第28話 着火②
1階は二人に任せ、スノウドロップは2階へと駆け上がる。
その先にもロボットがいた。それらを次々とスクラップにする。
傍から見ればそれは快進撃と言うべきものだ。
しかし、スノウドロップは苛立っていた。おそらく生まれて初めて。
「アークエネミー! どこにいるの!? こんなものをけしかけず、私と戦いなさい!」
声に怒りが宿る。
その時、ワイヤーが足に触れるのを感じた。
(しまった!)
そう思った瞬間に、床に仕掛けられた指向性の対人地雷が起爆した。衝撃でスノウドロップはふっとばされる。
幸いにもオリハルコンで作ったプロテクターとコートのお陰で無傷だった。
怒りが一気に冷める。精神的な衝撃は、物理的なそれよりも大きかった。
「なんて事」
自分でも信じられないくらいに冷静さを失っていた事実に愕然とする。
廊下の曲がり角からロボットが姿を見せる。
床を転がりながら銃撃を避けつつ、素早く起き上がる。
ロボットは弾丸を全て撃ち切り、予備のマガジンと交換しようとする。
スノウドロップはそれを許さなかった。活性心肺法で強化されたスピードで、瞬く間に敵を切り倒す。
すぐに周囲を警戒する。先ほどよりもずっと慎重に。
(冷静になるのよ。アークエネミーはローナンを、しかもルーシーのパワードスーツを使っている彼を倒したのだから)
スノウドロップは自分に言い聞かせる。トラップに引っかかった事で、彼女は冷静さを取り戻していた。
窓を見る。館の外にも敵が現れていた。
アランとエマがマリアを守りながら戦っている。
ロボットが1機、ある武器を肩に担いでいる。
ロケットランチャーだ。
重火器の知識は無くとも、本能的に危険な武器と悟ったのだろう。アランとエマが土の魔法・石壁の型を使って遮蔽物を作る。
「いけない!」
石壁の型は通常の攻撃に対してなら十分な防御力を発揮するが、それはあくまでこの世界における戦いを基準としたものだ。
ロケット弾が発射され、石壁に命中する。
戦車をも撃破する威力が炸裂し、石壁がまるでビスケットのように砕けた。
壁の後ろいた三人は砕けた石と共にふっとばされて地面を転がる。
「お姉様!」
三人のパワードスーツに目立った損傷は無い。
だがロケット弾の直撃を受ければ、オリハルコンの装甲といえどもただでは済まない。
(早く助けないと!)
その時、館の外から空気を何度も叩くような音が聞こえてきた。手入れされずに曇った窓ガラスがビリビリと震える。
その音をスノウドロップは前世で聞いた事がある。
(まさか……)
攻撃ヘリが現れた。
コクピットを見る。パイロットはいない。遠隔か自動で動いているのだろう。
攻撃ヘリの回転機関砲が唸りを上げる。
スノウドロップは廊下を駆ける。横なぎの火線が追いかけてきた。
窓から飛び出し、地面に着地する。
攻撃ヘリがミサイルを一斉射したのはそれとほぼ同時だった。
スノウドロップは剣を一閃する。ミサイルの弾頭のみを切断し、不発に追いやった。
「スノウドロップ!」
「大丈夫か!?」
スタールビーとランディールも館の外に出てきた。
「何だ、あれは!? あれもアークエネミーの兵器か!?」
本来ならこの世界に存在しない物を見たランディールが驚く。
すると攻撃ヘリが彼の方へと向いた。
スノウドロップは活性心肺法をレベル4にした。
強化された五感によって、時間の流れが遅く感じる。
剣を全力で投擲した。それは戦車砲の徹甲弾の如く攻撃ヘリを貫く。
攻撃ヘリがゆっくりと回転しながら落下していく。
機体が地面に触れるよりも前に、新しい剣を生成しつつマリア達の方へと駆ける。
今まさにロケットランチャーでマリアを狙うロボットがいた。
このままでは直撃する。真っ先にそれを撃破した後、残りの敵を瞬く間に切り捨てた。
活性心肺法を解除する。時間感覚が元に戻った。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「ロベリア!」
マリアが驚く。彼女の主観からすれば、いきなりロボットが破壊されて、目の前にスノウドロップが出現したからだろう。
「あなたこそ大丈夫なの? 今の力は命を削るものだと聞いているわ」
「安心してください」
スノウドロップは仮面を外した。
そして姉に笑みを向ける。
「ルーシーが専用に改良したスマート・アーティファクトが代償を打ち消してくれます」
「だと……良いのだけれど」
おそらくパワードスーツのバイザー下でマリアは不安そうな顔をしているだろう。
●
この邸宅の元の持ち主は馬術が趣味であり、敷地内には馬小屋があった。
持ち主と共に小屋にいた馬も去っていった。
だが今は新しい住民がいる。
大型のロボットがうずくまるように安置されていた。
機体から、まるで命が宿ったかのような駆動音が鳴り始める。
ロボットが立ち上がる。全長はおよそ3メートル。
それは馬小屋を粉砕しながら外へ飛び出した。
●
怪物の唸り声のような駆動音と共に新手の敵が現れた。先ほど戦っていたのよりも大型のロボットだ。
その右腕には拳銃が握られていた。しかし、それは人間を基準にすれば対物ライフルと同等の威力を持つ。
銃口がマリアに向けられる。
スノウドロップは活性心肺法レベル4を再発動させるのと、弾丸が発射されるのは同時だった。
感覚が加速して時間が緩やかになった世界で、スノウドロップは大口径弾を剣で弾き飛ばした。
エマとアランが反撃する。それぞれが炎の魔法・鳳の型と電撃の魔法・龍の型を放った。
火の鳥と雷の東洋龍が直撃する。
「そんな!」
「無傷だなんて!」
損傷を与えられなかったのは、敵の防御力が高いのもあるのそうだが、もう一つ理由がある。
スマート・アーティファクトは自由に魔法を使える反面、自分に宿っているのとは異なる属性の魔法を使おうとすると、威力や効果が2割ほど低下してしまう。
「あれの相手は私に任せて、エマとアランはお姉様を安全な場所に!」
「分かった!」
「任せてくれ!」
去り際にマリアが心配そうに叫ぶ。
「ロベリア! 絶対に無理をしないで!」
分かったと返事はしなかった。
スノウドロップは仮面を再装着しながら思う。
(私を愛してくれる人をこれ以上失いたくない)
彼女にとって愛してくれる人を全て失えば、それは死んだも同然だ。
大型ロボットが再び射撃する。狙いはまたマリアだ。
先ほどと同じようにスノウドロップは剣で攻撃を弾き返した。弾丸は敵機の肩に当たって大きくよろめかせる。
(なぜお姉様を執拗に狙ってるの? あの人が回復の魔法の達人だから?)
