Ladies&Gentleman 第1話 出会い
夏紀は殆どが女子高生の人だかりをかき分けて、校門から入ってすぐの所にクラス表が掲示されている大きな画面を桜舞い降りる中見上げた。
え~と、僕の名前は…あった。A組の21番。
「―――うわっ!!」
夏紀は突如肩を組まれ驚いた。
「よぅ、お前もAクラスか?」
身長が170cm弱ある夏紀と同じくらいの背が高い、綺麗に日が焼けた髪がショートよりのロングのほりが深い好青年がそこにいた。
「えっ?あっ、うん。『お前も』ということは君も?」
「ああ。俺の名前は『喜村勇哉』、よろしく頼むぜ?相棒?」
「あっ、相棒?」
「だろ?今年は特に少なく男子がてな、各クラス男子が2人しかいないんだ。」
夏紀がこの春入学した【私立神流学院高等学校】は1学年につき約30人の5クラスあり、例年ならば各クラス3人いる計算になるが、勇哉の言う通り今年に限って男子は少なかった。
「そっか…。それじゃよろしくね、僕の名前は原野夏紀。僕のことを夏紀って呼んでいいから、勇哉って呼んでいいかな?」
「ああ、もちろんいいぜっ!!いやぁ夏紀みたいに明るいやつでよかった、中学のころはブツブツしゃべるやつでめんどくさかったよ。」
「アハハっ!!」
夏紀も心の中ではホッとしていた。殆どハーレム状態の機会が多くなる今の時代では、数少ない男友達とどれだけ仲良くなれるかが男子の処世訓である。夏紀もうまくいかないときがあり、孤独感を身に染みたことはあったので尚更である。
「んじゃいこうか、相棒。」
「うん。」
夏紀と勇哉は人込みから抜けるべく肩を組んだまま歩き出した。
「―――是非ともバスケ部にっ!!」
「―――一緒にテニスをやりませんかっ!?」
「―――サッカー部員募集中ですっ!!」
すると突然三人の美人と言っても過言ではない女子生徒たちが、夏紀と勇哉に殺到した。この時勢では男子は女子から言い寄られることはよくあるので、夏紀と勇哉はさほど驚かなかった。
「夏紀、どれか入りたいやつあるか?」
「ううん、ない。勇哉は?」
「俺もない。―――つぅわけで通してくれや、先輩方。」
勇哉は無理矢理三人を押しのけ、夏紀は勇哉に続いた。
「そっ、そこを何とかっ!!」
「どうかテニス部にっ!!」
今のチームスポーツではある程度の規制はあるが男女混合が許可されている。つまり男子がいる方が有利なのである。個人競技は大して関係はないのだが、夏紀と勇哉のような美青年はやはりどの部活でも入って欲しいのである。
「あっ、あにょうっ!!」
取り囲む三人の美少女の向こうに、庇護欲を駆り立てる小さな小さなほわほわした可愛らしい少女が現れた。
…あにょう?
