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ヒールレディ・スノウドロップ  作者: 銀星石
第3部 悪役令嬢の復活
54/73

第52話 マリアの分かれ道

 スノウドロップは真実を告げられた。


「ローナンが私を殺す? そんな、どうして……彼は私に結婚を申し込もうとしていたのよ?」

「あなたの能力が無属性魔力によるものとランディール騎士団は気付いたの。それで、無属性の人々があなたと同じ力を手に入れたら、復讐に走るに違いないと思い込んでしまったの。だから、真実を隠すためにあなたを暗殺するとランディールが決めたわ。ローナンにとって大事なのはあなたの愛よりもランディールへの忠誠だった」


 ルーシーは言葉を続ける。


「アークエネミーが変える前の時間軸では、スノウドロップとローナンの結婚式が開かれたわ。でも、よりにもよって、その日にローナンはあなたを殺したの」

「お姉様は……私の暗殺に反対してくれなかったの?」

「……いいえ。妹であるあなたが助けを求めても、マリアは回復の魔法は使わなかったわ」

 

 血を吐くかのように、ルーシーはためらいながら言った。

 胸の奥から、感情が津波のように押し寄せてくる。

 スノウドロップは必死に堪えようとする。しかし、心が、まるで他人のもののように勝手に動き、感情を暴れさせていた。

 視界がにじむ。


「愛されていると思っても、実は違ったなんて……前世で何度も経験しているのに、もう慣れているはずなのに、どうしてこんなに悲しいの……?」


 もはや涙は止められず、大粒の雫となってこぼれ落ちた。


「ああ、やっぱり、私は愛されてはいけないのね」


 改変前の時間軸で、死に際に発したのと同じ言葉を、スノウドロップは口にした。


「違う」


 スティーブンは静かに断言した。


「俺はスノウドロップを愛している。それは庇護者や指導者としてではなく、人生のパートナーとして君と一緒に生きていたいと願っている」

「私もスティーブンと同じように、あなたの幸せを心から願っている。そのためなら何でもするつもりよ」


 二人が心から自分に寄り添ってくれると、スノウドロップはわかっている。

 二人の本心を疑ってはならないと、わかっている。


「あなた達の愛だって……いつまで続くかなんて、誰にもわからないじゃない」


 涙と共に出てきた言葉は、疑いだった。


「ローナンもお姉様も、私を本気で愛してくれた! でも、自分達が正義だと思う価値観のためなら、私を殺してもいいと思った! あなた達も、優先すべき正義を見つけたら、私を殺すのではないの!?」


 スノウドロップは前世を含めて、生まれて初めて感情を爆発させた。

 こんな事を言うべきではないとわかっているのに、自分の中にいる別の自分が、言いたくてたまらなかった。

 ルーシーとスティーブンは驚いた顔をし、言葉を失った。


「……ごめんなさい。しばらく一人にさせて」


 スノウドロップは顔をそらしながら言った。

 視界の外で、二人が静かに出ていく音が聞こえた。

 その後、スノウドロップは部屋にこもったまま出てこなかった。

 気持ちを落ち着かせ、今後のために建設的な事を考えようとしたが、心が言うことを聞いてくれなかった。

 

 こんな思いをするのなら転生などしたくなかった。

 あるいは人の心など持ちなくなかった。命令に従うだけの、生物兵器でいられたらどれほど楽だったことか。

 そんな考えは持たないほうが良いと理性ではわかっているが、塞がらない傷口から血がとめどなく流れるかのように、悲しみが止まらなかった。


窓の外を見ると暗くなってきた。〈ヘイヴン〉は地下都市だが、天井にある人工太陽が外の日照時間を再現している。

 ふと、ランディール騎士団はどうしているかと思う。

 

(今頃、お姉様達は私を殺す相談をしているのかしら?)


