第67話 決戦③
スノウドロップは活性心肺法レベル4を発動する。
「スノウドロップ、覚悟!」
突進しながら切り掛かってくるランディールを見て、スノウドロップは彼が新型パワードスーツを使いこなしていると見抜いた。
ランディール機に搭載された風の魔法スラスターは、エマ機のものよりも小型なので推進力も小さい。
しかし、彼は地を蹴ると同時にスラスターを一瞬だけ吹かせて、機動力を補うと同時に魔力消費も最小限にしていた。
スノウドロップは足をぐっと踏みしめて迎え撃つ。
彼女の拳にはナックルダスターが握られている。オリハルコン生成で作ったものだ。
「でやあ!」
ランディールが剣を振り下ろすのより、ほんの少し早く打撃を繰り出した。
相手の突進力を逆に利用したカウンターだ。
もしもランディールが考えなしに猪突猛進する男なら、これで勝負が決まっていただろうが、彼はそこまで愚か者ではなかった。
彼は即座に攻撃を中断して防御に切り替える。
ナックルダスターをはめたスノウドロップの拳が、ランディールのガラディーンと激突し、ガーンとけたたましい音と共に火花を散らした。
すかさず、スノウドロップはもう片方の拳を叩きつける。だがランディールはスラスターを利用しつつ、後ろに飛んで避けた。
追撃しようとすると、ランディールは両肩の剣から熱線を発射して牽制してきた。
スノウドロップは足を止めて防御しなかった。腕のプロテクターで熱線を弾きつつ前進する。
足止めを諦めたのか、ランディールはスラスターで飛び上がって、頭上からの攻撃に移ろうとした。
いくらスノウドロップが素早くとも、上から殺傷範囲の広い魔法攻撃を連打すれば勝ち目があると彼は判断したのだろう。
間違ってはいないが、甘い。
スノウドロップはオリハルコン生成で作ったフック付きロープを投擲する。
ロープがランディールの足に絡みつく。
「しまった!」
彼は咄嗟にロープを剣で切断しようとするが、その前にスノウドロップが強く引っ張る。
「うわぁ!」
ランディールは地面に叩きつけられた。
もう一度、ロープを引っ張る。凄まじい勢いで、ランディールが引き寄せられる。
「ああ!?」
何をするつもりなのか彼も察したのだろう。
ナックルダスターを強く握り締めた拳を、ランディールの顔面に叩き込む!
「ぐわぁぁ!」
スーツのヘルメットが割れ、殴りつけたナックルダスターが砕ける。
打撃を受けたランディールは引き寄せられたのと同じ勢いで、まるで映像の逆再生のように吹っ飛ばされた。
スノウドロップはもう一度引っ張ろうとしたが、ランディールほどの男が何度も同じ攻撃を受けるはずもなく、彼は素早く足からフックを取り外した。
新しいナックルダスターを生成しつつ、ランディールを見る。
割れたヘルメットから見える彼の目を見る。
闘志はあるが、どこか迷いを感じる。
その気になればスノウドロップはいつでも彼を倒せる。だが、プライドをへし折るには迷いのない本気を引き出させる必要がある。
挑発してみることにした。
「ねえ、ランディール。あなたはその程度の男じゃないでしょう。いつもより、気合いが足りてないわよ?」
「平和のためとはいえ、かつての仲間と戦っているんだ。簡単に割り切れるほど、私は冷酷な人間じゃない」
スノウドロップは鼻で笑い、たっぷりの皮肉を返してやる。ちゃんと悪役っぽく振る舞えているだろうか。
「私を裏切り、助けようとしていた無属性の人々を裏切って殺そうとしているのだから、良心だってついでに裏切ったら? 円卓王国のためなら何でも裏切れるのがあなたの長所でしょう」
「違う!」
ランディールが怒り任せに斬り掛かってきた。
3つのガラディーンには炎の魔法が付与されている。まるで彼の怒りと呼応するように燃えていた。
その一撃、一撃はすべて首や心臓などの致命的な急所を狙っていた。
