旅立ち
「よいしょっと」
ミヒメは自分の頭と同じくらいの大きさのお気に入りのリュックを背負った。
真っ白でふわふわの生地で作ってもらった、フウタお手製の大好きなお友達の姿を真似した太めの大根のぬいぐるみ型リュックだった。
「痛いところはないか?」
フウタは作成責任者として、肩ベルトが食い込んでいないか、背中に手を入れて圧迫具合を確認したり、糸のほつれがないか、生地が破けていないかなど、入念にチェックしていた。
「うん、だいじょうぶ。いたくないよ」
「大丈夫そうだな。それにしても、この葉っぱのギザギザを体現するのは大変だったな……」
ミヒメに無茶な注文をつけられたときのことを思い出し、フウタは遠い目をしながらため息をついていた。
「忘れ物はないかい?」
「ないよ。これにぜんぶ、はいってるよ」
ミヒメは声のするほうに振り返って、ヒナタに向かってリュックを軽く揺らした。
「こっちには、どらちゃんも、ほら。ね」
肩から斜めに下げている、これまたリュックとお揃いの小さなポシェットの外側のポケットから、子供の手のひらに乗るくらい小さな真っ白の大根が顔をひょっこりと出していた。頭のてっぺんに生えている三枚あるうち、一枚の葉っぱだけが、ギザギザしている。
ぬいぐるみとの違いは、二枚の丸っこい葉っぱの間に今にも咲きそうな蕾がある。ちなみに、こちらが、ぬいぐるみの基本となる生きた本体だった。
大根こと愛称どらちゃんは、栄養をたっぷりとため込んだ土色の煌めいた瞳の片方を閉じて、ヒナタに向かってウインクした。
どうやら、どらちゃんの寝床になったヒナタが特殊加工したポケットがお気に召したようで、そのお礼なのだろう。
――ヒナタの頭の中にどらちゃんとの出会いの光景が蘇った。
どらちゃんとの付き合いはかれこれ、3年が経つだろうか。出会いは、雪が降り始まる初冬だった。
庭の家庭菜園で育てていた、他の秋大根に紛れてひっそりと埋まっていた。
いつから埋まっていたのかは分からない。
最初は周りと同じ大根の葉っぱと変わりはなかったが、思い起こせば、大根の中でもミヒメはどらちゃんと思われる大根に話しかけ、水をやり、育てていた。
いつの間にか、特徴的な葉っぱに変わっていて、収穫のためにミヒメと一緒に大根の葉を引っこ抜いたとき、閉じていた瞼が開き、土色の瞳が合うなり、恥ずかしそうに二股になった先端を器用にくねらせ、枝分かれしたような2つの短い手のようなモノを胴体の前で先っぽを合わせていた。
多分、人間だったら胸の辺りを隠そうとしていたのではないだろうか。そんな動きだった。
引っこ抜かれても叫び声は挙げなかったが、手に触れた茎から微妙に魔力を吸われていたから、マンドラゴラなのは確かだった。
傍で見ていた母が桃色の瞳を光らせてマンドラゴラをじっと見て、「悪さはしないから、問題ないわ。家の中で飼いましょう」といって、嬉しそうにどこからか鉢植えに持ってきた。
植木鉢に土を入れるとミヒメはブスッと埋め込んでいた……。
鑑定眼スキルを持つ母は、スキルを鍛えまくり、自分より魔力の弱いモノであれば、人の鑑定もできるようになったらしい。
あの時、母は鑑定して、ミヒメのペットになっていたことを確認していたのだろう。
そして、ヒナタとフウタが薬草採取で不在の昨日、鑑定眼スキルをミヒメと共有して、石板のように祝福したらしい。
母曰く、『まおうのはは』であるから、スキル共有できたとのこと。
父は、『まおうのちち』で、ヒナタとフウタはどらちゃんと同じ、『まおうのぺっと』だった。
どらちゃんが鉢植え加工のポケットと同化する際、魔力を通したときに胴体の中央に赤い契約紋が浮かび上がったのを、確認している。一時的に瞳も柘榴色に変化しているのを見逃さなかった。
「さあ、行くか」
