天に兆候(しるし)あり
高倉天皇、、、、今上。安徳天皇の父
徳子、、、、、建礼門院徳子。清盛の娘。
平重衡、、、、清盛の庶子
付属ep a few pieces in the same current ep8
1179年の山門の内部闘争への介入の前年(1178)のことである。天に彗星が現れた「蚩尤旗」ともいう。先年よりの山門の動揺と鹿ヶ谷の陰謀の発覚、処分により法皇方と平家方の睨み合いは厳しさを増していた。動乱のイヤな予感が殿上から地べたまで漂っていた。その中で今上、高倉天皇は双方の対立に心を痛めていた。こんな時こそ今を守るために力を合わせれないのか。出来ないのだ。法皇は一時の虚脱から立ち直っているがそれは平家への憤怒を足がかりとしている。平家はどうか?妃の徳子に聞くと
「今、最も力を使い世を支えるのは平家。そして父です。なぜ法皇様は災いの種を蒔くようなことをなさるのでしょう?困惑します。」
とのことだ。これでは歩み寄れぬ。せめてもう少し時間を置いてから、、、、。
「馬鹿らしい。」
「金売りの吉次」は吐き捨てた。ある程度の安全が確保できるから民は生業に集中できる。広域の交通が確保できてこそ物流はより大きく動ける。
「ちょっとは気合を入れてくれないと。奥州↔京中を往来する身としては怖くて張り込めないよ。」
吉次だけでない商人の嘆きだ。黄金湧く奥州平泉に京の都にあふれる古着や調度品を集めて隊列を組んで運んでゆく。平泉は繁栄期、黄金郷だ。持ってゆけば持ってゆくほど売れる。帰り道は米や黄金を積んでホクホクして帰る。そして都でまた仕入れる。この商人としての幸せが脅かされることは腹立たしい。
「上の方も平泉から流れてくる黄金で舶来品の決済が出来るってゆうことを分かってるだろうに。聖武サンの頃からの常識だろっ。」
律令国家無きあと平泉を支配する奥州藤原氏と都が広域貿易で繋がっているからこそ日の本世界は輸入が出来る。そういう意味では危うい糸のようなつながりは我ら商人によって維持されている。努々(ゆめゆめ)忘れるな。
「いや、いや。まったく目出度い!」
ここ最近険しい表情の多かった清盛の顔は即座に和らいだ。徳子が身籠ったのだ。皇嗣しかも我が孫として。少し前に体調がすぐれないという徳子の為に加持祈祷をしていたが、懐妊とは。何か新しいものが生まれるのは素晴らしいことだ!
「そういうことでこれを契機に恩赦を出す。鹿ヶ谷関係で配流されているやつも多いだろう。」
この陽気さ。しかし少しでも慶事の後押しをしたいという気持ちもある。
もう処刑された者は仕方がないが、島流しになっているものは次々と許され帰ってきた。俊寛以外は。しかし配流から人が帰るとそこでの厳しい生活が広まり、平家は逆らうものに酷すぎるという思いも広がった。恩赦の騒動の中、安産の加持祈祷が続き、ついに陣痛となった。しかし、痛むばかりでなかなか出てこない。二位の尼時子も清盛も胸に手を当て
「良いように、良いように」
というばかり
「戦場ではこれほど臆したりはしないものを。」
というのはまごうこと無き清盛の心であっただろう。
と言っているうちに後白河法皇が来るという。何のためかと思っていると。精進潔斎をしてきてお産の無事のためとのこと。徳子が苦しむ御簾の近くにきて千手経を読むと
「この法皇が近くにいるのだぞ、怨霊たちよ!お前たちは皇恩あって一人前になった者共だ!それなのに今生まれようとする皇子を邪魔するとは、何事か!」
と一喝した。そしてまた読経。さばえなす怨霊の跳梁を見ていた人々は、その怨霊が読経に押され去ってゆくのを見た!
生まれたのは男子。3歳にして安徳天皇として即位される皇子だった。思えば、この世に出る時から苦難の運命の中にあった仁であった。
「ご安産、皇子誕生!」
平重衡が声をあげて走り回る。殿上、官人、侍のあげる歓声が外にも響き、土器が落とされ割れると集まっていた庶民も騒いだ。入道相国は泣き、重盛は邪気払いに桑の弓、蓬の矢で四方を射た。その中を法皇は去る。さすがにこれぐらいはして縁をつながぬとな、、、、鹿ケ谷、座主の更迭は騒ぎを起こしすぎた。山門もどうなるか。そう思うと今上、徳子妃、孫のための骨折りはどうとも思わなかった。
天の彗星はこの慶事を現していたのか?そうに違いない。世間が明るくなったところで次の年が例の山門の闘争への介入であった。いやその前にもう一つあった。
1179年平重盛この世を逝去る。
「御産」〜「僧都死去」