 そんな事を考えてしまったせいか、また涙が出てきた。


「う、うう…」


 スノウドロップが啜り泣く声を聞いていた者がいた。

 扉の先にいたのはスティーブンだった。一人にしてほしいと言われたが、やはり心配になって様子を見に来たのだ。

  

「スノウドロップ……」


 彼は愛する人を慰めてあげたかった。しかし、どうすれば彼女の心に、安らぎを与えられるかわからず、静かに立ち去るしかなかった。


⚫︎


 一方、その頃。

 テンポラリー宮殿に帰還したランディール騎士団は、フェイトブレーカーから『無属性の真実』を告げられていた。


「ランディール様、『無属性の真実』を知ったのなら、ご理解いただけるはずです。今の状況ではロベリアを生かしておくわけにはいかないと。いえ、すでに彼女は〈ヘイヴン〉で無属性の使い方を教えているかもしれません。一刻も早く、真実を知るものを抹殺すべきです」


 その言葉を聞き、姉であるマリアは黙っていられなかった。


「何を言うのですか! わたくしの妹を殺すなんて! あの子はずっと王国のために命をとして戦ってきたのですよ。それに無属性が無力でないと言うのなら、差別をなくすためにも真実を広めるべきです」


 マリアは皆が自分の考えに同意してくれると思った。


「皆様、どうされたのですか?」


 しかしエマとアランどころか、ランディールですら沈黙をもってフェイトブレーカーの主張に同意しているかのようだった。


「考えても見てくれマリア、今まで虐げられていた人々が力を得たらどうなると思う?」

「そ、それは」

「ロベリアと同等かそれ以上の力を持つ者が、復讐のために王国を攻撃するかもしれない。私はその可能性を見過ごす事はできない」


 ランディールの言葉にマリアは反論できなかった。

 有属性保有者は今まで魔法を使えない無属性の人々を、人間以下の存在として扱ってきたのだ。恨まれて当然だ。


「今、この真実が広まれば、無属性と有属性の間で戦争が起きる。そうなれば差別のない世界は永遠に実現しないと、ランディール様はお考えなのですね」

「そうだ。マリア、どうか理解して欲しい。私だってこれが最善だとは思わない。だが遠い将来を考えたら、真実を知る者達を亡き者にするしかない」


 ランディールはマリアの手を取る。


「だが、これだけは信じて欲しい。無属性が差別されない世界を諦めたわけじゃない。無属性への差別がなくなったら、必ず真実を広めると約束する。私が国を救った英雄に卑劣な裏切りを働いたことも明らかにする」

「ランディール様……」


 マリアは何があろうともランディールと共に生きると心に決めている。

 なら私情を捨てるべきではないか。たとえ妹に対して卑劣な裏切りを働こうとも、大義のためなら犠牲をためらうべきではないのかと思った。


「あなたがそこまで仰るなら、わたくしは……」


 その時、マリアの脳裏にある言葉がよぎった。


『だが、いずれ知るだろう。俺達の怒りと軽蔑と失望の意味を』

 

キャメロット城でスティーブンが口にした言葉。その意味を、マリアは理解した。


「どうしたんだ?」

 

 ランディールは、マリアが突然沈黙したことに訝しんだ。


「ランディール様、わたくしはわかった気がします。アークエネミーとスティーブン、そしてルーシーが我々に敵意を向けてきた理由を」

「マリア?」

「きっと彼女達は、この事を予見していたのでしょう。だからロベリアを裏切る前に、わたくし達を殺そうとしたのです」


 出なければスティーブンやルーシーは自分達を攻撃するはずがないとマリアは確信している。


「ランディール様、どうかお考え直しください。あんな風に、激しい憎しみを向けられるような行いを、わたくしは正しいとは思いません」

「耳を貸してはなりません、ランディール様!」


 フェイトブレーカーが話に割って入ってきた。


「マリア様は妹が大事なあまりに、大局を見失っておられます。次期国王としてどうかご決断ください、出なければ、あなたの代でアーサー王から預かった国を滅ぼしかねません」


