日が沈む
「戦うことすらせずに敗走だと?いや、戦況を聞いた限り潰走だろう。」
11月8日以降、福原京に関東で負けた軍勢が続々と入京している中、清盛は言った。
「総大将の維盛は鬼界ヶ島へ流刑!侍大将忠清は死罪!」
敗軍の責を負う苛烈な罰が清盛の口から飛び出した。周りの者が慌ててとりなす。特に維盛とは違い、藤原忠清はこれまで平家に貢献してきた将ではないか。
しかし天下人清盛の目線は余人とは異なる。この戦いで再び頼朝を破り天下の揺らぎを鎮めるこれが関東出兵の目的だった。それが敗戦し関東の支配権は源氏側に移った。それ以上に天下に「平家恐るるに足らず!」という侮りが生まれた、これが痛い。胸に一物を抱く者はもはやとどまらなくなる。かく事態を招いた以上、過去の貢献は関係なし!激情にもスジが通っている。クラッ、一瞬視界が揺らいだ。
周囲は正面から当たらずに熱が冷めるのを待って温情を乞うた。ようやく目から怒気が消える。では、どうする?
「維盛は右近衛中将に昇進。」
負けて帰ってきて少将からの出世だ。どの道、平家の明日を担う貴公子。処罰がダメなら位を進めて次世代の棟梁としての道を進めさせる。「どんな活躍があってのこの出世?」といくら囁かれようが相国入道は怯まない。敗戦処理はこれで終い。後は後続の困難にひたすらに対応する!その5日後、今上である言仁陛下が新しく出来た内裏に移った。幼い身で慌ただしいことであった。
関東の源頼朝である。富士川の勝利してから鎌倉にて大庭景親を処刑。戦闘後、最初の大仕事であった。石橋山で負けてことは根に持ってはいない。しかし富士川の戦い後の態度が問題だと思っていた。平家側として参戦し、平家退却後、窮して降伏してきた、堂々と
「鎌倉は我らが祖先の地。ならば源氏側で力を尽くそうかと。」
源氏側に鎌倉権五郎の裔たる自分が来たので有り難いだろうと言わんばかりであった。
「兄は悪気はないのです、そこをどうか、、、」
源氏側に付いていた弟、景義がそう言ってきた時、思うところを伝えた。
処刑
である。景義のとりなしを弾いて畠山や千葉、上総に匹敵する有力者を帰順が遅れて、立場を弁えないと首を討つ。33歳の自分が。これで納得を得られないのなら、頼朝の歩みはここまでだ。しかし何もしないなら関東の有力者は自分をコケにするだろう。結果は同じだ。ジッと景義の目を見る。
「、、、、、、、、それは、確かに、致し方ない、、、はい。」
大庭景親処刑。あの頼朝という若造、やるぞ。反感ではなく納得が関東八カ国に広がった。これ以降、伊豆に来た流人、源頼朝ではなく、源氏の嫡流源頼朝の名が重きを成してゆくこととなった。
この富士川の戦い直後、二人の武士との巡り合わせがあった。源義経と梶原景時だ。
「もう平家の軍勢は去ったと?もっと早く来ていれば力をお見せできたものを、、、、。」
色黒反っ歯の小兵。そこにギラギラした目が光っている。後ろに控えるのは奥州よりの手勢。誰だろう?僧兵の身繕いをした者が控えている。顔が浅黒い。鬼というものが居るならあのような者なのか。あと人数の割に馬が多い一人につき数頭連れているのだろうか。
池禅尼の懇願によって救われて以来十数年ぶりに会うが「逞しくなった」お互いにそう思った。
「京に向かって進撃するときには、九郎、おまえの力が必要になる。その心積もりでな。頼むぞ。」
「兄者の期待を裏切らないように励みます。何か武技、兵法を示す場があれば良いのですが。」
確かに義経の力量をどこかで計りたい。まあ自分も馬、弓といった武技には自信がある。驚くほどのものではないだろうが。
梶原景時は前から知ってはいた。石橋山で破れ逃げている時に追手の大庭を遮り逃げ延びさせてくれた男だ。それを鎌倉入りしてから知った。その後参陣してきた。あの時、平家側についていた景時が何故自分を逃がしたかよく分からない。それとなく問うか。
「噂では貴方が大庭を制してくれたという話だが。」
「源氏の棟梁を平家に差し出して良いものかと思いまして。」
「手柄になるのにか?」
「、、、、、、。」
「何を思って?」
「武士として天下にある在り方が私の思いと違うのではないか?と。」
「惰弱ということか?」
「いえ。強い弱いではなく、結局平家は自らの率いる者達ごと朝廷に使い潰されるのではないかと。」
頼朝はじっと景時を見ている。
「いくら官位官職を占めて天下に栄えても、所詮は布位からの成り上がりとしか見られません。皇室、貴族からは一時のしのぎ場所ぐらいと見なされているのではないでしょうか。その為にある程度のモノは与えられているというぐらいで。」
すっと息を吸って、
「平家程の力や声望があるなら地を耕し、田を開き、武を磨く我ら武士の在り方を以て立つ。これが出来ると思うのです。なのに土地調停一つ公平にしない。これでは何のための献身かと、、、どうも天下国家と言われても虚しいと。」
ハッとした。しゃべりすぎた。自分の胸の中にあるものをついつい出しすぎた。しかしそれを聞く源氏の嫡流の顔は、、、、明らかに喜んでいる。
「あ、長々と、その。」
「梶原景時。是非これからなんなりと話を聞かせて欲しい。」
こんな事を言う男なのか。
「武士として、、、、それを以て立つ、、、天下にどう、、、。」
つぶやき出す。はっとしたように
「これから頼むよ?」
と言って酒と味噌が出された。どこがそこまで気に入ったのだろう。
斎藤実盛は後で清盛に呼ばれた。貴公子に責を負わす事ができないのなら、献策した自分が負うこともあるだろう。そう覚悟を決め前に出ると意外、
「この度は折角の献策を維盛が台無しにして申し訳なし。是非これからもこちら側で平家の若者たちを導いていただきたい。」
とのことであった。
「私がですか。」
「そちらの責では無い。富士川で勝つには迂回をとるべきだった。決断したのは維盛。罰するべきと思われるだろうが、しかし奴は平家の将来を担う者。より努める事で敗戦を償わせる。、、、、実盛殿、実戦の分かる貴方が支えてもらえないだろうか?」
来たばかりの武者にいきなり大任を任せるのは、やはり天下を担う器。そういう男には独特の好意を抱かせるモノがある。
「分かりました。微力ながら献身いたします。」
ふっと清盛の気が緩むのがわかる。
「富士川の戦いで貴方だけは得れて良かった。」
やる気にさせてくれる。ただ疲れているのだろう、どこか声に昏さがある。少し憩っていただきたいものだ。
福原に移ってから体調が悪い。関東の反乱以降は余計にだ。だからより気を強く持たねばならない。高倉上皇は国家安泰の祈願に席を温める暇もない。福原に来た子の言仁は今上とはいえまだ3歳。責は自分にある。その責を持つ世が乱れている。なら自分の身を惜しむべきではない!そう思い厳島神社、高野山などに出向き祈りを捧げている。
「どうか世を静ませ給え。それによりて民を安らわせ給え。」
この願いは心の底からのものだ。そして平家の世しか知らぬ自分は平家がしっかりと治天の補佐をするべきだと思っている。源氏は知らぬ。知りようもない。忙しい上皇の日々に身体と魂は必死について行っていた。
「五節之沙汰」




