南都焼き討ち
平通盛、、、、教盛(清盛の弟)の子。清盛の甥。
「三井寺も南都諸寺も国家鎮護の要、それを攻撃とは。天下に平家の意のみが在ると思っておるのか。」
後白河法皇は呟いた。ようやく京に帰ってきた、と思うやのこの行動だ。あまりに早すぎてあっけに取られるばかりだった。
奈良に天魔が飛び跳ねている。平家が京に帰るや興福寺の大衆が動き出した。京に帰るのなら面倒な南都諸寺も攻められるとの予感を受けたからだ。摂政藤原基通が「思うところがあるなら、とにかく奏聞せよ。」と伝えても聞く耳を持たず、使者を出すこと数度も脅され、追われ或いは髻を切られた。それだけなら平家もやり過ごした。しかし毬杖に使う毬の大きなやつを作り、「平相国の頭」と名付け踏んだり蹴ったりしてカラカラ嘲笑うに至っては捨て置けなかった。
そこで備中国住人、瀬尾太郎兼康が大和国の検非違所に任じられて500騎で奈良に向かった。鎧兜を付けない非武装である。
「衆徒が狼藉をしてきたとしても、汝達は応戦しないようにして欲しい。武具も持たずに穏便に。」
二方面の戦いと先を見据える清盛に命じられたからである。それが殺された。60余人が清盛の意向を知らない大衆に捕まり首を猿沢の池にさらされた。もはや暴徒と化している。この所業は直ちに京に伝わり清盛を激怒させた。
「大将軍は重衡!三井寺の如く焼いてやれ!」
副将軍は平通盛、麾下4万騎が年末迫る25日、奈良に出陣した。京から奈良へ、向かう道すがら重衡は一月前のことを思っていた。三井寺へ出陣する前に「加護」を付けている。大丈夫だ。三井寺を蹂躙し焼いても何もなかった。奈良の暴徒相手でも問題はない。あとは自分の武勇、才覚のみだ。そう思っていると、王朝の鎮護を担うべき連中が暴れ騒いでいることは許せない。これを討つことは治天の為に必須だという想いが身に満ちてきた。
奈良坂を越えた。非人たちがおびえたような目で見ている。その目線を受けつつ奈良に進む。口数が少なくなってゆく。この先が防塁だ。
「平家の軍勢が奈良坂を越えたと!来るなら来い!」
東大寺・興福寺他、南都の僧兵団の士気は揚がった。奈良坂・般若寺の辺りで道が切られ、掘られ、盛られ逆茂木が植えられた。僧兵団ははなからやり合うつもりで動いてきた。上層部は手荒なことはしたくはないが、意気上がる僧兵団をどうすることも出来ない。
「どうにでもなれ、、、、。」
平家に抗する事は出来る、しかし勝ちを得る事は出来ない。最善手はぎりぎりのところでの妥協の上の衝突回避だった。平家側も南都側と積極的にはやり合いたくないから、均衡点が南都側に寄った妥協も飲んだだろう。どちらの面子も立つ。しかし成らなかった。いつでも下のいまいちものが分からない連中が騒いで衝き上げる。自分達が傷つくにしても、何かが手に入る機会とでも思っているのか?わからない。
「「「「うわっははははは!」」」」
「いけーーーー。」
「「「「おおおおおおおおおおおお!」」」」
一丈より少し低い防塁の向こうから声が押し寄せてきた。まるで突風が吹いたような圧を感じる。向こうに見える騎馬衆が矢を歩き巡りながら射てくる。とぐろを巻く大蛇が体中から毒気を飛ばしてくる防塁中から見てそう思った。
馬から降りた武者が防塁左側から集まって登ろうとしている。
「このっ!」
大長刀を振り登ってくるやつを撃つ。相手も取り付きながら刀を振るう。
「うわああああっ!」
振るった薙刀を掴まれ落とされた僧兵が叫び転げ落ちた武者の上に落ちる。左側に僧兵も武者も密集している。
「よっ!」
中央から少し右側が手薄になったと見て取った足利の某という武者が機転を利かせ、身軽に防塁を越えた。あっ!と塁内に戦慄が走った。