掛け声は威勢は良いが、フウタの顔には疲労の色が残っていた。
焚き火で作った竈で朝食を作って、旅に必要な荷物を再確認したりと慌しかった。
「そうだね、行こうか」
自分も似たような顔をしているのだろうと思いながら、ヒナタは旅に必要な荷物を纏めた魔導鞄を腰に身に着け、立ち上がった。
「後から追いかける。ミヒメは、お兄ちゃんたちの言うことを聞くんだぞ。ヒナタもフウタもミヒメを頼んだ」
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
両親は、家の後始末などがあるからと、一旦家に戻ると言っていた。
見送る両親に向かって、子供たち3人がそれぞれに手を振る。
「行ってくる」
「行ってきます」
「いってきま~す」
ミヒメは人一倍、両手で大きく手を振っていた。
その両手は、森の入り口に入る直前に、兄たちの手に繋がれていた。
ツインテールにした藍色の髪は、金銀のリボンで飾られている。歩くたびに、ツインテールと一緒にリボンも弾むように揺れる。
無邪気にスキップしているミヒメは称号が『まおう』だった。
そして、スキルの『ぺっと』をかけられると、ペットのように愛玩して飼われるそうだ。
ミヒメの心臓には、母の母――祖母の心臓のが記憶されている。
神聖教会の上層部に見つかれば、ミヒメの心臓がダンジョンコアであることに気づかれてしまうだろう。
それに、ミヒメはダンジョンコアの呪いを上書きすることができる。
ダンジョンコアの秘密を知る者は、神聖教会に狙わる事にもなる。
此処にあったダンジョンコアは消滅した。いつ気づくかは分からないが、調査隊が来る前に此処を離れようということになった。
そして、父と母が聖騎士と聖女を辞めることになった『始まりの地』に向かうことになった。
「この場所は、魔王と勇者の物語の舞台となった『始まりの地』だ。ダンジョンコアの本体が此処で眠っている」
父は地図を広げて、『始まりの地』を指さした。
呪いを上書きしたとはいえ、『まおうのぺっと』という呪いにかかっている状態だから、いずれは解く必要があるだろう。
ミヒメが目を覚ましてしまったのもあり、何故、両親が聖騎士と聖女でなくなったのか、詳しい話はまだ訊けていない。
ミヒメには、『始まりの地』で祖母の墓参りの旅に出る、と言ってある。
「この薬草、『麻黄』という名前なの。この麻黄はミミちゃんが病気になったときに、お世話になったこともあるんだよ」
旅の支度中、母が麻黄を出して、ミヒメに一本、渡していた。
そういえば――自分たちもお世話になったことがあった、と、ヒナタとフウタは苦い思い出が蘇り、母とミヒメのやり取りに、思わず苦笑が漏れた。
「……ミミといっしょだね。げんきにしてくれて、ありがとう」
ミヒメはにこやかな笑顔で大事そうに、大根のポシェットにそっとしまい込むのを見て、ヒナタとフウタは、『まおう』が『魔王』にならないよう、心身共に元気で健やかに育てていこう! そう誓いを立てていた。
そのためにも、甘やかしもいけない、心を鬼にして叱らなくてはならないこともあるだろう。
ヒナタとフウタ、兄たちの心中は穏やかではない。兄たちには、果たして、主人の可愛いお願いに逆らえるのか、疑問符ばかりが目に浮かぶ。
兄たちの複雑な心境とは裏腹に、妹は楽しそうな笑顔で兄たちに手を繋がれながら森の中へと消えていった。
3人の兄妹を見送る母の胸ポケットから、どらちゃんの子分のもんちゃんが小さな手? を振っていた。
こうして――妹は兄×2+大根を従えて旅に出た。
ミミ日記~どらちゃんがぶんしんしたよ。
どらちゃんの好物は、あま~いどら焼きです。
どら焼きを沢山食べて、進化しました。
次の進化は、森を抜けた先の、どこかの村で……。