「やっ、野球部に入ってくれぇましぇんかっ!?!?!?」
……どんだけ噛んでんだよ。
その少女の叫びにその場にいた男女は思わず動きを止めてしまう。すると場が沈黙し、少女は顔を真っ赤に染め泣き出しそうになる。
「―――夏紀。」
「―――なに?」
「俺。中学のとき野球部にいたから野球部に入ろうと思ってんだけど、お前は?」
「奇遇だね、僕も野球部に入る気でいたんだ。」
するとにぱぁっと少女は笑顔を浮かべ、その小柄な体では考えられない力で三人を押しのけると二人を引っ張っていった。
「くそぅ、泣き落としがあったか…」
「「いや、違うから。」」
バスケ部を勧誘していた女子に二人は突っ込んだ。
「―――武藤隊員、よくやった。」
「えへへ。ありがとう、ふーちゃん。」
少女は肩を組み仁王立ちするクールな空気を醸し出す美人女子生徒へと引っ張った。女子の腰まである長い黒髪がなびく。
「私は野球部キャプテンの【氷室風子】だ。そして今君たちの裾を引っ張っているのは【武藤香苗】隊員だ。」
「よろしくね♪」
「あっ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
夏紀と勇哉は慌てて頭を下げる。
「さて君たちに一言言わなければならない…」
「なんですか?」勇哉は眉をひそめる。
「ロリコ―――」
「それ以上は言わせませんよっ!!僕たちはちゃんとした理由で野球部に志願したんですっ!!不純な動機ではありませんっ!!」
「…ふむ、そうなのか。それは残念だ。」
「何がだ…」勇哉は苦い顔をした。
勇哉は夏紀にナイスと送った。新しく始まる今にロリコンなどと言われてしまえば、噂好きの女子高生たちに瞬く間に根も葉も無い話が広まっていくだろう。二人は考えただけでも奮え上がった。
「―――風子先輩っ!!また後輩をいじらないでくださいっ!!」
「むっ、安達隊員。そちらはどうだ?」
「経験者を3人ゲットしましたっ!!今年は豊作ですよっ!!」
署名用の電子ボードを持った女子生徒が風子に近づいた。ウェーブがかかったセミロングに大きな瞳ときりっとし、しかも胸もなかなかボリュームがある美人だった。
ほぉ…こいつは。
勇哉は目を輝かせた。一方夏紀は勇哉はこういう人が好みなんだと知った。
「いやっ、大豊作だ。武藤隊員のおかげで、ようやく男子生徒の獲得したのだっ!!―――おっとこれは失礼した。彼女は副キャプテンの【安達麻衣】隊員だ。ちなみに私と武藤隊員と違って新2年生だ。」
「えっ!?本当に入ってくれるのっ!?!?ありがとうっ!!」
「ええっ!!一緒に野球しましょうっ!!」
勇哉はすぐに麻衣の手を掴み握手した。
「うんっ!!よろしくねっ!!―――じゃあ、名前とクラスと出身中学と投打とポジションと基本打順をここに書いて。」
「はいっ!!」
勇哉はすぐに『喜村勇哉・A組・御手洗中・左投左打・ショート・4番』と書き記した。
「―――ほぅ、これは去年全国大会準優勝した御手洗中とはなかなか素晴らしい。しかも喜村隊員は4番とは…」
「すごぉいっ!!」
「本当に入ってくれてありがとうっ!!」
風子、香苗、麻衣は賞賛した。
「いえいえ♪」
「へぇ~勇哉って凄いんだ。」
「ほらっ、お前も書けよ。」
勇哉は夏紀に電子ボードを渡し、夏紀は手にもった。
…これは一旦のを聞きたいんだよな?でもどうせいないから…、ならこれでいいか。
『原野夏紀・A組・アルテミス・左投両打・センター・1番』と夏紀は書き記した。
「アルテミス…?始めて聞くが?」
「ああ、去年まで僕アメリカにいたんです。だから。」
「アメリカかぁ~」
「でも外野手は貴重だからうれしいよっ!!ありがとうっ!!」
「あっ、いえ。」
…あれ?
「アルテミス…どっかで…」
一方、勇哉は考えこんだ。
「―――なぁ夏紀、アルテミスって有名だったりするか?」
「いや、たいしたところじゃない所だよ。」
「…そうか、悪かったな。」
「ううん、気にしないでいいよ。」
「では、とりあえず君たちは野球部へと迎えいれよう。なので君たちはホームクラスへと行くがいい。新な仲間が待っている。部活は放課後来たまえ。」
