった。何よりも一番、胸が痛くて苦しかった。
一日中、布団の中で寝ていることが多かった。
それでも、一日一日が経つごとに、苦しさは少しずつ和らぎ、短時間なら自力で歩くことができるようになり、家の外にある庭で遊べるようになった。
元気な日は、兄のヒナタとフウタ一緒にミヒメが食べる野菜の種を庭の畑に蒔いた。
ミヒメ専用の小さな畑は、ヒナタが作ってくれた小さなスコップで土を掘って、小さな鍬で土を耕した、大切な宝物で秘密基地だ。種を入れる小さな袋は、フウタが作ってくれた。
「じゃがいもだ~。うめるの? たべないの?」
「これは大根と人参と同じで、大きい種なんだよ。種芋っていうんだよ」
種芋の意味は分からなくても、ヒナタの「この種芋から、たくさんの芋が成るんだよ」という最後の言葉だけは覚えていた。
じゃが芋は、よく食事に出てくる。ほんのり甘くて、好きだった。
人参も甘味があるから、少しだけ好きだったけど、大根が苦いばかりで嫌いだった。
食事を作ってくれるフウタが冬になったら、おでんの具にするというから、渋々、種を蒔いた。
苦くならないように、甘くなるようにこっそりとおまじないをかけた。
「おいしくな~れ。あまくな~れ」
たくさんの大根に話しかけたけど、反応を示したのは、ひとつだけだった。
少しだけ胸が苦しくても、雨が降らない日は、水やりをした。
おまじないをすると、胸の苦しみが和らぐから、雨の日も雨合羽も着て、傘をさして、話しかけた。
物凄い雨が降り、雨の水溜まりで溺れてしまわないか心配になり、外で出て行こうとしたこともあった。その時は、どんなに泣いても、叫んでも、外に出ることはできなかった。
雨が上がった途端、家を飛び出して、庭へと駆けだした。
大根はみんな無事だった。けれども、ひとつだけ葉っぱが違うのがあった。
ギザギザの葉っぱの中で、2枚だけが丸みを帯びていて、その間の窪みに雨粒が溜まっていた。
そのキラリと光る雨粒に触れた瞬間、ミヒメの重苦しかった身体が一気に半分、軽くなった。
その日から寝込むことも少なくなり、家の周りを走り回れるようになった。
もうすぐ雪が降りそうなくらい寒くなった日、ヒナタと一緒に大根を引っ張った。
土の中から出てきたのは、マンドラゴラという魔物だった。
マンドラゴラと目が合った。そして、2枚の丸い葉の間から、お花が咲いた。土色の瞳が柘榴にほんの一瞬だけ変わるのを見て、文字が浮かんだ。
――どらちゃん。
こうして、どらちゃんはミヒメの家族になった。
ミヒメが苦しんでいるときに、母のリゼットと父のナイトが身体に溜まりすぎた魔力を吸い出す時に一時的に見る両親の瞳がどらちゃんと同じ色だったから、どらちゃんが魔物だと言われても、怖くなかった。
薬の材料になるからと、リゼットには特に喜ばれた。
フウタには、おでんの具にされそうになり、しばらく怯えていた。
ミヒメのお出かけ用のリュックとポシェットは、ヒナタとフウタの合作だ。お願い通りに、どらちゃん風の魔導鞄を二人の兄が作成した。どらちゃんも気に入り、今ではフウタとも仲良しだ。
ヒナタとフウタは、ミヒメの自慢の兄だ。そして、大好きだ。
二人を助けたかったから、憶えたてのスキル『ぺっと』を使った。兄たちに向けて。
最初は、どらちゃんと同じ家族だと思い、嬉しかった。
でも、同じではなかった。
ナイトとリゼットは、ミヒメが生まれる前から、契約をしている家族だった。
どらちゃんは『おともだち』になったから、自然と家族になった。
でも、ヒナタとフウタは、兄と妹という家族で家族ではなかった。
ヒナタとフウタが『魔王の呪い』にかかってしまい、兄たちを助けるためには『ぺっと』する必要があると両親に言われて、スキルを使った。
だから、同意した上で『ぺっと』したわけではなく、強制的に『ぺっと』したからか、両親やどらちゃんたちから感じたことのない、反発するような魔力がヒナタとフウタから伝わってきていた。
――嫌われたくない。
だから、がんばって歩いた。
でも、途中で足が痛くなり、息も苦しい。
どらちゃんを『ぺっと』してから胸の痛みが半分になり、ヒナタとフウタを『ぺっと』してからは、更に半分になり、身体がもの凄く楽になった。
それなのに――胸がズキズキと痛い。