スノウドロップはそれらの攻撃をナックルダスターで弾く。
彼女が身につけているオリハルコン製のプロテクターやヒーローコスチュームは高い耐火性を持っているが、それでも熱さが伝わってくる。
怒りでランディールは後ろめたさを忘れたようだ。
良い傾向だ。
ランディールの猛攻は決して油断できないが、付け入る隙はある。
彼は新型パワードスーツのサブアームを、自分の腕のように支えている。だが、ちゃんと使おうとするあまり、意識が上半身ばかりに向いている。
スノウドロップは足払いを繰り出す。
ランディールは対応しようとするが、ほんのわずか遅い。
「あっ!」
足払いをくらった彼の体は、一瞬だけ空中で仰向けになる。
スノウドロップはそこに拳を叩き落とした。
凄まじい衝撃にランディールは背中から叩きつけられ、石畳に蜘蛛の巣状のヒビが走る。
当てたのはパワードスーツで最も装甲が厚い胸部だ。損傷は与えられなかったが、衝撃で中身のランディールにはダメージが入る。
「ぐはっ!」
「もう一度!」
再び拳を振り下ろすが、ランディールは咄嗟に体を転がして避ける。
スノウドロップの拳がそのまま地面に撃ち込まれた。
ひび割れた石畳は、二度目の衝撃を受けて爆ぜる。砕けた石が散弾のように周囲へ撒き散らされる。
「うわあ!」
衝撃の余波を受け、ランディールの体が吹っ飛ばされた。
「うう……なんて強さだ」
思わず、ランディールが弱気な言葉を漏らす。突発的な怒りも収まってしまっている。
「ねえランディール。小手先の技じゃ私は倒せないわよ。もう、なりふり構っていられないわよ。いい加減、必殺の魔法を使ったら? スマート・アーティファクトがあれば使えるはずよ」
「そ、それは」
ランディールは苦虫を噛み締めるような顔をする。
「必殺の魔法が偉大なるアーサー王の魔法だ。それを道具に頼って使うのは、彼の名誉を穢す」
「ガラディーンを量産化したんだから、今更気にする必要なんて無いでしょう。それ以前に、あなたはそんなこだわりを持ったままで私に勝てるの?」
「そう……だな。私は君や無属性の人々を裏切った卑怯者だ」
ランディールが持つ3本のガラディーンに必殺の光が宿る。
「君を倒すのに手段を選ばない! 全てはこの国の平和のためだ!」
地を蹴り、ランディールが切り掛かってくる。
必殺の魔法は文字通りの力を持つ。その光に触れただけで、必ず殺す。
防御は無意味。回避が唯一の手段だが、恐るべき必殺剣が目前に迫っても、スノウドロップは動かなかった。
そんな事をする必要などない。
突如としてガラディーンから輝きが失われる。
スノウドロップは剣を2本の指で挟んで受け止めた。
「な、なんだ!? 必殺の魔法が不発だと? こんな時にスマート・アーティファクトが故障したのか」
ランディールはガラディーンを押し込もうとするが、剣は微動だにしなかった。
「馬鹿な、身体強化も消えている。何が起きてる!?」
「これは無属性の真の力よ。オリハルコン生成も活性心肺法も副次的なものでしかない
「どういう事だ」
「3ヶ月前、十騎衆との戦いで私はこの力に目覚めたわ。魔法を打ち消す力を持つ対抗の魔法に」
割れたヘルメットから見える、彼の顔がみるみる青ざめる。
「ま、魔法を打ち消す魔法……だから必殺の魔法と身体強化が消えたのか」
ランディールの顔は絶望に染まっていた。
スノウドロップは彼を蹴り飛ばす。
「どうして最初から対抗の魔法を使わなかった」
ランディールはよろよろと立ち上がる。
「戦う前に言ったでしょう。プライドをへし折るって」
「なるほど、確かに私はこれまで感じた事のない屈辱を感じる」
ガラディーンを握る手が震えている。
「別に逃げても構わないわよ」
「冗談じゃない!」
ランディールは剣を突きつける。
