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加賀国進撃戦

ローマ崩壊後(5世紀)、院政の開始(11世紀)から始まった日欧の中世期。この「暗黒の」時代にアフリカの発展は続いていた。

1324年、25年に及びマリ(中部)を支配したマンサ・ムウサ(ムスリム。ムウサはアラビア語でモーゼ、ムウサは「大いなる者=王」モーゼ一世の意か)はメッカ巡礼の旅に出た。途中に立ち寄ったカイロで世界は彼の持つとんでもない富を知った。旅に持参した黄金は500億円に及んだとされている。旅の途中の桁外れの浪費でそれが知れた。当時イスラム圏のみならず、レコンキスタ後のスペインにもその富豪伝が伝わり世界地図であるカタロニア地図にもその黄金冠を頂き、金塊を持った黒い肌の王の姿が描き入れられた。世界一の大金持ちとして歴史に突如躍り出たのだ。

汎遊弗羅志亜アフロ・ユーラシアに含まれる北アフリカからサハラ砂漠を越え、中部のマリ王国のマンサ・ムウサそして南部グレート・ジンバブエ(ザンベジ川南、900年ごろから大量の黄金が産出していた)に至る広範囲の交易圏がムウサを地図に描き出させた。この地域の交流はアフリカの角、黄金海岸から中国、室町幕府下日本に至る沿ユーラシア交易の流れにつながり、ヨーロッパにも金を供給していた。これ以前からアフリカの王達は入国に際しての商人への課税を実施、黄金を貨幣にするときの貨幣発行益も認識して各地に交易国家を作り出していた。ローマ崩壊後、いやメソポタミアの文明の暁を見てから着実に発展の歩を進めていた、それが日欧中世期の阿弗利加、の姿だった。

しかし交易国家というところがミソだったというところもあると思う。ローマの穀倉地帯だったエジプトを除き、サハラ以南には広域をまとめて養う食料地帯が生まれなかった。それは人口の増加がほかの地域に比べて低いレベルでとどまっていたということだ。地理的、環境的な要因なのだろうか。商人税、イスラム教の広がり(エチオピアはキリスト教)、交易貿易の成立、通貨発行権のうまみの把握、都市の建設これだけ進んでいる社会でも農業生産の向上、人口の増加は比較的低調で広域国家は成立しなかった。メソポタミアのウルクなどの都市国家群も初期から中期までは狩猟・交易で成り立っていたということを考えると農業は国家の基礎、とは言えなくとも国家存続の基礎とはいえると思う。結局、アフリカでは莫大な時間が経っても人口大膨張からの交易国家→広域国家の変化は起こらなかった。豊かな自然獲得物に恵まれているが、農業には向きにくい地理、これは中世期の繫栄する阿弗利加にも当てはまるジレンマだったのだ。

火打城から木曽勢が撤退し平家勢の追撃が始まった。逃げてゆく敵方を追い散らし、戦果を拡大する局面に入った。

大将平維盛はえも言われぬ思いに包まれている。富士川合戦の時とは大違いだ。10万の軍勢、先行する伊賀国の猿子衆、斎藤実盛の用兵、配下の将達の指揮全てが噛み合い勢いをもたらしている。火打城を落ち延びた稲津新介、斎藤太、僧仏誓達はなおも抗戦したが、越前国での戦いを諦めて加賀国の白山河内に撤退した。

「ここは息を入れずに速く動きましょう。相手が浮足立っている間に加賀国に押し出してゆくべきです。」

実盛の献策を維盛は是とした。


今井兼平は苦戦している。ただでさえ軍勢のほとんどは新しく集めた東山・北陸諸国の新参者たちだ。なかなか力が一つに集まらない。そして平家勢の動きは速く、隙がない。後退する軍勢が踏みとどまって戦おうとするとより後方で火事が起こり、騒ぎが起きる。「10万、いや、それ以上の軍勢が山崩れのように押し寄せてくるぞ!」と流言飛語が飛び動揺する軍勢に平家勢が殺到する。殿を出しても我先に逃げようとする。追撃を待ち伏せて脇から撃とうとすると、ことごとく見抜かれて足を留めてじわりと攻められる。

兵法の常道、追撃は敵方の被害を拡大させるが味方にも意外な被害が出る。攻め疲れての弛緩、そして思いもよらぬ反撃を受けるからだ。それが思ったより被害が少ない。

「よっぽど地理に詳しい巧者がいる、、、。」

まさか維盛がそのような人物を擁しているとは。今井自体、用兵巧者だがこうも勢いに隙のなさが加わると苦戦の連続だ。

「林、富樫城が焼き払われました!」

「たわけが!」

加賀国に乗り越えた後も押されている。各地で騒ぎが起き足元が常にぐらついている。次々と巻き起こる事態に手が追いつかない。

「伝令!木曾殿より!」

使者が来たのはその時であった。


越後国府に木曽義仲がのったり進んで来ていた。後ろに流れてくるハナシで火打城が落ちた、そしてその様子を聞いて越中国に出る支度を始めた。

「巴、お前も来てもらう。最も側で守ってくれよ?」

「常にお側に。」

鎧も設えた。元々武者一人くらいは簡単にねじ伏せられる。脳裏に浮かぶは木曾殿の母者の言葉。

「巴殿、次郎のことよろしくお願い申す。何とか無事にこの木曽へ、、、。」

母というものはどこまでも慈悲深い。同じ女だが測りかねるほどに。ぎゅっと手を握った。


伝令が伝えたのは越中国への撤退であった。

「次郎殿がそう言ったのか?このままおめおめと逃げれるか!」

明らかに頭に血が登っている。悪い状況で力を尽くしてもせっかくの軍才は活かせない。分かっているはずだが、どう今の攻勢を防ぐかに必死な今井には腑に落ちない。そこに今一度の伝令、いや巴が来た。

