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ヒールレディ・スノウドロップ  作者: 銀星石
第2部 アークエネミーの逆襲
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第36話 ランディールの選択

 ランディールは国王に呼び出された。

 執務室へ向かう途中、警護兵が普段より少ないのに気づく。

 人払いしている。何か極めて重要な話があるのではないかと予感する。

 歩きながらどのような話なのだろうかと考えを巡らす。


「ランディール、ただいま参りました」


 父とその両脇に兄達がいた。

 ふと兄達の気配が気になった。後継者を巡って競い合っている二人は、一緒にいると常に緊張感が漂っていたが、今はそれがない。


「カーティス、クリフォード。本当に良いのだな?」

「はい、父上。それが我々の望みです」

「二人で話し合って、これが最善だと判断しました」

「そうか……」


すでに三人で何かしらの話し合いが行われ、そして決定したのだろう。それを伝えるための呼び出しだとランディールは察した。


「ランディール」

「はい、国王陛下」


 それがどんな命令であるにせよ、自分の全能力を使って父と兄達につくすだけだと、ランディールは気持ちを引き締める。


「お前を次の代理王とする」


 父の言葉を理解するのに数秒を要した。


「なぜ……です」


 ようやく絞り出せた言葉がそれだった。

 カーティスかクリフォード。二人の兄のどちらかが次の代理王になるという話ではなかったのか。

 ランディールは兄達を見る。二人の穏やかな眼差しを見れば、それは彼らも望んでいる事だと分かった。


「理由を、お教えください。私はカーティス兄上のような強さはなく、クリフォード兄上のような政治的手腕はありません」


 その問いに、兄達は答える。

 

「だが俺のよりは政治に向いているし、カーティスよりは軍事に向いている」

「なにより光属性保有者とオリハルコン生産者から全幅の信頼を得るほどの人徳を備えている」


 二人は誇らしげにランディールを賞する。


「ランディールよ。カーティスとクリフォードはそれぞれ継承権を放棄し、お前を推薦したのだ。人徳に優れたものを王にし、それぞれの分野に秀でた者が支える。私も、それが最善であると判断した。引き受けてくれるな?」


 いくつもの感情がランディールの心に混じり合う。

 ランディールはベティヴィア13世に跪く。


「謹んでお受けいたします。アーサー王の正当な後継者が現れるその時まで、代理王としてこの身を捧げます」


 兄達を見る。彼らは心から……本当に心から嬉しそうな顔を浮かべていた。まるで自分の夢が叶ったかのように。

 しかし自分ごときがこの大任を務められるのか、不安で仕方がなかった。


⚫︎


 王立学園に登校してきたランディールの様子がおかしかった。彼に何か深刻な出来事があったのは間違いなかった。

 彼は学園の使われていない教室に騎士団のメンバーを集めた。何か内密の話があるのだと、仲間達は察する。


「盗聴の危険がないか調べてくれないか」


 ランディールは仲間達にそう指示を出した。彼がここまで神経質になる内密の話は一体なのだろうか?

 ともかく、周囲に聞き耳を立てるものがいないか、あるいは盗聴を可能とするアーティファクトの類が設置されないかは入念に調べた。

 そしてランディールは喉の奥につかえた言葉をどうにか絞り出すようにして口にした。


「私が次の代理王に選ばれた。学園を卒業し、成人したら即位する」


 全員が息を呑む。


「おめでとうございます。ランディール様」


 真っ先に祝いの言葉を口にしたのはマリアだった。

 他の者達も、祝いの言葉を贈る。

 スノウドロップも心からめでたい事だと思ってランディールを祝った。


「ありがとう」


 笑顔を返すランディールの表情は、しかしぎこちなかった。


「私が指名された事について公式発表はまだずっと先になる。これまでは、カーティス兄上かクリフォード兄上のどちらかが王になるという事で話を進めてきたから、急な方針変更で混乱を招かぬよう、まずは各方面に根回しをしてからという事になる」


 これはいわば国家機密だ。それを教えてくれたのは、ランディールが皆に全幅の信頼を寄せている事になる。スノウドロップはそれを裏切るわけには行かないと思った。きっと他の仲間達も同じだろう。


