終幕
「行っちゃったね……」
「あぁ……」
子供たちの姿が森の中へと消えていくのを見送った、父と母の表情は哀愁が漂っていた。
追いかけるとは言ったものの、再会するのは、ずっと先になるだろう。
これまで何度か、子供たちを置いて、二人だけで旅をすることもあった。長くて1カ月、ということもあった。
けれども、次に会えるのは、半年かそれ以上、下手したら1年先になるかもしれない。
自分たちはミヒメが生まれる前から既に、『まおうのはは』、『まおうのちち』であるから、離れていても絆がある分、感じる寂しさは少しはマシだろうか。
すぐにでも駆け付けたい気持ちはあるが、足が進む先は反対方向だった。
目の前にある痕跡の後始末が残っている。
浄化はされているが、ダンジョンコアの呪いが覆った地の草花が刈り取られたように、地肌が丸出しになっている。
その中央には、一枚だけ、花びらが落ちていた。「見つけて!」と主張するような存在感があった。
「……梅の花びら」
かつては桃の聖女と呼ばれた――リゼットが複雑そうな顔で花びらを拾っていた。
「そうか……」
予想していた通りだったから、驚きはなかった。確信できたにすぎない。
漆黒の檻の影を斬ったその時に、記憶にある毒々しい青が視えた。
此処に存在していたダンジョンコア――聖女の心臓がどの聖女であったのか、明らかだった。
確かに憎らしいと思っていたこともあった。それでも、相手の命を奪いたい、とまでは思ったことはなかった。
梅の聖女が筆頭聖女に選ばれた時から、いずれは、そうなるだろうということは、知っていた。否、真実を知る前には既にダンジョンコアになっていたことは知っていた。
だから、真実を教えることができなかった――というのは言い訳にしかならないだろう。
リゼットの手のひらの上で、そよ風でそっと揺れる梅の花びらが、桃の花びらでなくてよかった。あり得た未来でなかったことに安堵して、かつては空の聖騎士と呼ばれた――ナイトはそっと胸を撫でおろした。
あれから――20年の時が流れる間、3~7年の間隔で筆頭聖女の交代があった。神聖教会に関する情報は逐一拾い集めていた。
自分たちは運よく、生贄となることなく、全ての呪いから解放された――リゼットの両親の命がけの祝福ににょって。
20年前のあの日、『始まりの地』の洞窟の深層部には、ダンジョンコアがあった。
あっという間に漆黒の炎に覆われて、洗礼で刻まれた――空の聖騎士、桃の聖女、それぞれの名が焼き尽くされたのを肌で感じた。
――ダンジョンコアに触れてはならない。
聖職者となった者には、洗礼時にそう教えられていた。
ダンジョンに赴くこともなく、そうそう見る機会もなかったが。
今なら、その理由が分かる。
漆黒の炎に包まれている間、筆頭聖女だったリゼットの母の藍色とナイトとリゼットを洗礼した神官長の彼女と同じ桃色の瞳が記録してきた記憶の数々を視させられた。
ダンジョンコアの正体とどのようにして作られたのか、その始まりを――。
神聖教会の上層部がダンジョンコアを創れても、完全に制御できているわけではなかった。
一部のダンジョンコアは、突然姿を晦まし、早ければ数年、遅くとも百年後ほどでダンジョンとなり、姿を現す。調査したところ、現れた場所は持ち主だった聖女の故郷や縁の土地と一致していた。
梅の花びら一枚を残した聖女の故郷は、神聖教会大本部で此処ではない。
自分たちを探していたのだろうか。恨んでいたのか、それとも――。
――浄化された梅の花びらの香りが語るのは、高潔さ。
きっと、次の人生では取り戻した使命に躍進していくことだろう――そう祈りたい。
「綺麗な梅の花を咲かせて、たくさんの実をつけるんだよ~」
大根が花びらを梅の種に変え、裸の地の中央にリゼットがその種を埋めていた。
「イイ薬の材料になるんだよ~。梅の薬酒もいいよね?」
「……そうだな」
実は……梅酒は二人の共通する好物のひとつだった。
痕跡を消すため、将来の梅の木の周りを、もんちゃんがせっせこせっせこと好物の大根の種を蒔いていた。
――子供たちは今、どの辺りだろうか?
ナイトが子供たちが居るであろう、森へと視線を向けると、虹の柱が昇るのが見えた。
虹は曲線を描く先は、『始まりの地』だろうか。
冒険者だった父親の言葉が浮かんだ。記憶の声も一緒に聞こえてきた。
「――名前は宝箱だ。その中には、使命が記されている。宝箱を開けたいなら、文字という幾つもの鍵を探せ」
「ぼくのしめいも、いっぱいあるの?」
「あるぞ。いっぱいな」
短くはない時間、ナイトという名前を封印されてしまったが、幸運にも聖騎士をいう称号を得られ、聖女を守ることができた。リゼットを守ることが使命のように感じていた。
騎士という幾つもある使命のひとつが、自分自身も守っていたのではないだろうか。
聖職者でありながら、父親のような冒険者になりたかった。その夢がどうしても捨てきれなかった。
「虹が七色ではないという説もあるが、いくつだろうが、どうでもいいと俺は思っている。七色だと思えば、七色でいいんだよ。その方が、夢が希望がありそうじゃないか。虹もさ、遠くで見たら、ひとつひとつが細い七本の糸に見えねえか? 七本の糸で『七糸』……なんてな?」
鼻の奥がツンと痛んだ。
ダジャレみたいに言われて、頬を膨らませて少し腹も立たせていたこも思い出し、笑いで誤魔化す。
「親父の言う通りだったよ……俺は今、七本の縁という糸が繋がってるよ。正しく、『七糸』だ」
虹はいつの間にか、消えていた。夕焼けに変わっていた。
隣には、隠蔽工作が終わったリゼット(+もんちゃんも)が寄り添うように立っていた。
「家族、増えたね」
「……そうみたいだな」
――七つの糸だけでは足りなくなるかもしれない。
少し困ったことになったかもしれない、そう思いながら、ナイトはリゼットをエスコートしながら、自宅の方へと歩みを進めた。
もうすぐ、新たな夜が幕を開ける――。
もんちゃん=文ちゃん。
どらちゃんと文(土)通しているのかもしれない……。
「ミミ、あたらしいかぞくをぺっとしたよ!」
~第1章へ続く……。