「巴殿!?」

「今井殿、殿の名代としてお伝えに来ました。戦いの地は加賀国・越中国の境、砺波山に定めた。加賀国は捨てて至急合流せよ、と。」

「砺波山?」

「今、軍勢をまとめ越中国国府に着こうというところです。お早く。」

そして軍中に一声。

「木曽殿は決戦に臨むにあたり兵力の磨耗を案じています。皆々、お早く北陸道を越中へ。」

これで今井の目の前が啓けた。すぐに示された決戦に向け後ろに走るのが戦局の変化につながると確信が持てた。殿しんがりを置くと山を越えて越中国に入った。


寿永2年(1183)4月17日に出陣して半月の5月8日に加賀国篠原で平家勢は集結した。

「皆様方、尽力ありがとうございました。大将維盛殿の指図の下の働きで軍勢は加賀国府を越え、越中国入りして木曽勢と雌雄を決しようというところまで来ました。ここで息を入れて次なる合戦に備えていただきたい。」

大将・副将は維盛が労っている。実盛の前には侍大将が並んでいる。侍大将は現場の兵団長といって良い。だから大将達よりも若い者達だ。足利忠綱などは22歳だ。その若者にも丁寧な物腰で語る。

「越前・加賀はかつての住居。勝手知りたる、ですが越中国からは不明なところが多い。休んでいる間に向こうの地を把握し、しかる後に進み木曽勢を討つ、こうなります。」

敵方の動きを見て国境のこちらかあちらの開けた平地で10万の兵を以て一気に押し潰す。これで勝負を決める。実盛の頭の中で軍勢が動く。そこに維盛からお呼びがかかった。本陣の屋に向かう。


鎌倉である。もうこの季節から湿気の強さ、そして蒸し暑さが地中から這い上がって来る。その中で頼朝は妻、政子の膝枕で寝転んでいる。

「ここが、ですって?」

さっき鎌倉ここも蒸す所だなと言われた。確かに実家の北条家のある所は湿気を帯びている。ここも確かにそうだ。しかし山肌から豊富に湧き出る清水、この清らかさに満ちた雰囲気は無い。多分、考え事をしているのだろう。口すさびだ。

「悩んでる?」

夫は今、変わろうとしている。坂東に収まりきらない天下の将器として。よく梶原景時や連れて来る者達と談じている。蝉が皮を破り飛び立つ前の苦しみか。

「九郎殿が来られました。」

取次ぐ声が聞こえた。

「木曽とやり合う事を考えといたほうが良さそうですよ。」

源義経は開口一番言った。

「我らの相手は平家。なぜ源氏内で。」

難じるのが分かっていたように

「そりゃ、平家を追って京に木曽勢が入るなら、いつかはやり合うでしょう。」

と言った。義経には時々‘’金売り‘’吉次の手の者が来ている。そこで耳に入ることがあったのか。

「今、北陸でやり合っている途中だぞ。」

「武権がね。将一人がきちんと握れているなら平家だけれど、そうでは無さそうなので。」

「大将ではないのか?」

「どうも周りが色々と支えている様子。同じ方を向き続けられるか。そして流れが変わらなければ、、ですが。木曽は頭は義仲。はっきり見える、と。」

後から景時も来て同じ事を言った。耳が色々と通じている奴らだ。


「軍勢を分ける!?」

実盛は思わず声を上げた。維盛は自信に満ちて言った。

「大手7万はすぐに越中国に越える。搦手3万は能登国の方から越える。山の境もこれで混雑なく進める。妙策であろう。」

「大将殿、決戦を前に手を分ける事はありません。急ぐ必要もありません。木曽勢の動きを見てどちらかの平地で圧倒すれば良いのです。急ぐと数の有利を生かせない山地での遭遇戦になります。是非、ゆるり、と。」

「実盛殿!」

維盛は声を張った。

「都は勝報に沸いている。そして父、宗盛からも“凱旋を待つ”と。私がここで決めねばならぬ!」

「大将殿の軍才を良いように用いれば、自ずと勝ちは、、。」

「実盛よ。節刀を受けたはこの維盛ぞ!」

これを言われてはどうにもならぬ。実盛の軍才も見識も武権を受けた維盛が“聞く”からこそ軍勢を勝たせる中身となる。自分は大将の談じ相手ぐらいの立場に過ぎない。不覚であった。軍務に駆け回る内に同じ陣中で貴公子の周りに新たな取り巻きが出来ているのを軽く見ていた。忠度殿の渋い顔もその表れか。

「維盛殿、それでは木曽勢の動きをよく見定めて令をお下しを。せめてこの老骨も軍中で力を尽くしましょうぞ。」

「頼んだぞ。実盛殿。」


山を越えた今井が義仲と合流してすぐ一軍を渡された。

「勝つ算段が浮かんだからな。急いで呼び寄せた、というわけだ。」

目の色がひどく澄み渡っている。


白山河内、、、、石川県石川郷河内村辺り

林、、、、同上鶴来町

篠原、、、、同上加賀市篠原町


「火打合戦」

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