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志保へ

千一夜物語アラビアンナイト」中の「ガネム・ヴェン・アイユーブとその妹フェトナーの物語」の中の物語中小話の「奴隷サワーブの話」は、自分を身の上を話して「6歳の頃にスーダンで捕まって、バクダットに連れてこられたが、、、」と始まる。アフリカからの奴隷の連れ出しは1500から1800年代の欧米諸国のものが有名だが、もう1000年代からペルシャ(アッバース朝等)やアラビア人の奴隷供給地となっていた。この時代は黄金海岸から中に入った当たりで盛んでこれらと引き換えに沿ユーラシア貿易潮流を流れるペルシャや中国製の商品がアフリカ奥地まで入り込んできていた。しかしこの当時、アフリカの王たちは商人への課税や貨幣の発行益を理解していたのに勢力圏から奴隷が連れ出されるのを黙ってみていたのだろうか?理解していなかったとは思えない。

やはり農業が基礎となった広域国家が成立していなかったのが大きかったのだろう。黄金等の資源を売って世にも稀な富を蓄積していたが、まだ部族の枠が消滅しない程度に人口は少なく、あくまで掘って商って資を得る交易国家として豊かであるというのがアフリカの王たちの国だった。その様な小さく分かれた部族社会で頻発する争いと奴隷の獲得、それをアフリカ外から買い付けに来る商人達。人手がいる農業が国の基となっていない社会では奴隷は富を生むものではなく、売ることで初めて富を生むものとされていた。

かくして南部や中部アフリカからもサハラ砂漠を歩いて越えて奴隷の列は続きペルシャやアラビア、中国にまでアフリカ人は連れ出され続けた。それが地域社会の人口増加を低く抑え、より交易国家にアフリカの王権を留め続けた。1500年代〜の欧米諸国による奴隷貿易以前に、既に。


平知度、、、、平清盛の末子。知盛は清盛の次男。忠度は清盛の弟。

俣野五郎景久、、、、兄は大庭景親。俣野は神奈川県藤沢市の地名。

「奥州からの馬?」

明けて5月12日、藤原秀衡が龍を贈ってきた。馬の大きく力強い者は龍と称する。それを前もって奥州を発たせたのか。善隣ということだけに関しては抜け目がない。竜蹄二匹を見ながら、この才覚を以って天下に打って出ない秀衡の不思議さを義仲は思った。

「大手は退けた。すぐに追撃したいが、まずは志保に分かれた平家搦手勢に向かう。行家叔父ではキツかろうからな。」

フッと巴が笑うや、全軍が笑った。

案の定志保で負けた源行家は大きく後退していた。そこに砺波山での義仲の勝報である。このまま撤退と思っていたが、援軍を当て込んで足を止めた。そこに早くも義仲率いる軍勢が到着した。

「いや、砺波山での見事な勝ちっぷり。こちらでも押したかったのですが運なく、利あらず、困っておりました。ここは国境での勢いを借りて一気に、、、。」

「行家叔父貴、あとはこの“旭将軍”に。」

倶利伽羅峠で谷を埋める平家の亡骸、意気上がる自軍を朝日が照らすそれを見た時に心に浮かび出た言葉だ。

「平家は志保では勝って一息ついている。そこに敗報が伝わり戸惑うはず、そうなっている今に一気に攻めるぞ。」

平家搦手勢を率いる平知度の耳に源氏から撃たれた鏑矢の鳴きが響く。どっと笑い声が沸く。

「おのれ、性懲りもなく又、寄せてきたか!」

しかし白旗の勢いは昨日までとは全く違う。平家の赤旗とぶつかり全く押し負けない。それどころか押し合ううちに我らが平家の陣の先頭が崩れてゆく。

「早く逃げることだ!砺波山を越えようとした大手勢のように討死したいのなら別だがなあ!」

すでに知度は分かれた大手勢の敗走を知っている。そして勢いよく寄せる源氏の軍勢から仕切りに叫ばれる「平家敗走」の声、先に立って突っ込んでくる今井率いる先陣の鋭さ。混乱が広がってゆく。

「巴、山吹我が周りを固めろ。勝負時だ。本陣ごと前へ。」

さっきまで遠くで押し合っていた混乱が一気に知度の周りに押し寄せた。撃剣の音と煌めきが満ちたと思うや、武者が組み付きパッと血が舞うのを己が目で見た。それが知度の見た最後の光景となった。


志保から木曽勢に追われる平家搦手勢は、もと来た道を逃げるうちに馬揃えをした加賀国篠原で敷かれている陣に会った。斎藤実盛が領する殿軍だ。

「戦おうというものは留まり、帰ろうというものは急いで後ろに。大将以下は既に落ち延びている。安心してゆけ。」

斎藤殿が後で止めてくれる!逃げてきた平家の武者がようやくほっとした顔になる。

「斎藤殿、いよいよこの身を使い果たす時ですな。」

聞き慣れた声に振り返ると俣野またの五郎景久が立っている、他に伊東九郎祐氏、浮巣三郎重親や真下四郎重直の肝の座った顔が並ぶ。厳しい顔の実盛がわずかに笑った。

「座を囲んで散々語らったように、な。」

実盛も彼らも富士川で平家に付き頼朝と戦った。負けた後には京に身を寄せて平家に仕えることとなった。次の戦まではやることもないので互いを招き合って酒を飲み語らっていた。そんなある日、実盛が声を潜め

