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ヒールレディ・スノウドロップ  作者: 銀星石
第2部 アークエネミーの逆襲
32/73

第31話 赤木雷鳥の使命

 邸宅での戦いから1週間が経つ。

 未だアークエネミーは姿を見せず、不気味な沈黙を保っている。

 ランディール騎士団はひとまず日常へ戻らざる得なかった。

その日の授業が終わり、ルーシーは学園から出ようとしたところ、正門でエマと会った。


「やあルーシー、これから研究所に?」


 エマは自分で作ったサイドカー付きのバイクに乗っていた。


「ええ、エマ様も?」

「うん。せっかくだし、乗りなよ」

「では、お言葉に甘えて」


 ルーシーはサイドカーに乗った。


「与えられた研究室の居心地はどうだい?」


 スマート・アーティファクトとパワードスーツ開発の功績が認められ、ルーシーは魔力工学研究所に専用の研究室が与えられていた。


「とても研究がやりやすくて助かっています」

「それは良かった。ボク達エヴァンズ家が君にしてあげられるのは、これくらいしかないからね」


 理解ある支援者がいる。科学者にとってこれほど頼もしい事はないとルーシーは知っている。


「後もう少しで、魔法情報の複製技術が完成します」

「そうなれば、古代文明製の強力なアーティファクトを量産できるね」

「ええ、あれらの固有能力はアークエネミー討伐に役立ちます」

「敵は未知の技術で作られた機械軍団を持ってる。今のボク達じゃ討伐は難しいだろう。新戦力は絶対必要だ」


 前回の戦いはかなり危うかったとルーシーは重く受け止めている。

 特にあの大型ロボット。稼働時間が著しく短いものの、スノウドロップでしか倒せない性能を持っていた。

 

「欲を言えば、ガラディーンやアロンダイトの複製許可が下りれば良かったのですが」


 ルーシーは小さくため息をつく。


「あれらは国宝級の代物だからね。道具は万人が使えてこそだとボクは考えてるけど、あれらに宿ってる権威が複製されて陳腐化するのを嫌がる人がいるのも分かる」


 十騎衆が所持するアーティファクトは、そのどれもがアーサー王と円卓の騎士に由来する伝説の武具だ。

 それらを量産すれば国防力強化になると考える者達はいるものの、大多数は複製は英雄達の名誉を損なうとして反対している。


「こうなった以上、私が伝説の武具を超えるものを作るしかありません」

「複製技術と並行して、新しいパワードスーツも作っているんだったね」

「ええ、強攻の暗殺者から回収した〈アキレスの加速装置〉を搭載しています」

「凄いね。複製技術が完成すればそれも量産できるわけだ」

「ええ……」


 誰もが使える最強の力を作る。もちろんそこに危険性もあるとルーシーは理解していた。

 誰もが使える力の量産は、暴力の拡散でもある。

 前世で作ったコスモジュム搭載型パワードスーツは強力すぎた。

 マイティフィストを倒した後は、悪用の危険を恐れて破壊した。


 しかしルーシー・アークライトとして生まれ変わった今は、かつて否定したのに匹敵する物を作ろうとしていた。

 その手のひら返しに、自分が恥ずかしくなる。

 それでもパワードスーツ開発をやめないのは、スノウドロップを戦わせたくないからだ。

 誰もが英雄になれるなら、彼女が人生を犠牲にする必要はない。

 ただでさえローナンを、愛してくれるを失ったのだ。

 彼女が自分の幸せを求められる環境を作る。それがルーシーの願いだった。


「さすがルーシーだ。頼もしいよ。とはいえ君に期待するだけで何もしないのは仲間として人情がない。ボクもやるべき仕事を決めたんだ」

「なにかお考えが?」


 ルーシーはバイクを運転するエマの横画を見る。


「騎士団の戦力強化のために、破損した古代製アーティファクトの修理に専念する」

「それは……よろしいのですか?」


 エマはその才能を見込まれて、エヴァンズ夫人の後継者として平民から貴族の一員となった。

 つまり彼女は新しい技術を開発して才能を証明し続ける必要があった。


「エメリー・エヴァンズの後継者として、ボク以上の才能を持つ人が現れたからね。新技術の開発は君に任せるよ」

「……申し訳ありません。エマ様の立場を奪うような事をしました」


 スマート・アーティファクトの開発は、無属性差別が蔓延るこの世界には必要だった。

 かと言って誰かの未来を潰すのは、決して称賛されるべきではない。


「あははは、気にやむ必要なんてないさ!」


 少女は少年のようにからりと笑った。


「ボクは君ほどじゃないにせよ、人よりは科学者の才能を持ってる。でも、本質じゃない。本当のボクは発明家じゃなくて整備士なんだ。君も薄々は感じてたんじゃない?」

「それは……そうですが」


 ランディール騎士団でパワードスーツを運用するにあたって、当初ルーシーは自分一人で整備を受け持とうと考えていた。

 この世界にパワードスーツは別世界からの技術も同然なのだ。整備士が育つには時間が必要だと思っていた。

 しかしエマはすぐスーツの構造を理解し、万全な整備をやってのけた。

 作業の手際や不調箇所の特定は、もはや開発者以上の腕前を見せた。

 

