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ヒールレディ・スノウドロップ  作者: 銀星石
第2部 アークエネミーの逆襲
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第32話 ロベリアの魂

 エマは屋外に出ると同時に風の魔法・飛行の型で急上昇する。

 空から見渡すと敷地内のあちこちで魔物が暴れ、警備兵が戦っていた。

 離れた場所で赤い風と黒い風がぶつかり合うのが見えた。


「あれはスタールビーとアークエネミーか?」

 

 あまりの速さに二人が色のある風にしか見えない。

 その時、おぞましい叫び声が空に響いた。

 鳥型の魔物が突進してくる。おそらく鳩が変異したのだろう。元となった生物の面影がある。

 怪鳥のくちばしは槍のように鋭く、それで貫こうとしてるのが分かった。

 速いが、直線的な動きだ。

 エマは最小限の動きで回避し、抜剣しながら首を一撃で入り落とす。

 勝利を喜ぶ余裕はない。次の敵が来た。蜂型の魔物だ。

 他にも飛行型の魔物が何体もいる。

 地上の戦いをもう一度見る。


「あれはボクが首を突っ込んで良い戦いじゃないな……」

 

 自分がするべき事は、仲間の足を引っ張る事ではなく、空の敵を倒す事だ。


「来い魔物ども! ボクが空にいる以上、好き勝手はさせないよ!」


 迫りくる魔物に、エマは立ち向かう。



 夕暮れの光がロンドンを茜色に染める。

 スノウドロップはそれを窓から見ていた。

 風景を眺めていたわけではない。狙撃を警戒していた。

 先日に戦いは明らかに罠だった。

 隠れ家と思っていた場合にアークエネミーはおらず、代わりに戦闘ロボットが待ち構えていた。

 敵はランディール騎士団を狙っている。

 なら最も危険なのはマリアだ。

 パワードスーツを所有し、最近は騎士団のメンバーとして多少の戦闘訓練を受けているが、最も戦闘力が低い事実は変わらない。

 妹として彼女を守らねばならなかった。

 

「スノウドロップ、そんなに気を張り詰めてばかりでは心に毒ですよ。一緒にお茶でもどうかしら」


 メイド達の目があるので、マリアは妹を本名で呼ばなかった。


「……分かりました」


 窓から狙撃されても姉をかばえる位置に座る。

 メイドが入れてくれたのはハーブティーだった。おそらくマリアの指示だろう。

 爽やかな香りが精神の緊張をほぐす。

 穏やかな気持ちになると同時に、思った以上に精神が摩耗していると自覚した。


「もしかしたら、貴女をそんな風に追い詰める事がアークエネミーの狙いかもしれません」

「え?」


 マリアの言葉をスノウドロップは即座に理解できなかった。


「最初はローナン、この間の戦いでは私が狙われました。アークエネミーは貴女を孤立させているように思えます」


 視点を変えれば、確かにその可能性も出てくる。

 

「貴女は世界で唯一のオリハルコン生産者です。何かしらの悪意を向けてくる者は大勢いるでしょう」

「確かに、そのとおりですが……」


 姉を心配させたくないので黙っているが、実はオリハルコン欲しさに自分を誘拐しようとしする者達と遭遇した事がある。

 大抵はヨーロッパ完全支配を目論むエウロペ帝国の覇権主義派だったが、たまに円卓王国内の貴族だった時もある。

 当然、そういう悪意を向けてくる者は残らず撃退している。

 アークエネミーもそうなのだろうか。目的を果たすために、まずは仲間から始末する。一応、筋は通っている。

 

『こちらスタールビー! アークエネミーが現れました! 敵は闇の魔法で魔物を出現させています』


 スマート・アーティファクトによる魔法通信だ。

 スノウドロップが立ち上がと、一瞬遅れてマリアもそうした。


「スノウドロップ、一緒に行きましょう」

「危険です」

「パワードスーツがあります」


 そう言うと、姉は変身装置を起動してパワードスーツを身につける。

 

「この身に宿った才能は人を助けるためにあります。もしも誰かを見捨てたら、私はこの力を振るう資格を失うでしょう」


 どうするべきか迷った。

 研究所ではすでに大勢の怪我人が出ているだろう。戦うしか能がない自分では彼らを助けられない。

 スノウドロップは姉と共に行く事を選んだ。


「分かりました。一緒に来てください」

「ええ、もちろん」


 スノウドロップはマリアを抱えて、ロンドンを風よりも速く駆け抜ける。

 やがて立ち上る黒煙が見えた。魔力工学研究所がある場所だ。

 あそこに宿敵がいる。


(ローナンの仇を討てる!)


 自らに心の声を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。

 それはごくわずかで、真っ白なカンバスについた点のようなものに過ぎないが、確かにあった。

 復讐心という暗い喜びが。


(これは憎しみ? 私は人を憎んでいるの?)


