第38話 アークエネミーの憎悪
アークエネミーを警戒し、ランディールの側には常に騎士団の仲間達が護衛としてつけいている。
これは父や兄達の意向によるものだ。ランディールが次期国王となれば、命を狙う危険はこれまで以上に高くなる。
ルーシー、エマ、アランの3人が守り、即死さえしなければどんな重症すらも一瞬で治療できるマリアがいる。守りは十分だ。
しかし、スノウドロップだけは護衛から外した。これはルーシーの進言によるものだ。
「スノウドロップはローナン様が亡くなってから、精神的に打撃を受けています。今の彼女は、ローナン様の敵を討ち、仲間を守るためならアークエネミーと刺し違えたって構わないとすら考えているかもしれません。少し、気持ちを切り替える時間が必要かと」
ルーシーの言葉にはマリアも賛成した。
「私は傷や病を癒やせても、心は癒やせません。どうか妹のためにも、一人にさせて上げてください」
スノウドロップを騎士団の仕事から外す事を決定した。ランディールも、今の彼女の精神状態は健全とは言い難いと感じていたのだ。
王立学園の授業が終わった後、ランディール達はテンポラリー宮殿へと向かった。
次期国王となる上で、貴族達に根回しをする必要があった。
つい先日まで、貴族達はカーティスかクリフォードのどちらかが新しい国王になるという前提で動いていたのだ。
兄達が望んで王位継承権を捨てるとはいえ、テーブルをひっくり返されるようなものだ。反発されるのは目に見えている。
「ランディール様、実は紹介した人がいます」
そう言ってルーシーが今後の根回しの助けとなってくれる人物を連れてきた。
名をシャーロット・スミスと言う。ランディールは知る由もないが、彼女はフェイトブレーカーだ。
「怪人事件の時、モルガンに殺されそうだった私を助けてけてくれたのが彼女です」
「あなたのお陰で、我々は仲間を失わずに済んだ。それだじゃない、確かあなたはルーシーに変身装置を届けてくれたな。あれが間に合わなかったら、スノウドロップも失っていただろう。本当にありがとう」
「当然の事をしたまでです」
その時、ルーシーが意外な事を言った。
「スミスさんはスノウドロップの仲間でもあります」
「なんと!」
彼女の仲間はスティーブンだけかと思っていた。
「以前から私達はこの国に内戦が起きる可能性を危惧しており、それを阻止するために活動していました」
フェイトブレーカーの言葉にランディールは心当たりがあった。
「兄上達の対立だな」
フェイトブレーカーの危惧をランディールは考えすぎとは思わなかった。
関係が一番悪化していた時期の兄達は、憎み合っていたと言っても良かったほどだ。
怪人事件の時に、父が暗殺されかかった事を思い出す。もしスノウドロップが強行の暗殺者を倒してくれなかったら、国王は次期後継者を指名する前に命を落とし、兄達は王座を巡って殺し合いを始めていたかもしれない。
それを想像し、ランディールは背筋が凍りつく思いだった。
もしそうなっていたとしたら、自分は内戦を終わらせられただろうかと思う。最悪の場合は殺してでも兄達を止めなければならない。その覚悟ができただろうか。
それ以上は考える必要はないと判断した。もう兄達は和解したのだ。
「私はいくつか独自の人脈を持っています。この人脈をランディール様のために使わせてください」
「助かる」
フェイトブレーカーの人脈はランディールにとって金の鉱脈に等しかった。
テンポラリー宮殿にはそれぞれの王子を旗印にした派閥がある、カーティス派閥、クリフォード派閥、そして中立派閥とも言われるランディール派閥だ。
それ以外にも、どの派閥に属さない無所属派の貴族もいる。フェイトブレーカーはその貴族達との人脈を持っていた。
加えて平民の有力者の人脈もあった。
円卓王国の政治は何も王族・貴族だけで執り行っているわけではない。
当たり前だが国民の大多数が平民だ。当然、彼らの中にも社会的影響力を持つ者達もいる。
そういった平民の有力者達の意見は、たとえ王族と貴族であっても無視できない。
すでにフェイトブレーカーから話は通っていたのか、ほんの数時間でランディールは無所属派貴族と平民有力者の何人かを味方につける事に成功した。
「スミス、君には本当に助けられた」
「いえいえ、ランディール様のために働く事が私の喜びです」