「分かりました。勇哉、行こう。」
「ああ。」
二人は校舎入口へと向かった。
「―――喜村くんはなかなかの掘り出し物だね、即戦力になるよ。」
「そうだね、まぃちゃん♪」
と麻衣と香苗はボードを見ながら言った。
「…いや、原野隊員もなかなかの…いやかなりの掘り出し物なのかもしれないぞ。」
「えっ?」
「ふーちゃんどうして?」
「喜村隊員が賞賛されているにも関わらず、原野隊員は全く怖じけなかった。これは自分も賞賛され慣れているからだろう。」
「…ですけど、原野くんは『たいしたことない』って言ってましたよ。」
「謙虚そうな原野くんだ、そう言ってもおかしくない。…まぁ、放課後の練習試合でそれを確認するとしよう。その真偽をね。」
風子は不敵に笑った。
◇◆◇◆◇
体育館で行われている入学式は淡々と進む中、夏紀と勇哉は隣に座る生徒すら聞こえない小声でずっと話していた。
「いやぁ~【エレメンティスト】は最高だね、受験のときも思わず観てたよ。」
「勇哉は『ラスト・タスク』はやってるの?」
【エレメンティスト】とは、最近若い世代で流行っているアニメのことである。世界設定は現代とさほど変わらないが、精霊を操る能力者『エレメンティスト』が闊歩している世界でとある普通の青年が希少性が高い【風】の能力者となり、戦いに巻き込まれる在り来りのアニメである。
また『ラスト・タスク(Last TASK)』とは【エレメンティスト】の完全体験型のゲームで、自らがエレメンティストの世界に飛び込み、【エレメンティスト】となって《任務》を達成していく、シュミレーターの精度がかなり高くなった現代ならではのゲームである。パソコンの高い情報処理能力のおかげで、約100000000000通りの技が創れるため『廃人ゲーム』とも認知されている。
「受験勉強の気晴らしだからそこまでやり込んでないが、ある程度ならできるぞ。まぁそもそも『タスク』は男なら誰だってやってるし、ヒーローになるのは【男のロマン】だしな。アメリカにもあっただろ?」
「確かにあったけど、人がいっぱいで諦めたよ。あっちの人気は異常だからね。」
「なら今度連れてってやるよ、穴場があんだ。」
「えっ!?ホントっ!?!?」
「ああ、かなり荒んだ場所にあるから昼間しか行けないが。―――おっとおっかない先生がこっちを見てる、静かにすっか。」
「…そうだね。」
勇哉は目線の先には、無勢とこっちを睨んでいる女教師がいたので二人は会話を止めて檀上を見上げた。
「―――では、最後に生徒会長の【氷室秋子】さんからのお話です。」
―――氷室…?
空中に浮かぶ画面に風子と瓜二つの女子生徒が映り、新入生に微笑んだ。
確かキャプテンの名前も氷室だった…よね、もしかして姉妹なのかな?
秋子はニッコリを笑い、ゆっくりと口を開いた。
「―――皆さん、こんにちは。新生徒会長の氷室秋子です。今日から由緒正しき神流学院に入る皆さんはこれから楽しい日々が送るでしょう。しかしその中には必ず苦しいことがあります、悲しいことがあります。ですが皆さんは絶対に逃げてはなりません、それはそれが皆さんの【糧】となるからです。生徒会はその【糧】を皆さんにより得てもらうために、できるだけ手助けすることをここで誓います。…皆さん、実のある学院生活にしましょう。―――以上で話を終わります。」
簡潔だが、実にわかりやすい秋子の言葉にその場にいた生徒・教師は惜しみない拍手を送った。
―――いい学院生活になりそうだ。
◆◇◆◇◆
教室に入ると女子特有の香りが充満していた。しかし夏紀と勇哉は慣れたもので、全く怖じけづかずに席を探した。
「おっ、席が真隣じゃねぇか。こいつはさらに仲良くなれっつぅこったな♪」
「アハハっ!!そうだね。」
夏紀は窓側、勇哉は廊下側の席に座った。
「夏紀ってアメリカにいたんだよな?」
「うん、凄いバッターがいっぱいいたよ。」
「へぇ~凄いな。日本もなかなか強いやつがいたぜ。」
「まぁこの前のW.B.C.の時も決勝で当たるくらい日本とアメリカは強かったからね。野球しに行きたいとも思ったし、日本人だから日本の学校に通いたいとも思っていたし、日本に来れてよかったよ。」
