悲しみは降り積もる雪のように
アフリカ大陸の西岸部(コートジボワール〜アンゴラぐらいの地域)のマングローブが生い茂る地域では1400年代からは黒米を豊富な水で労働集約して生産する穀物農業が広がり始めていた。価値の分割に便利な穀物栽培は農村を基礎とする大人口、広域な国家の元となるものだ。人口が増えて従来の血縁的小規模集団、支族、酋長社会の国家以前集団の小さな社会から人があふれ、小さな社会同士が交わり、統合し合うようになり言語が広範囲で統一されると国家への道が開かれる。中世日本が500年間にわたり戦乱の連続で農業生産の伸びが抑えられていた(戦国後期で成長曲線に乗り、徳川幕府の成立でそれが安定した)ことを考えると1400年代の黒米を中心とする農業社会の展開は決定的な遅れとは言えないだろう。ニジェールやコンゴ、ナイジェリアの当たりがトルコやタイ、日本の様に近代の西洋の植民地化を免れて西洋の技術や知識を国家体を保ったまま取り入れて、地域大国として大陸を導いてゆく、そういう近代も存在し得ただろう。
しかし成らなかった。1500年代〜1800年代に猖獗を極めたヨーロッパ諸国による奴隷狩りがその可能性を潰した。300年間に及ぶアフリカ大陸からの人の連れ出しは年1〜3万人に及んだとされる。今の巨大人口ではなく、人口が増加期入った頃のアフリカからの連行だ。特にヨーロッパが達しやすい西海岸は人口も多く、人狩りにとっては絶好の供給地となった。結局、沿岸部から人は連れ出されるか、逃げ出し、アフリカでの伝統を持った広域国家の自然成立は夢と消え、小規模言語域の乱立、急な人口増加での混沌、領土内での支族対立といったアフリカの宿痾が発生した。
中世と近世の間、豊臣政権時の九州でのスペイン・ポルトガルによる地域の対立に付け込んだ奴隷の確保を秀吉は激怒して禁止した。農業社会を基礎とした日本の充実がそれを可能とした。つい、西海岸でもそれが起こり得た可能性を考えてしまう。
源氏の象徴、白旗が戦場を埋めて翻っている。篠原での大勢は決している、平家殿軍は抗戦を諦めて退きつつある、斎藤実盛周りを除いて。
「各々の最期見届けましたぞ。」
京で酒盛をして誓いあった者達は皆、討死をした。
「我もあまり遅れぬように。」
ここで費やし切る命だ。赤旗を立てて赤地の直垂に若葉のような薄緑の糸で彩る鎧を着て、金で飾った太刀を差し、矢の風切り羽は白黒分かれた鷲の羽、金色で縁取った鞍を置いた芦毛の馬に乗っている。その敗軍の大将の姿を遠望する者がいた。木曽勢の手塚太郎光盛。良き相手を見つけた。
「味方が落ちてゆく中でただ一騎残るとはご立派。名を名乗っていただきたい!」
声をかけるということは闘いの相手は自分だ、と宣言すること。戦場の耳目が集まる。
「お手前は誰か。まず名乗られよ。」
「信濃国住人、手塚太郎金刺光盛!」
将から声が返った。
「お互いに良い相手を見つけれた。見下げるわけでは無いが、我が名は考えがあるので名乗れぬ。さあ来い、組もうぞ、手塚!」
互いが馬を馳せて動きを読み合う、と見るやさっと馬が並び走る。と、そこへ手塚の郎党が主を守って割り込む。
「日本一の剛の者と組み合おうてか!」
斎藤実盛、そう一声上げるとあっという間に組みついた郎党を引き寄せ鞍に押し付けて首をかき落とした。隙あり!郎党を倒した早業の間に左手に回り組み付くと、草摺りを引き上げ刀で二撃刺した。
「ぐほっ。」
そのまま馬上で渾身に押し組んだまま、馬から落ちた。上を取ったのは手塚、瞬く間のやりとり、少しでも遅れたなら隙をモノにできなかっただろう。実盛は戦い続けて疲れ、傷を負うも気だけは強く保っていたが、組み敷かれ手塚の郎党が馳せてくるのを見るや、観念した。肉体が絡みついているからなのか、体の僅かな弛緩が伝わり理解た。パッと目の前で血飛沫が飛んだ。
「大将首ですよ。やりましたな、お館。」
喜色に満ちた声が聞こえた。
軍勢を率いる木曽義仲は殿の崩壊を遠目に見ている。これで京への道は開けた。向こうの方に茫っと見える気すらする。そこに戦果を挙げた手塚が馳せてきた。やや腑に落ちない顔をしている。
「一番功ぞ。なんじゃその顔は?」
問う義仲に光盛は膝をついた。
「平家の大将軍を討ったのですが、名を名乗らぬままだったのです。立派な身なりなので戦の習いを知らぬわけはないのですが、考えがあるとついに名乗らぬまま。誰とも分かりません。」
そう言って首級を差し出した。今討って、袖で拭いたのみだ。それを見た時に義仲の心が不意に掴まれ、突き動かされた。
「こ、この首は斎藤実盛別当ではないのか?幼き頃に上野国に越えていった時に見た顔を忘れるはずがない。しかし、、、、あの時ですら白髪交じりであった髪が黒黒と艶めいているのはどうしたことだ。樋口を呼べ!親しい樋口であればわかるはずだ。」
直ぐに樋口次郎兼光が呼ばれて来た。
「ああ、戦とはいえ、ついにこのような姿に、、、斎藤実盛別当に違いありません。」
武の力のみが支配する世界だ。どんなに親しくとも敵として戦い首を討つことも討たれることもあるだろう。しかし、いざ目の前で起こるとなんと無残な、、、。
「、、、、70にもなるような老将のこの黒髪は、どういう事だ、、、。」
目の中に在りし日の男盛りの実盛の姿が留まっている。
「、、、この事は言おうとすると涙が出てしまいますが、、、武者はいつ斃れるか分からぬもの、その時には日頃聞いていた言葉を思い出します。かつて“60歳になって戦に出るのなら髪を黒く染めねばならんなぁ。若作りをしないと若武者と競って進むのも威儀に欠けると言われるし、老武者と侮られるのも悔しい事だからな。”と言っていましたが、年が過ぎその通りに髪を黒く染め出陣して来たとは、、、髪を洗ってください。」
述べる内に涙が流れてきた。
人に命じて洗わせると黒はまたたくまに溶けて流れてゆき、雪のような真白が現れた。
「名を名乗らなかったのは、この義仲が名を知ったなら討ち取ることに躊躇するかもしれない。武者として覚悟を決めた時に死ねぬのは無念、だから最期は名乗らぬままに、、、。」
関東の父の遺産継承で叔父に狙われた義仲を守りまず上野国、そして信濃国木曽へと連れて渡ってくれた頃の姿が涙で滲んだ。誠にあの白髪交じりの武者の姿こそ幼き頃の範とした男の在り方であった。清い悲しみが心のなかで積もってゆく。
木曽次郎義仲、蛮なれども、であるからこそ情深き男である。
「実盛」