「私は平和のために、裏切ってはならない人々を裏切り、偉大な先人の名誉を踏み躙った。そこまでやったのだから、逃げ出す権利は私にはない!」
ランディールのプライドはまだ折れてはいなかった。
「そう。ならもっと痛い目を見てもらうだけよ」
それは一方的な戦いだった。
対抗の魔法の影響下でもスノウドロップは活性心肺法を問題なく使える。
この魔法は、使用者の体外で発生する魔法を打ち消す。活性心肺法は魔力を利用した能力だが、体内で作用するので打ち消されない。
魔法の恩恵を全て失ったランディールはスノウドロップにとって止まって見えた。
スノウドロップは痛烈な、しかし的確に急所を外した打撃を次々と打ち込む。
「ま、まだだ! 私はまだ戦える!」
その尽きない闘志に内心では賞賛しつつも、スノウドロップは手を緩めるつもりはない。
「そろそろ終わりにするわ」
スノウドロップは地が砕けるほどの勢いで跳躍し、鋭い飛び蹴りを叩きこむ。
損傷が蓄積していたパワードスーツはついに砕け、生身のランディールは石畳を転がる。
「私は……負けるわけには……」
しかし闘志はあっても、もはや彼の体は立ち上がれる体力は残されていなかった。
その時だ。いつのまにか、見知らぬ少女が、まるで二人の戦いを見守るかのように立っていた。
その少女は、よほど大事なのか、1本の剣を抱きしめるように持っている。
「あなたは?」
薄々は分かっているが、それでもスノウドロップは尋ねた。
「私はあなた達が泉の乙女と呼ぶものです」
一才の感情がこもっていない声で少女は答えた。
泉の乙女は抱いていた剣を鞘から抜いて、地面に突き刺す。
「これより、エクスカリバーの最終選定を行います。あなたが引き抜ければ、この剣の正当なる所有者となります」
泉の乙女は無感情な目をスノウドロップに向けた。
アカシックが言っていた通りだ。スノウドロップは〈ヘイヴン〉を出発する時の出来事を思い返す。
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いつものように唐突に現れたアカシックはこう言った。
「ランディール騎士団との戦いの最中に泉の乙女が現れて、スノウドロップにエクスカリバーを抜くよう言ってくるわ」
「私は何をすれば良いの?」
「それは……」
その時、アカシックはスノウドロップがするべき行動を伝えた。
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この世界の元となった小説の設定によれば、彼女はエクスカリバーという兵器を管理するために古代文明が開発した精霊だ。
彼女に個人としての自我や感情はなく、ただ管理システムとしての知性だけがある。
泉の乙女はエクスカリバーの所有者に最も有力な候補として、スノウドロップを選び、この場に現れたのだろう。
そして最終的な判断を下すために、エクスカリバーを引き抜かせようとしている。
スノウドロップは聖剣に歩み寄る。
「や、やめてくれ」
弱々しい懇願の声。ここでスノウドロップがエクスカリバーと共に正当な王権を手に入れたら、この国のためにとやってきたランディールの行動は完全に否定される。
スノウドロップの柄を握る。
「やめろー!」
ランディールの叫びは虚しく、聖剣は何の抵抗もなくするりと抜けた。
「あ、ああ……」
彼は愕然と引き抜かれたエクスカリバーを見る。その絶望は、無属性の魔法が、あらゆる魔法を打ち消すと知った時以上だった。
そんなランディールの前に、スノウドロップはエクスカリバーをポイと投げ捨てた。
カランカランと音を立てながら、剣がランディールの前まで転がってきた。
「スノウドロップ? な、何をしているんだ?」
「何って、いらない物を捨てただけだけど?」