根回し活動に一区切りつけいたので、ランディールはフェイトブレーカーと仲間達を自分の私室に招いた。
私室では年配の使用人が待機していた。
「アガサ、みんなに君のお茶を振る舞ってくれ」
「かしこまりました」
アガサは恭しくお辞儀をして準備を始める。
「アガサは私の乳母だ。彼女がいれるお茶は絶品でね。本人しか知らない秘密の配合で茶葉をブレンドしてあるんだ」
「楽しみです」
フェイトブレーカーが微笑みながら言った。
やがて乳母がお茶を持ってきて、皆の前に配膳される。
ランディールは乳母がいれるお茶が好きだった。王族として何かと心労の多い日々を過ごしているので、心を落ち着かせてくれるハーブなどを入れているらしい。
カップを手の取り、まずは香りを楽しもうとする。
ランディールは違和感を覚えた。まさかと思い、そのままお茶を口にする。
間違いなかった。
「どうしたんだ。いつものお茶とずいぶん違うよう……」
ランディールはアガサがいる方を見た。
その時、彼女はアークエネミーが使っていたスペルブラスターを持って、マリアを狙っていた。
「危ない!」
とっさにランディールはマリアの腕を引いて自分の方に抱き寄せる。
直後、マリアが座っていた椅子を熱線が貫く。
「その武器……まさか……お前はアークエネミーか! 一体どうやってアガサの姿に!?」
「簡単よ。お前達が闇の属性と呼ぶ力を使っただけ」
「あれは生き物を魔物にする魔法だ。人間を変身……いや」
「気づいたようね。闇属性も光属性と同じく、間違った形で後世に伝えられた。本当の名は変身属性。魔物を生み出すのは変身の力の一端に過ぎないわ」
アガサが、いや、アガサの姿をしたアークエネミーがスペルブラスターのホイールを回転させ、引き金を引く。
一瞬で彼女は黒い鎧姿に変身した。
「スノウドロップ! アークエネミーが宮殿に現れたわ!」
ルーシーがスマートアーティファクトに登録した伝心の魔法で彼女に襲撃を伝える。
「残念だけど、私の仲間が彼女を足止めしてるわ」
アークエネミーは嘲るように言った。
ランディール達は変身装置を起動してパワードスーツを装着する。
「スミス! 君は逃げろ! そして周囲にいる者達を避難させるんだ」
「どうか、お気をつけて、ランディール様」
フェイトブレーカーが逃げる。アークエネミーはそんな彼女を全く見向きもしなかった。
敵がマリアを見る。回復の魔法の達人から排除するつもりだ。
スペルブラスターが狙う。
マリアはパワードスーツを装着しているが、本人は十分な戦闘訓練を受けていない。殺意を向けられて、一瞬、身がすくむ。
「マリア!」
ランディールが割って入った。
アークエネミーが引き金を引く。電撃の魔法・ジャベリンの型が発射された。
「危ない!」
元から土属性を宿すアランが、主君とその婚約者を岩のドームで覆い隠す。
電撃の槍が着弾して電気爆発を起こす。
とっさに生成した岩ドームは爆発に耐えきれずに崩れるが、中にいた二人は無傷だ。
スタールビーが加速装置を起動しアークエネミーに斬りかかる。
雷鳴のようなけたたましい戦闘音が鳴り響く。
部屋の中にまるで嵐が起きたようだ。
あまりに速すぎて、ランディールは戦いに様子が全く分からなかった。
その戦いは数分で終わった。当事者の体感にとってはもっと長いかもしれないが。
「ああっ!」
スタールビーが窓の外へ吹っ飛ばされる。
前の戦い同様、アークエネミーの方が一枚上手だった。
「これで邪魔者はいなくなった」
アークエネミーがこちらを向く。その視線はマリアに向けられた。
婚約者を守らねばならない。だが真っ向から挑んでも、身体能力の差は絶望的だ。
一つ作戦がある。
それはスノウドロップに頼らずアークエネミーを倒すために仲間と考えていたものだ
しかしその作戦を実行するには条件が悪い。味方に被害が出る。
アークエネミーがもったいつけるようにゆっくりと近づいてくる。
彼女は今、明らかに油断している。光の……必殺の魔法を使っていないのがその証拠だ。
「ランディール様、みな覚悟はできております」
後ろからマリアがささやく。
仲間がそうしたのだ。ランディールも覚悟を決めた。
彼は全力で炎属性の奥義、炎の魔法・鳳の型を放った。