「お義母様は薄情な人じゃない。より後継者に相応しい人間が現れても、拾った子を見捨てたりしないさ。仮に捨てられたとしても、修理屋を開いて食っていくよ」

「エマ様が修理屋を開けば、世界一繁盛しますよ」


 お世辞ではなく、本気で言った。


「ふふん、当然さ」


 やがてエマが運転するバイクは魔力工学研究所に到着する。


「それじゃあ、お互いの仕事を頑張ろう」

「はい!」


 エマと分かれてルーシーは自分の研究室へ向かう。

 機密保持の観点からルーシーの研究室は敷地内に独立した建屋として新しく作られている。

 加えて、研究室の扉にはルーシーが自作した生体認証式のロックが掛かっている。

 ルーシーは光彩と指紋を読み込ませてロックを解除して入室する。

 パワードスーツが待っていた。

 

 ほとんど完成状態で、後は最終調整を残すのみだ。

 漏れや失敗がないよう、一つ一つ慎重に調整を進める。

 ほんのわずかな不備が命取りになる。

 このスーツを装着して戦う自分ではない。一緒に戦うスノウドロップの命が、だ。


 フェイトキーパーが倒れ、小説の運命が完全に阻止されたこの世界において、ルーシー・アークライトの役割はもうない。

 あるのは前世からの、赤木雷鳥(スタールビー)としての使命。

 自分の能力と才能の全てが、スノウドロップを助けるためある。

 助けてくれた人が幸せになってほしい。

 その祈りが実を結んだ。


「完成したわ!」


 調整は完璧だ。次の戦いでは親友と肩を並べて戦える。


「そんな物、なんの助けにもならないわ」


 背筋が凍りついた。

 振り向くと黒い鎧をまとった者がいた。

 ルーシーは即座に変身装置を起動して完成したばかりのスーツを装着する。

 

「誰!? ここは私以外に入室できないようにしてあったわ」

「生体認証など、全く無意味よ」


 アークエネミーのハッキング能力にスタールビーは少なからず戦慄した。


「狙いは、私の命? スノウドロップを守る者達を殺して彼女を孤立させるつもり?」

「あははは」


 アークエネミーは乾いた笑い声を上げた。

 不思議な事に、その笑いは、嘲ると同時に憐れみのようなものが混じっていた。


「スノウドロップを守る? あなたが? フェイトキーパーごとき小悪党を始末しただけで、彼女の味方気取りなんてお笑い草ね」

「……」

 

 スタールビーは無言で敵を睨みつける。

 

「あなたはスノウドロップを助けられない。それを今から教えてあげるわ」



 かつてのエマは何人もの助手がいた。魔力工学研究所にいれば、誰かが必ず側にいた。

 だが今は一人だ。

 廊下を歩いていると見知った顔が向こうからやってくるのが見えた。


「こんにちは、アーノルドさん」


 男は視線を向ける事すらせず無視し、そのまま通り過ぎた。


「やれやれ」


 エマは肩をすくめる。

 彼は助手の一人だった。正確には助手を自称していた。

 ルーシーが科学者として頭角を現すと、助手達は残らず去った。

 落胆はなかった。自称助手達は出世目当てで擦り寄ってきた連中にすぎない。


 技術を盗もうとする気概すらなく、雑用をするだけで地位が手に入ると思ってる愚か者だ。

 だから期待などしていなかった。むしろせいせいした。

 自分を見限った自称助手達がルーシーに擦り寄ったが、当然ながら門前払いだ。

 ゴマすり一本で食っていこうとする者が信用されるはずがない。


 それからエマは自分にあてがわれた研究室へと向かう。

 部屋にあるキャビネットから工具箱を取り出す。

 ガラクタ修理で生計を立てていた平民時代に愛用していた工具達だ。

 エヴァンズ家の養子となってから一度も使っていなかったが、手入れは欠かさなかった。ホコリ一つ、付けていない。


「寂しい思いをさせてごめんよ」


 愛用の工具を見つめていると幼馴染みと再会したような気分になる。

 自然と笑みが溢れた。

 工具を握ると吸い付くように馴染んだ。


「さぁて修理屋エマの復活だ」


 棚にはアーティファクトがいくつも並んでいる。

 エマは適当なのを一つ手に取り、作業を始める。

 これまで古代アーティファクトの修理は、同型から無事な部品を流用する共食い整備しかなかった。

 だが今はルーシーのおかげで技術は飛躍的に向上し、スノウドロップがオリハルコンを安定供給してくれるおかげで、部品の新規製造が可能となった。


 さすがに記憶媒体が破損しては内部に保存されていた固有魔法が消滅して修復不可能だが、以前と比べたら大きな進歩だ。 

 アーティファクトを分解し、破損部品を新しいものと取り替え、最後に機械油をさす。

 テキパキと作業を続ける内に、いつのまにか手が油で真っ黒に汚れていた。


「ふふふ」


 貴族令嬢としての美しさを完全に失ったそれを、エマがうっとりと見つめる。


「ボクの手が戻ってきた」

 

 大物貴族の令嬢として美しくなった自分に手が苦手だった。まるで手首から先を切り落とされて、別人のと交換されたような居心地の悪さがあった。

 自分を磨いてくれたエヴァンズ家のメイドには申し訳ないが、この黒ずんだ手の方が美しくとすら思った。


(いつまでも見惚れてはいられないな。直されるのを待ってるアーティファクト達がまだまだたくさんある)


 作業を再開しようとしたその時、離れた場所から爆発音が聞こえた。

 エマは研究室を飛び出しながらパワードスーツを装着する。


『こちらスタールビー! アークエネミーが現れました! 敵は闇の魔法で魔物を出現させています』

 

 伝心の魔法をセットしたスマート・アーティファクトから仲間の声が聞こえる。

 動物の叫び声。ハドリアヌスライン防衛戦で何度も聞いた。それは間違いなく魔物のものだ。

 戦いが起きている。魔力工学研究所の中で!


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