「―――へぇ~、君ってアメリカにいたんだ。さゆリン、羨ましいよっ!!」
人懐っこそうな茶髪の天パの女子が夏紀の席に座ってきた。
「でも修学旅行でアメリカと京都のどっちかだから行くかもしねぇから行けっかもな、俺の名前は喜村勇哉。んで、相棒の原野夏紀だ。お前は?」勇哉は簡単に自己紹介をした。
「うちは【長谷川早百合】、親しくさゆリンって呼んでくれたまえヨ。」
「…わり、俺はパス。」勇哉はやはり恥ずかしいので丁重に断った。
「それじゃあ、僕はそう呼ぶよ。さゆリン。」
「いやぁアメリカ帰りの『なつキン』はフランクでいいネ♪」
「なっ、『なつキン』…」
夏紀は早百合の独特の言い回しに苦笑した。
「……なぁ、長谷川。」
「なんだい?ゆうヤン。」
「―――お前、三谷中の野球部にいなかったか?確か…、『1番・レフト』。」
「えっ、さゆリン野球してるの?」
「―――いやいや【東のミスター】に名前を覚えてもらっているなんて、さゆリン狂喜乱舞だヨっ!!」
早百合は勇哉と無理矢理握手し、ブンブンとふった。
「三谷中の中でお前だけのバットはかなりいい音していたし、バックホームの球も凄かったからな。お前とは組んでみたいなって思っていたんだよ。」
「うっわぁっ!!神流に入ってよかったヨ…」
早百合は泣きマネをした。
「…【東のミスター】?」
「おっと、なつキンは知らなくて当たり前かだよネ。中学野球で【東のミスター】と【西のミス】っていう二人の名打者がいて、で、ゆうヤンはその【東のミスター】なんダっ!!」
「へぇ~、やっぱり勇哉って凄いんだ。」
「まぁ、凄くないと言えば嘘になるな。」
勇哉の言葉に三人は笑った。
「いっよぉぅっ!!ゆかリンとななミンではないか。」
「―――さゆちゃん、もう仲良くなったんだ。」
「―――…さすが。」
教室の前の出入口から二人のクラスメートが早百合に声をかけた。
ゆかリンと呼ばれた女子生徒は、夏紀たちと同じくらいの女子にしてはかなり背が高い。しかし威圧感がないのは大人しそうだからか。
一方。ななミンと言われた女子生徒は、対照的に背が低く、視力矯正手術が普通に行われている現代ではかなり珍しいメガネをかけている。
「いやいや、ゆうヤンとなつキンが同じ野球部だからサ。流石の私も緊張もんだヨ。」早百合は照れた。
「―――僕の名前は原野夏紀、相棒の彼は喜村勇哉。二人共々よろしくね。」沈黙しそうになったので夏紀はすぐに自己紹介を始めた。
「よろしくぅっ!!」勇哉は早百合にテンションを合わせて言った。
「―――私の名前は【山江ゆかり(やまえゆかり)】。趣味はアロマで、部活はバスケ部に入る予定、よろしくねっ。」
ゆかりは優しく言った。
「―――…名前は【二階堂奈々(にかいどうなな)】。趣味は写真、部活は新聞部。…よろしく。」奈々は一通りいうと、メガネのフレームを摘まんだ。
「…もしかして、そのメガネってカメラを内蔵してる?」
「…えっ!?マジでっ!?!?」
勇哉は夏紀の言葉に驚いた。
「ぉおっ!!なつキン凄いゼっ!!一発で当てやがったヨっ!!」
「夏紀くん、よく分かったね。」
「……………驚いた。」
「アメリカにいたとき使ってる所を見たからね。でも人に断りなく撮るのははっきり言って頂けないな、人によっては不愉快に思う人がいるから気をつけた方がいいよ。」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………気をつける。」
「うんっ♪」
夏紀の心からの優しい笑顔を見ると、4人には夏紀の回りに花が咲いたかのように思えた。
「…ねぇ、夏紀くん。」
「なに?ゆかりさん。」
「―――【女殺し】って言われたことがない?」
「……………なんで知ってるの?」
夏紀はゆかりの凄みのある顔にたじろぎながら言った。その言葉にやっぱりと4人は零す。
「そっ、それにしても同じクラスに2人も野球部員がいてくれるなんて助かったよ。」夏紀はすぐに話題を転換しごまかした。