 ランディールは目を閉じ、瞑想するように考える。


「すまない、マリア。私は彼女の方が正しいと思う。平和のためには犠牲が必要なのだ」


 マリアの心に失望が生じる。


「……いいでしょう」

「わかってくれたか、マリア」


 マリアはランディールの手を離す。

 そして変身装置を起動した。


「でしたら、力ずくでもランディール様をお止めします!」


 パワードスーツを纏ったマリアが拳を婚約者に叩きつけようとする。

 ランディールはギリギリのところで攻撃を避ける。


「よせ! マリア!」


 叫びながら、ランディールもパワードスーツを身につける。


「おやめください!」

「どうか落ち着いて!」


 エマとアランも続いてパワードスーツを身につけた。


「あなた達こそ! 主君が過ちを犯そうとするのを止めなさい! それが家臣としての務めでしょう!」


 再び拳を振り上げる。

 だが打撃はアランに受け止められ、エマが魔法で放った強烈な突風で突き飛ばされる。


「あう」


 マリアは壁に叩きつけられる。


「エマ、アラン。マリアを取り押さえろ。なるべく傷つけないでくれ」


 二人が近づいてくる。

 彼女のパワードスーツは自動戦闘機能が搭載されているが、あくまでそれは訓練を受けていない者の補助でしかない。

 訓練を受けた相手に、しかも3対1ではマリアに勝ち目はない。

 だが彼女は立ち上がった。

 ここで怖じ気づけば、ランディールは取り返しのつかない過ちを犯し、妹は永遠に失われてしまう。


「ちょっと失礼」


 その時、横合いからの衝撃波が放たれ、二人は吹っ飛ばされる。


「うわぁ!」

「きゃぁ!」

 

 乱入者にこの場の全員の視線が向く。

 どこか人ならぬ気配が漂う東洋人の若い女が、窓辺に腰掛けていた。


「何者だ!?」

「名乗るつもりはないわ、ランディール。あなたとはこれっきりだからね。まあ、東洋の魔女とでも思っておきなさい」


 東洋人の姿が一瞬で消えたかと思うと、彼女はマリアのすぐ隣にいた。


「ちょっと一緒に来てもらうわ」


 東洋人がマリアの肩に触れると、彼女が見る風景が一変した。

 先ほどまでテンポラリー宮殿のいたのに、今は見知らぬ巨大な書斎にいた。


「あなたは誰なのですか?」

「私はアカシック。あなたの妹を助けようとする者よ」

「ロベリアを? 失礼ですが、あの子とは一体どういう関係なのですか」

「直接の面識はないわ。ただ、彼女の死は私にとって看過できない未来を引き起こすから助けようとしてるの。そのためにアークエネミーとスティーブンに手を貸したわ」


 アカシックが指を鳴らすと、目の前に茶会の席が現れた。


「少し長い話をするから、まあ一緒にお茶でも飲みましょう」

「……わかりました」


 マリアは変身を解除し、席に座る。

 それからマリアはアカシックから真実を告げられた。

 アークエネミーの正体は未来から来たルーシーで、歴史を変えるためにランディール騎士団の命を狙っている事。

 もしも彼女が歴史を変えようとしなければ、ロベリアがローナンに殺される事。

 そして自分は助けを求めた妹を、ランディールの正義のために見捨ててしまう事。


「ああ、道理で……だからアークエネミーは……未来のルーシーはあそこまでわたくし達を憎んでいたのですね」


 突拍子もない話だが、しかし自然と信じられた。


「この話を聞いて、あなたはどう思った?」

「わたくし達は間違っていました。改めて、あんなにも憎まれる行いが正しいはずがないと思います」


 アカシックが微笑む。マリアの言葉は、彼女が望んでいたものだったようだ。


「あなたは、わたくしがこう考えるとわかっていたのですか?」

「ええ。そうよ。アークエネミーやスティーブンから憎しみをぶつけられる事で、あなたはスノウドロップを裏切るのを思い留まるの」

「アカシック様はどう行動すれば、どのように未来が変わるのか、お分かりなのですね。妹を助けるために、わたくしはどうすれば良いのか、教えていただけませんか?」

「もちろんよ。そのためにあなたをここに連れてきた」


 アカシックはティーポットを手に取る。


「話すべき事はまだあるわ。お茶のおかわりは?」

「いただきます」


 空のカップに、香り高い紅茶が静かに注がれた。

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