回復魔法使いの頂点に立つマリアは、即死でなければどんな重傷も一瞬で完治する。
敵からすれば脅威だろう。だが、何かしらの執念を感じる。
大型ロボットの行動パターンを設定した者は、合理性以外の理由からマリアを狙っているような気がしてならない。
とにかく1秒でも早くスノウドロップは敵を排除したかった。
接近し、足首の装甲の隙間を狙う。
だが、敵は攻撃をバックステップで回避した!
(私と同じくらい速い!?)
スノウドロップは活性心肺法レベル4を発動させている。彼女のスピードは常人がほとんど知覚できない領域にある。
それと互角のスピードを発揮したのだ。
敵を見ると、可動部の隙間から魔力光が漏れていた。
(何かの魔法? でも強化の魔法では活性心肺法と同格の速さは出せないはず)
大型ロボットは脚部に格納していたコンバットナイフを取り出す。銃を使わないのは弾丸までは加速できないためだろう。
鋭い刺突を繰り出してくる。
人間基準では大剣サイズのナイフを剣で弾くようにいなした。
速いだけではない。全長3メートルの巨体から繰り出される攻撃は、重い。
防御ばかりではいずれ押し切られる。
反撃の機会を探す。
敵の動きは、見た目通り機械的だ。振れ幅が無く、またフェイントも無い。
大型ロボットがコンバットナイフを突き出す。
体を半回転させて紙一重で避けた。巨大なナイフの刃が胸の前すれすれを通過する。
剣を振るって、ナイフを握る指を切った。
指は最も脆弱な部位だ。そこを破壊され、ナイフを取りこぼす。
大型ロボットは腕を振るう。巨大な金属の人形はそのままでも武器になる。
が、敵の動きが突然鈍くなった。
理由は分からない。しかし敵を仕留める絶好の機会だ。
スノウドロップは機体に飛びつき、首の付け根から胴体に剣を突き刺した。
すると糸が切れたあやつり人形のように、大型ロボットが倒れた。運良く動力部の破壊に成功したのだ。
周囲を見る。動いている敵はもういない。
「スノウドロップ!」
スタールビーが駆け寄ってくる。ランディールはマリアの方へと向かった。
「怪我は無い?」
「ええ、大丈夫よ……結局、アークエネミーは見つからなかったわね」
アークエネミーはすでに拠点を移しているのだろう。
それでもわずかな望みをかけて、邸宅の中をくまなく捜査したが、何日かここで生活したであろう痕跡が残るだけで、敵の居場所に繋がる手掛かりは無かった。
●
戦いの後、ルーシーは倒したロボットの残骸を回収して解析を始めた。
「スノウドロップ、ちょっとこれを」
ルーシーがロボットの残骸を見せる。
それにはレンチを握り締めている手のマークの上に英語で「ストロングワークス」と書かれていた。
「これは私達の前世世界の企業! ならアークエネミーは……」
「ええ、並行世界を移動する手段を持っていると見るべきよ」
ありえないとは思わなかった。事実、スティーブンの世界では並行世界移動技術は実用化されている。ならば、無数に存在する並行世界で、同じ技術を発明した者がいてもおかしくはない。
「それと大型ロボットだけど、活性心肺法を擬似的に再現する技術が使われていたわ。可能時間はかなり短いけど」
「……なんて事」
科学技術で作られたものである以上、大型ロボットは今回で倒したのが最後ではないだろう。
あれが複数も出てこられたら、スノウドロップは仲間を守りきれない。
(スティーブン……)
スノウドロップはふと、彼の顔を思い浮かべる。並行世界調査機関に所属する彼ならば、こちらの世界と前世世界を自由に行き来する敵について、何か助言を得られるかもしれない。
(いえ、彼に頼ってはダメ)
スノウドロップは自分の中で芽生えた“甘え”を捨てようと努める。
彼がこれまで助けてくれたのは、任務のためだ。内戦が起きれば並行世界調査機関の調査対象が喪失してしまう。それを防ぐための例外的な協力関係だ。
本来ならば並行世界調査員は現地住民との接触が厳しく制限されている。
おそらくスノウドロップが助けてと言えば、スティーブンは助けてくれるだろう。並行世界調査員としての規則を破ってでも、彼は手を差し伸べてくれる。
スティーブンはこれまでずっと助けてくれた。これ以上、彼に迷惑をかけたくないとスノウドロップは思った。
(あなたはどこにいるの?)
それでも、やはりスティーブンの事を思わずにはいられなかった。