「足利、参る!」
ボンヤリ立っていると死だ。とにかくしゃにむに走り回り刀を振り回し、塁に乗っている僧兵の足を引っ張る。
戦い慣れている、さすが武士だ。数の不利を動きで補う。塁内の騒ぎに右側がさらに手薄になる。何人かがまた乗り越えてきた。
「せいっ!」
集団で大薙刀を振ってけん制する。隙を伺って足が止まった若武者に突きが決まった。ガチンッ!胴に音が鳴り塁傍に尻もちをつく。更に何人もが乗り越えてきた。こうなると勢いは平家側だ。とにかく武者が斬りまくり、走り回る。僧兵は集団で来るな!とばかり長物を振る守勢だ。
「おおおおおお!」
一息いれた足利某が群れから外れた僧兵に斬りかかり、兜に当たるや刀を落とし組み付いた。あっという間に上に乗ると脇差しで組み敷いた僧の首を突いた。もう組み討ちをしても邪魔はされない。次々と武者が乗り越えてきて僧兵を追い回し、斬り合っている。
「よしよし、塁は取った。すわ、進め。塁を除け。」
平重衡周りの馬廻りが進み出し、全軍が塁を越えた。
奈良坂・般若寺の防塁破れる。
僧兵団は寺院に向け退却。興福寺・東大寺辺りの南都中心部に進軍し始めた。
「そこいらの小路から飛び出してくるぞ!残らず討て!」
もうこうなると僧兵だろうが、ただの信徒だろうが女子供だろうがこちらに向かってくるものに打ちかかり殺してゆく。殺劫の道に生まれたが武士、その思いが叫びや血しぶきとともに重衡の身に染み入ってくる。軍勢の容赦なく、激しく運動する。追われ追われる信徒や女子供が東大寺大仏殿に逃げ押し寄せた。外では僧兵が戦っているが、好きに斬られ、射られ、組まれて討たれている。
「そぅら!」
武者が道が平らだと好きに馬を乗り回し、三人くらいの衆に騎馬のまま突っ込み蹴散らし、追いすがるなら馬上から打つ。なんとかやり過ごし、立ち上がった奴も後続の歩行が手綱を放し、飛びかかって仕留める。松明か囲炉裏の火か?燃え移って南都の各所を炎でなめ取り始めた。
「大仏殿をどうします?衆が籠もっているようですが。」
「火を打て。」
即座に重衡は命じた。
「そう下知します。」
何の迷いもなく触れが回る。
平家の軍勢中の播磨国住人、次郎大夫友方という者が楯を割り松明を作るとまず民家に次々と火を放ってゆく。その火が広がり周りの寺にも延焼し始めた。
「待て!国家鎮護の要!東大寺であるぞ!大仏殿を焼くとは何という狼藉かぁ!」
火矢が飛び始め、寺院の各所にも放火が始まった。僧の叫びもたちまち炎の轟々たる唸りにかき消された。
「「「「きゃあああああっ!」」」」
炎に包まれる大仏殿の中に逃げ込んだ衆は火に包まれ焼け溶けてゆく盧遮那仏を見た。こんなことが許されるのか!地獄の業火で照り出され逃げ惑う者に、なお軍勢が襲いかかる。もう、人が本来的に持つ他者への残虐性のみが集団を動かしてゆく。時折、僧兵の反撃で誰かが倒されても、すぐに周りの者が飛びかかり殺す。恐れも畏れもない。
「うわっ、こんな所にも火!」
手綱を引き進む足利の若武者が吹き出た炎に驚く。今、飛び出してきた男を横薙ぎに払った。単なる信徒か、唸っている。
「興福寺に向かっている!散っている者は集まれ!」
声を聞き、倒れている男は気にもとめず、呼ばれる方に足を向けた。
古代王朝が精力を傾け築いた南都は焼けた。やはり平家は強し。畿内はまだ固い。年末の三井寺に続く奈良への襲撃は天下へ反平家であることの恐怖を触れ広げた。しかし、何の権威も世を沈めることは出来ず、もはや平家すら天下を保つは「武」に頼り切るのみ、という想いも与えた。果たしてこの小康は保たれるのか?、




