兄と弟2
「……丁度、森の真ん中あたりか?」
柿の木の下で少し遅い昼食を食べ、食後に体力回復効果のある薬草茶で一息ついた。
昨日、採取した薬草が役に立ったと、しみじみと有難みを感じていた。
一早く元気を取り戻したフウタが、辺りを見回していた。
「この先は、迂回しなければならない道が多いから、急いでも、出口に辿り着く前には日が暮れるだろうね」
フウタと二人だけであれば、今頃、森を出た頃だろうか、ヒナタはそう推測しながらミヒメを見ると、フウタの胸に頭を預けて眠ってしまっていた。
「迂回で思いついたけどさ、隣の村に行くにしても、わざわざ森の中に入っていかなくても、多少距離は遠くなるけど、迂回すればよかったんじゃねぇ?」
「ほんとだね。何で、森だったのかな?」
「誰も、森の中に入ろうなんていってないし。父さんも、特に言ってなかったな」
「父さんと母さんの昔の事とか、ヒメちゃんのやんごとない事情とか、直ぐに出発しなきゃならなくてバタバタしていたけど、最初に森に向かったのって……」
「……ミヒメだな。はぁ~」
「だね。はぁ~」
同時にミヒメを見て、ため息をついた。
「オレたちは、父さんに連れられて、よくこの森で野宿もしたし、何度も来ているけど、ミヒメは去年に一回来たきりか」
「ちょっと、散策したくらいだけどね。といっても、父さんが抱っこしてだし、ヒメちゃんはほとんど歩いていなかったね」
「隣村に行くには、こっちの方が近いって、父さんがミヒメに言ってたの思い出したわ……んなことより、ヒナタ――お前、ミヒメに甘すぎないか。いつも、すぐにお願いきいてるしよ」
「あ~、うん。そうかもしれないね」
思い当たる節があるのか、目を合わせるのが気まずいのか、ヒナタは空を見上げている。
「ヒメちゃんは、ボクの恩人だし……罪滅ぼしもでもあるというか……」
「罪滅ぼし?」
ヒナタは一度、口を固く閉じた。言いにくそうに、けれども、視線は空に置いたまま、重くなった口をゆっくりと再び開く。
「……ボクたちが、スキルを授かった日に、母さんの妊娠が判って……最初は嬉しかったんだけど、日に日に悪阻も酷くなって、寝込んだでしょ。それで、「かじ」スキル持ちのボクたちが家事に専念することになって……」
「そうだったな……それで?」
後ろ向き発言のヒナタは珍しい。声音も硬く、重苦しい雰囲気に胸が詰まりそうになりながらも、当時を思い出して他人事ではないと、フウタは訊くのが怖いながらも続きを促した。
「父さんは母さんに付きっ切りになるのは、仕方がないというか、まあ当然でもあるというか……父さんよりは家事できる方だから、それはいいんだけど……」
「……」
中々本題に入らないことに若干イライラしながらも、此処で口出ししてはいけないと、ウンウンと頷きながら、聞き役に徹した。
しばらく、沈黙が続き、その間にどうしてか、しょんぼりした父――ナイトの後ろ姿が浮かんだ。
ナイトは剣士スキル持ちだから、材料を斬ることは勿論、解体は下手したら自分たちよりも上手い。魔力内向型9割の身体強化に優れてはいても、洗濯や掃除などの家事は下手だった。
二度手間になるからと、リゼットの看病を率先させたのは、ヒナタだった。
家事を担うようになって1カ月も経つと、おままごとから、ちょっぴり優秀なお手伝いさんにレベルアップしていたフウタは、ヒナタがリゼットの看病を相談なくナイトに決めても、特に反対もしなかった。
普通だったら、勝手に決めるなと怒ったはずなのに、あの頃は自分の方が家事が得意だからと、優越感に浸っていたから、ヒナタを見下していたから、気にならなかったのだと、今になって気づいた。
「フウタと二人で家事をするようになって……メキメキ腕を上げていくのはフウタばっかりで、差ばかりが開いて……それで……母さんが元気なら、家事なんてしなくても良かったに、フウタと比べて落ち込むこともなかったのに……なんて思って……それで――ちょっと恨んだというか」
ヒナタがミヒメをちらっと盗み見る。ヒナタも頭を下に傾けて、上からミヒメの顔を覗いた。
疲れからか、ぐっすり眠っているようで、ヒナタとフウタは、安堵の息を小さく吐きだした。
「……ごめんな」
ヒナタの闇に気づかずに、天狗になっていた。自分よりも少し早く生まれただけなのに、フウタは兄にはなれなくて、時間差で兄になったヒナタに優位になろうとしていたフウタが勘違い野郎にしか思えなくて、恥ずかしさがこみ上げる。同時に、罪悪感も生まれた。こぼれ出た声は、聞き耳を立てないと聞こえないくらいに小さかった。
「うん。ボクも、ごめんね。父さんにも母さんにも言われたことはなかったけど、近所のおばさんが「お兄ちゃんなんだから、弟よりできなくてどうするの」と叱っているのを見たことがあって、兄は弟よりも優れていなくてはならない、と思い込んでいたんだと思う。比べることなんて、ないのにね。へへっ、情けないよね? だから、ごめんね」
ヒナタはそう言って、はにかんだ。
フウタもミヒメを振動で起こさないように、小さく笑った。