 スノウドロップの前世はバイオテクノロジーが生み出した人造人間だ。

 命令に従うのを望まれて生まれた命であるため、その精神は怒りや憎しみを持たないよう設計されている。

 思い返せば、前に戦いの時も怒りで冷静さを失っていた。

 間違いなくあるのだ。ローナンを奪ったアークエネミーへの憎しみが。

 自分に生じるはずのない感情にスノウドロップは戸惑う。


「ロベリア?」

 

 姉が心配そうに名を呼ぶ。


(ロベリア……そうだ、私は今、ロベリア・クルーシブルでもある)


 科学が作った反自然の生命体ではない。自然の摂理に従って生まれた人間なのだ。

 この感情は、愛してくれようとした人を殺されたのなら、誰もが持ちうるものなのかもしれない。


(あるいは……私はロベリアに……悪役令嬢に戻ろうとしている?)


 しかしその思考は悲鳴によってかき消される。

 気がつくと研究所に到着していた。

 必死の形相で逃げる研究所の職員や彼らを避難誘導する警察官達の姿が見える。


「マリア! スノウドロップ!」


 名を呼ばれて振り向くとこちらに駆け寄ってくるランディールとアランの姿があった。

 二人の少し後ろには、弓を担いだ女騎士がいた。

 十騎衆序列3位、セシリア・ウォンドソアだ。

 敵はランディール騎士団を狙っている。王族暗殺を危惧した国王が第3王子の護衛を命じていたのだ。


「空に敵がいるのは好ましくないですね」


 セシリアの視線の先では、緑のパワードスーツを纏ったエマが戦っていた。敵の数が多くて手間取っている様子だ。

 彼女は弓を構える。それは円卓の騎士トリスタンが愛用した魔法弓フェイルノートだ。


「落ちなさい!」


 放たれた1本の矢は、無数のホーミングレーザーと化し、空の敵を瞬く間に全滅した。

 しかも乱戦状態にあったエマにはかすりもしていなかった。

 十騎衆にしてフェイルノートの現所有者の実力をセシリアは示した。


「お助けいただき、ありがとうございます。ウィンドソア卿」


 エマが地上に降りてきた。


「礼は不要だ。貴殿にはランディール様の援護について欲しいからな」


 そう言った後、セシリアは王子を見る。


「ランディール様、どうか無茶をなさらぬようお願いいたします」

「分かっている。貴女の働きを無碍にするつもりはない。しかし、無茶はせずとも多少無理はさせてもらう。シルバーソード家が光属性保有者を助けなければ信頼を失ってしまう」


 シルバーソード家はアーサー王の正当な後継者、すなわちエクスカリバーの継承者が現れるまでの、代理統治者に過ぎない。

 もしもここでルーシーという正当な王権に最も近い人物を助けようとしなければどうなるか。

 シルバーソード家は光属性保有者を亡き者とし、円卓王国の真の支配者に成り上がるつもりだと思われるだろう。


「ご安心ください、セシリア卿。わたくしがランディール様をお助けします」


 マリアの回復射程は10メートルで、治療速度は一瞬だ。治療対象を視界に収めなければならない条件があるものの、少なくとも彼女の近くにいれば即死でなければ死なない。


「ランディール様、スタールビーは北区の屋外実験場で敵と戦っています」


 エマが伝える。


「ではこれよりスタールビーの救援に向かう!」

『了解!』


 セシリアと騎士団は仲間の元へ駆け出す。

 途中、魔物や襲われている職員を発見する。

 敵はスノウドロップが文字通り一瞬で倒し、負傷者もマリアが即座に回復させる。

 

「素晴らしい力だな、スノウドロップ」


 走りながらセシリアは言葉を続ける。


「貴殿がこの国に味方してくれて良かった」

「私は良心に従っているだけよ」


 その言葉の後にスノウドロップは加速した。

 その視線の先には、蟻型の魔物に食い殺されそうになってる職員の姿があった。

 オリハルコンの剣は魔物の装甲化した外殻をものともせず、真っ二つに切断した。


「避難すらならあっちへ。魔物が少ないわ」

「ありがとう、スノウドロップ!」


 セシリアは遠ざかる職員の背を見ていた。


「仮のあの男が無属性でも貴殿は助けるか?」

「もちろんよ」

「その言葉が本心である事を願おう」


 何かを見定めようとする気配がセシリアにあった。

 彼女の意図は分からない。少し気にはなるが、今は気にしている場合ではない。

 スノウドロップ達は北区屋外実験場に辿り着いた。


「これが人同士の戦いなのか……」


 スタールビーとアークエネミーの戦いを見たランディールが戦慄する。彼と同じように他の者達も……十騎衆のセシリアすら顔が強張っていた。

 常人の知覚では何が起きているのかすら分からない。

 二人の戦いを見られるのは、活性心肺法で知覚を強化しているスノウドロップだけだった。

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