赤白、旗交わりて
1258年アッバース朝ペルシャはモンゴル帝国の西進の前に屈し長い歴史を終えた(「千一夜物語」によく出てくるハールン・アッ・ラシードはアッバース朝の6代カリフ)。しかし950年頃には既に帝国の大部分の支配権を失い、事実上独立勢力となった総督達から請負で送られてくる税収で国の体裁を保っていた。それでも「平安おわす都」バクダット周辺は王朝のトップ、カリフの支配が及んでいた。それが崩れたのがブワイフ朝の台頭だった。帝国内勢力だったブワイフ兄弟がバクダット周りをも勢力圏に置きカリフを保護下とするようになったのだ。これ以後、カリフはバクダットに留まり、その時々の支配勢力(セルジューク朝等)のもとに保護される権威のみの存在となった。
これは中世日本の天皇とその時々の武士政権の関わりと似通っている。源平合戦が名目上天皇治天下で争われていたようにカリフも形式上存在するアッバース朝を各イスラム王朝に保護されながらスンニ派対シーア派の調停等権威が成す役目に徹するようになる。やはりこれも従来の穀倉地帯の衰退による広域権力体(古代発)の形骸化、崩壊の例になるのだろうか?だから他の豊かな穀倉地を有する地方勢力を抑えきれなくなった、と。中世イスラムとは日本ではあまり聞かないが、イスラム史が日本ではマイナーな物だからだろうか。
関東を手に入れた源頼朝が時代の風に乗り武士の時代を確立するのも、後白河法皇が結局傍観者以上になれなかったのも個人の能力を超えた、主要穀倉地帯の活力の差。と言ったら言い過ぎだろうか。
現国旗・日の丸はこの源平の頃から日本という天下を象徴するモノとして現れ出した。それを成す太陽赤と天空澄は平家の赤旗、源氏の白旗に分かれ地を彩った。
その赤旗を靡かせて平家方、城長茂が向こうの方に見てる無勢を見ている。どうやって戦ったらよいか悩んできたが、これなら正面衝突で勝ちを得れる。
「日はすでに高いが、一揉みにゆくぞ!」
キューーーーン
鏑矢が飛び、それに応じてあちらも飛ばしてきた。どっと笑い声を挙げる。大きいもの、多いものが小さなもの、少ないものを嘲る声色が混ざる。その時だ。
そこら中の山から洞から赤い旗が次々に上がった。数えると7本。向こうで木曽勢は足を止めている。
「信濃国にも平家に合力しようという者がこれほどいるとは。」
顔が綻ぶ。赤旗達は源氏の白旗と向かい合う赤の仲間に合流せんとばかりに動き出した。山の高所にいる者、洞から出てきた者、林の茂みに佇む者、それらが木を揺らし、声を上げてやって来る。源氏の前で味方の合流があるなら相手はさぞ心が萎えているだろう。そう思った瞬間、赤旗は仕舞われ白旗が軍勢の上に翻った。歓声ではなく鬨の声が迫って来る。遠目に対陣していた木曽の大手勢もあっという間に迫り一体怒涛の勢いで平家方4万にぶつかった。
「多勢に無勢で圧倒するなら策が要るからな。」
木曽義仲はニヤリとした。信濃源氏の井上が献策してきたのだ。「赤旗を仕立てて合力を装い、相手の虚を作り出し、そこに乗じて攻めに攻め数の差を押し切る」と。
「四郎、搦手はお前が。私は大手で相手の目を引きつける。鼻先で合して、小が大を飲み込んで一気に川に向かって押す。動きを合わせろよ。」
山から坂を一気に下る、木の間の悪路を一気に進む。これは戦巧者の今井に任せるしかないだろう。
「次郎、では敵陣前で。」
あとは死力を尽くすのみ!
七手が合わさって殺到する木曽勢が城氏4万を押す。完全に気勢を削がれている武者達の目にはひたすらに源氏の白旗ばかりがひらめいて見える。無勢ながら前面左右を固められているので平家はせっかくの数が活かす事が出来ない。前方で斬り合い、組み打ち合うが多くは味方の動きに押され戦うどころではない。
「いざ押せ!いざ押せ!はや、はや!」
死力を尽くすと息は早く上がる。それまでに押し切る!義仲は休みなく軍兵を励ます。「ぎゃっ!」近づいてきた兵が乗った馬に蹴飛ばされた。
「あああああぁ!」
軍勢の後ろが次々に川に落ちて、足場の悪さで倒れ踏み蹴られる。今井も馬に乗り一段高い目線で戦場を見回している。機を見ているのだ。その耳に大音声の義仲の励ましが響く。5万近い人が入り乱れ騒いでいるこの中でも不思議に義仲の声は響いている。この声が枯れるまでに勝機を。そう思う今井の目に軍勢の怯えが感じられた。
「せいっ。」
馬を巡らせ左右のうち片側を空けさせるように向かう。
「空けろ、空けろ。ここは退かせてやれ。」
馬を乗り入れ武者を動かす。一方では益々盛んな義仲の圧力。川に押されて、落ち、倒れる平家の軍勢全体に‘’逃げ道‘’がはっきりと感じられた。同時に義仲の叫びが全軍に響く、まるでジョウロの水が傾きに導かれて流れ出すように軍が崩れ始めた。すでに城長茂は軍の維持を諦めている。ただこの混乱の中で手勢だけは纏めて無事に逃げることに専念している。バシッ!今井は斬り掛かってきた兵の顔を鞭で叩いた。もう立ち向かう軍兵は多くない。そしてそういう兵に源氏の武者が次々と打ちかかる。戦いは、もはや無駄。逃げるべし。儒教に染まった江戸時代の武士には想像できない奔放さで軍勢が‘’生きる‘’ための動きが加速する。
この中で今井は手勢と周りにいる武者達を抑えて一息をつかせた。次に何が命じられるかよく分かっている。
「四郎ぅ!敵の後ろを撃てぃ!」
義仲の檄が飛んだ。
「次郎殿ぅ!おまかせ!」
一息入れさせたのはこの一動に備えて。押し続けた者達にはもはや力は残っていない。今井の周りにはまだある。
軍勢の後ろは逃げ遅れか、まだ留まって戦おうか?と思っている者達。そこに最後の一撃を加えて完全に駆逐する。鋭くその一撃が最後尾に突き刺さった。
勝った。4万相手に木曽3000での勝利だ。
戦場には折れた赤旗がいくつも打ち捨てられている。そして武者達の死体も。その中を源氏の白旗が行く。
「まだまだ押せたな。先立って米を腹一杯食べていたから力が湧きに湧いたわ。」
義仲の声は嬉しさを隠さない。木曽の地の力が集まり成った米の霊力で活が入った魂がまだ身体の中で脈打っている。
「やはり、自ら仕掛けないとなぁ。」
今井、根井小弥太も海野幸親も頷いた。
返り血を浴びた武者たちが血の大地を行く、それを傾きかけた夕日が照らす。
日の丸とは太陽という天象を地上に降ろし、布に映し成ったと言われている。しかし一説にはもっと起源は古いとされる。人が天の太陽を映そうとした以前、まだ山に獣を狩っていた時代に仕留めた獲物の首を取り布の上に置き神に感謝をした。その時に布に血が滲んでできた赤い丸、豊穣赤に緋の丸の起源を見る論者も居るのだ。少なくとも、戦があったこの日は太陽ではなく、滴る血こそが赤を成すものにふさわしく思えた。
太陽赤と天空澄、、、、、こんな読みはもちろんしない。
大手勢、搦手勢、、、、大手(正面軍)、搦手(後備軍)。
豊穣赤、、、、prosperity red