「どうも武運は源氏に盛ん、平家は陰っているように見える。各々方、実は某は木曾殿に些か縁があります。それを伝いあちらに移ることも出来ますが、如何?」

おおっと声が挙がった。手応えは良い。

次の日は浮巣重親の屋敷で飲んだ。そこで実盛はまた言った。

「昨日の話は、どうします。皆さん?」

それを待ちかねたように口を開いたのは俣野景久だ。

「そう言ってもらうことは有り難いが、我らは皆関東で名を知られた武者。今更、勢いのある方に寄ろうというのもあまりに情けない。景久は平家で。なに、どうとでもなろう。行こうと思う者のみ行けばよろしかろう。」

やや実盛を突き放すように言った。しかし言われた者はまさかの笑顔であった。

「よく言ってくれました。試すようなことをしてしまったものです。実は私は次の戦に出るときはこの身を野辺に投げうち、都に帰らぬつもりです。皆のその心持ちならば、共に大臣宗盛殿にこの決意を伝えましょうぞ。」

「「「「応っ!」」」」

だから彼等に動揺も怯えもない。来る時が来た、その思いのみだ。


「篠原で殿が立てられています!」

平家の大軍が馬揃えをした場所だけあって広く平らな地。馬でそのまま乗り寄せて、駆けつつ組み打つ、そのような戦いになるな。今井は思った。ならば剽悍なこちら側が有利、負け残りの軍勢恐るるに足らず。

「それにしちゃ、陣が堅そうだな。」

義仲は呟いた。

旧暦5月21日、この日は風も吹かずにひたすらに日が地を照りつけていた。その中で鏑矢が飛んだ。

キューーーーーン

木曽勢が動き、平家勢が受ける。平家先頭は畠山庄司重能、小山田有重これも関東住人。300騎。木曽勢の今井四郎兼平も300騎。騎馬に徒歩の者が続き互いに入り乱れて戦い始める。馬で走り抜け、追い合い、馬上で組み合い、それを徒歩で追い、斬り合う。

強い奴らだ。指揮をしていて今井は思った。そうして競り合ううちに平家勢の二者は多くの兵が討ち取られて後ろに退いていった。しかし今井の方も多くを討ち取られて双方退きとなった。

次に平家勢から高橋判官長綱500が出陣して木曽勢の樋口次郎兼光、落合五郎兼行300騎と戦い始めた。

長綱は威勢を挙げ、馬で戦って回るが彼の配下は数は多いと言っても他国からの駆(借り)武者、倶利伽羅や志保の敗戦で既に心が萎えていた。ぶつかり始めるや次々に離脱してゆき、ハッと気づいた時には後ろに続く者はまばらであった。

「もはや駆け合う以前の負けよな。」

そう言って一騎のみで退いてゆくのを木曽勢の越中国入善の住人、“小太郎”行重が追い出した。この相手を仕留める!と馬脚を速めて並び組みついた。

「ちょこざい!」

そう言うや、長綱は瞬く間に組み締め捕らえて自らの鞍に行重を押し付け、

「討つ前に聞いてやる!名を名乗れ。」

と言うと行重、苦しげに

「越中国、入善“小太郎”行重、18、、、、、」

と名乗った。

「!」

このあたりの武者の心の動きは測り難い。

「ああ、なんということだ。」

去年世を去った我が息子もこの年だった、と思った。戦場に立つ武士にも不意に慈悲の心が兆すことがある。大寒の冬空に日の光の暖かさが差し込むようなものだ。こうでもないとひたすらに殺し合うだけだ。人として種が互いに殺し尽くさないための安全弁なのだろう。

「ねじ切って首級を挙げようと思ったが、見逃してやる。」

そうして戦い続く場より離れて一緒に馬を降りて休んだ。行重は見た目通りの相手の強さ、勇ましさに感じるものがある。

「味方が来るまで談じるか。」

そう言う長綱とよもやま話をしながら行重は

このような強者つわものこそ討ち取りたいものだと思って見ている。他の誰でもなく戦の縁が結ばれた自分が。さっきは組み伏せられたが、身軽さには自信がある。いざ!刀を抜いて顔に向けて二撃突いた。そして次は上を取って組み合っているうちに入善の郎党が三騎駆けてきた。

武運が尽きたな、、、と思うと長綱の身体から最後の力が抜けてゆく。この若武者なら討たれても良いか、そう思った時にトドメが入った。

向こう側では平家勢の武蔵三郎左衛門有国が木曽勢の仁科、高梨、山田次郎の500と300騎で戦っていた。有国は次々に配下が討たれても、なお深入りして戦い、矢も打ち尽くし、馬も失い歩きで斬って回り身体に矢が7、8本も突き立ってついに力尽きた。多くを討ち取っての立ち往生であった。残勢は将の気迫に背を押され戦っていたが、この最期にあって遂に心折れ退いていった。

これが決め手であった。篠原での戦いは木曽勢に凱歌が挙がった。

「篠原合戦」

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