「……嬉しそうだったんだ」


 ランディールがぽつりと言う。


「カーティス兄上も、クリフォード兄上も、私を次の王にすると言った時、心の底から嬉しそうだったんだ。まるで追いかけていた夢が叶ったみたいに」


 ランディールは仲間達を見る。


「なあ、私は本当にそこまでの男なのか? 偉大な兄達を差し置いてでもこの国を統治する資格が、私にはあるのだろうか?」


 そこでふと、スノウドロップは気づいた。

 ランディールが言った言葉は、小説〈光の継承者〉のセリフなのだ。

 小説では今とは違う状況で彼は今のセリフを言った。

〈光の継承者〉の第2部において、ランディール騎士団は中立の立場で内戦をおさめようと活動していた。


 だが兄達の説得に失敗してしまう。

 カーティスとクリフォードは、もしもランディールが対立陣営に味方すれば、自分は決して勝てないと考えていた。

 だから、弟が味方にならないのなら、始末してしまったほうがまだ勝ち目はあると判断し、ランディールの命を狙うようになる。

 中立派として支援してくれていたクルーシブル卿が、もはや王国に平和をもたらすには、あなたが王になるしかないとランディールに言う。

 その時の彼のセリフが今口にしたのと同じ言葉だった。


 スノウドロップは心がひやりとした。すでに終わったと思った小説の運命が再活性化しているのかもしれない

 この流れはは阻止すべきなのだろうか。だが、誰かが傷つくわけではない。カーティスとクリフォードが完全に和解しているのは喜ばしい事だ。


「ランディール様、あなたは王になるべきです」


 その言葉はルーシーの口から出た。


「あなたはご自身を国家という概念に忠を尽くす者だと考えています。その証拠に、あなたには野心がない。光属性魔力を持つ私をいくらでも政治利用できる立場にあったのに、それをしなかった。一国民として、私はそういう人に王になってほしい」


 ルーシーが言った言葉は、これもまた小説にあったセリフだ。

 彼女も前世で〈光の継承者〉を読んでいる。自分が小説の主人公と全く同じ行動を取る意味を理解しているはずだ。

 スノウドロップはルーシーと目が合う。信じて。無言でそう言っていた。

 信じる事にした。


「兄上達が王にならないのなら、私はアーサー王と同じ属性を持つ君のほうがふさわしいと思う」

「私は政治の事など何も分からない世間知らずの小娘です。それに、泉の乙女はいつまで経っても現れません。エクスカリバーを持たぬ私に王の資格はありません。なら、アーサー王の死後、ずっとこの国を守り続けていたシルバーソード家に生まれたあなたが王座に座るべきです」


 ルーシーは一字一句違えず、小説のセリフを言った。


「自分もルーシーに賛成です。今まで口にしていませんでしたが、心のなかで何度か、あなたがシルバーソード家の長男であったらと考えた事があります。あなたが王になる道を不安に思うのなら、自分が支えとなります」

「あなたはボクを元平民と見下さず、それが国のためになるからと、いろいろ助けてくださった。人を見る目を持つあなたが王になれば、今まで埋もれていた人たちが日の目を見るかもしれない。ボクはそういう時代が来てほしいと願っています」


 ルーシーが口にした言葉によって運命の強制力を補強されたのか、アランとエマも小説のセリフと同じ言葉を口にした。

 しかし小説とは違う部分もある。

 小説ではこの場にマリアはいないし、もちろんスノウドロップことロベリア・クルーシブルも。

マリアはランディールにどう言うのだろうか。スノウドロップは姉を見守る。


「私はあなたに何があろうとも、決して離れず、命尽きるまで支え続ける覚悟があります。私にとっての愛とはそういうものです」


 最後はスノウドロップだ。


「ランディール様、あなたは以前私にこうおっしゃいました。差別のない世界という花が育つために、まず自分は土を耕す者になろうと。私はあなたが王になる事が、土を耕す事につながると信じています」


 仲間達の言葉を受け止めたランディールは、その瞳に活力を宿した。


「分かった。私は期待を決して裏切らないと誓おう。君達に誇れる王になって見せる」


 人が王座を目指す時、多かれ少なかれそこに野心が宿る。

 だが、ランディールの心に野心はない。

 あるのは使命感だ。国家という概念そのものに対する忠誠心を持って、ランディールは今、王になる事を選択した。


「ランディール様が王になるのなら、私はその後押しのためにオリハルコンの供出量を増やします」


 突然ランディールが選ばれたのなら少なからず反発が予想されるだろう。

 周囲を納得させるには相応の理由が必要となる。

 オリハルコンのを増産はその助けになるだろう。


「ありがとう。スノウドロップ。だが、今はまだしなくて良い。オリハルコンは君だけが使える()()()()()()()()が生み出すものだ。アークエネミーとの戦いが終わってない以上、君の魔力を余計に消耗させたくない」

「ご配慮に感謝します」


 ランディールはある勘違いをしている。


(彼やマリアお姉様達は、私の能力が無属性魔力によるものだと気付いてない)


 ルーシー以外の仲間達はこう考えていた。

 ロベリア・クルーシブルが魔法を使えなかったのは無属性だからではない。本当は別の属性だったが自分の魔力の正しい使い方を知らなかったのだ。


 この世界にとって無属性は魔法が使えない属性であるというのが事実なのだ。

 だからスノウドロップが無属性魔力でオリハルコンを生成して見せても、その絶対的な先入観によって、利用方法が存在するならそれは無属性ではなく、未知の特殊な属性であると思い込んでしまうのだ。


 スノウドロップはこの誤解を解こうとはしなかった。

 まだ無属性への差別が根強い今では、真実が明らかになればオリハルコンのために大勢の無属性魔力保有者が家畜のような扱いを受けるのは目に見えている。

 ルーシーのスティーブンも同じ意見だった。


(でもランディールが頑張って無属性への差別を減らしてくれたら、真実を明かせる。そうしたら私は無属性の使い方を広める。世界は無属性を必要とするようになる)


 スノウドロップはその日がそう遠くない未来であると信じた。

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