敵がいかに超絶的な身体能力を持っていたとしても、ここは室内だ。魔法の殺傷範囲から逃げるには一瞬遅れてしまうだろう。
これが対アークエネミーの作戦だ。閉所に誘い込めば、どんなに疾くとも避けられない。
本来なら、アークエネミーだけが閉所にいる時に攻撃する予定だった。
これは自爆攻撃だ。全員がパワードスーツを装着していても、重傷を負うかもしれない。それでも目の前の恐ろしい敵を倒せるのなら、支払う価値のある犠牲だ。
鉄すらも溶かす爆発がこの場にいる全員を飲み込む。
爆発はランディールの私室周辺に破壊をもたらした。幸いにも、フェイトブレーカーが避難を呼びかけていたので、この攻撃に巻き込まれた者はいなかった。
ランディールは自らの攻撃によって気を失った。
「ランディール様! 早く、早く、目を覚まして」
愛しい人の声が聞こえる。目を開けると、マリアの顔があった。
いつの間にか外にいた。先程の攻撃で吹っ飛ばされたのだろう。周囲を見れば、仲間達も倒れていた。
パワードスーツは大破しているが、気を失っているだけで誰も傷を受けていなかった。
「君が、回復してくれたんだね」
「はい。後一瞬、遅かったら手遅れでした」
その時、マリアの体がぐらりと揺れ、ランディールはとっさに抱きとめる。
「大丈夫か?」
「はい。少しめまいがしただけです」
パワードスーツの破損を見れば、彼女も先程の攻撃で重傷を受けていたのは容易に想像できる。激痛に耐えながらも回復の魔法を使った、婚約者の精神力は感嘆に値する。
「予定通りね」
冷たく二人を見下ろすのはアークエネミーだ。決死の覚悟で魔法を放ったにもかかわらず、敵は無傷だった。
「予定通り、だと?」
「そうよ。室内での戦いになれば、私が簡単には避けられないと思って、お前が自爆覚悟の攻撃を放つのは分かっていた」
アークエネミーがマリアにスペルブラスターを向ける。
「愚かねランディール。逃げに徹すればよいのに、余計な事をしたせいで、スーツを壊してしまった」
自分が敵の手のひらの上だった事にランディールは愕然とした。
「最初はマリアよ。ランディール、自分の婚約者が惨たらしく殺されるのを見ていなさい」
「やめろ!」
「ああ! ランディール様!」
アークエネミーが引き金を引こうとしたその時、白い風が吹いた。
「間に合った!」
白い風はスノウドロップだった。
「そんな! どうしてあなたがここに!?」
アークエネミーは平常心を完全に失うほど驚いていた。
いくらスノウドロップの登場が想定外だったとはいえ、驚きすぎだ。少しでも自分の目論見が外れるとは考えなかったのだろうか。
「ローナンの仇!」
スノウドロップが怒りを込めた剣を振るう。
アークエネミーが攻撃を避ける。不思議な事に彼女は反撃の素振りを見せなかった。
二人が風になる。超人的な速度による攻防は当人達以外は見えなくなった。
その中でアークエネミーはスノウドロップに対して一切攻撃を行わなかった。どうにかしてマリアを攻撃しようとばかりして阻まれる。
「アークエネミー! 撤退だ!」
スティーブンが現れた。ランディール達は彼がアークエネミーに味方している事に驚く。
「まだマリアを殺していない! ここで殺さないとあの人が!」
これまでと違い、アークエネミーは完全に余裕を失っている。
「ここで失敗する事が正解なんだ! それが本当のノルマだ!」
スティーブンの言葉から、なにか普通ではない事情があるように思えるが、それをスノウドロップ達は理解できなかった。
アークエネミーがマリアを見る。
「今回は引いてあげる。でも、お前は絶対に殺す。たとえ地の果てに逃げようとも必ず追い詰めて殺してやる」
その言葉には真っ黒い泥のような怨嗟が込められていた。
スティーブンが炎の魔法・煙の型を使った。
周囲に煙が立ち込め、周囲が見えなくなる。
エマが風の魔法で煙幕を晴らすが、その時はすでに二人の姿は消えていた。
「スティーブン、どうして……」
スノウドロップは両膝をつき、仮面の下ですすり泣いた。
「ロベリア」
それを見たマリアが妹に寄り添う。
ランディールは思う。アークエネミーはなぜマリアにあれほどの憎しみを向けたのだろうか?
今こうして見るように、彼女は心優しき少女だ。その手で傷ついた人々を数え切れなほど癒やしていた。誰かの恨みを買うはずなんてあるはずがない。