「そうか?普通のやつでもある程度は事情は分かるだろ?」
「でもプロ野球の話とかついてこれないじゃん。」
「それもそうか。」
「―――なつキン一つ間違ってるよ。」
「えっ?」
「Aクラスに野球部は4人サ、ほらあの子…。」
早百合は指差す。
その先には一人黙々と読書をしている可憐な美少女がいた。緩やかにウェーブする綺麗な銀髪が腰より少し上にまでかかり、端正な輪郭と均整がとれた瞳、そして大人な雰囲気の中唯一乙女らしい甘いピンク色の唇。まるで名画から生まれたような完璧な美しさを纏っていた。しかし今まで二人を気付かせなかったのは、流れる小川の中あるのが当たり前と言わんばかりの小鳥の態度だからか。
「うお…超美人じゃねぇか…」
「…………まさかあの子が野球部って言わない…よね…?」
夏紀は【あの女神】が、あの激しい戦いの中にいることが信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「そのま・さ・か、だよん。一昨日様子見にここのグラウンドに行ったんだけどネ、あやヤンはキャッチャーでもういたよ。」
「しかもキャッチャーっ!?」
「マジかよっ!?」
二人はジロジロ見ないようさっさと目線を戻した。
よりにもよって一番危ないポジションを…? ―――でも、この子には無理そうだな。
「ちなみに名前は?」
「…【綾小路彩音】。多くの銀行を束ねる綾小路グループの令嬢。一貫生。特技はピアノと野球。座右の銘は『戦いに勝つは易し、勝ちを守るは難し。』」勇哉の質問に奈々はすぐに答えた。
「やっぱり令嬢さんか…つぅか、それ何の言葉?」
「20世紀頃に活躍していた、名捕手かつ名監督の『野村克也』さんの言葉だよ。」
…骨の髄まで捕手なんだ。
「―――というか奈々ちゃんよく知ってるね。」
「…私も一貫生だから。」
「へぇ~。」
一貫生とは【神流学院中学校】からエスカレートして高校に入学した人をさす。通常の高等学校は一貫生が一般生より授業が進んでおり別のクラスにするのだが、神流学院高等学校は入学試験を他の学校よりも高校の内容を入れ難し、高校から入ってきた生徒も同じクラスにしている。
「―――うぉ~すっ、席につけ。ガキども。10秒以内に座らなかったら反省文5枚だ。」
「うおっ!!やばスっ!!」
名簿でぽんぽんと肩を叩きながら入ってきた、傍若無人な態度の女教師の言葉に生徒たちはわらわらと席についた。
「―――うぅ~し、全員席に座ったな。いい子だ。先生はいい子が好きだぞ?…さて、今日から貴様らのお守りを担当することになった【木ノ下碧】だ、ありがたく思え。ちなみに数学を教えていて、野球の顧問だ。だから呼ぶときは木ノ下先生か監督だ。それ以外は認めん。私のことについての細かいことは聞きに行い。ここで言うのは面倒だからな。以上。」
鋭い目付きに、短い黒髪がさらに気が強さを表した。
とんでもない人が監督なんだ…。
夏紀と勇哉は内心ひくついた。
木ノ下はもう一度見下すように教室を見回し、再度口を開いた。
「…さてと。自己紹介云々は後でやるとして、今日やらねばいかんことは『委員を決めること』だ。とりあえず学級委員は…綾小路、お前がやれ。」
「はぁ…またですか。」
彩音の綺麗なソプラノボイスが教室に響く。
「ああ。監督命令だ。」
「はぁ…相変わらず傍若無人ですね。―――学級委員は二人ですから、もう一人を私が決めてよろしいですか?」彩音はゆっくりと机の間を通り、檀上にあがる。
「いいぞ。誰にする?」
「―――窓側に座っている男子、あなたにするわ。」
………えっ?
「つまり…僕?」
夏紀は目を丸くして自分を指差す。
「ええ。あなたにするわ。檀上に上がって書記をして。」
「はっ…はい…。」
堂々とした彩音の態度に夏紀はいそいそと前へ出る。彩音の言葉に教室はざわめいた。
「あなた、名前は?」
「…原野夏紀です。」
「そう。いい名前ね。…では、委員を決めます―――。」彩音は黒板と自動連動する教卓に固定してあるボードに夏紀が書き込む準備ができたのを見て言った。
「―――あっ、あのっ!!」
ゆかりが手を挙げた。
「なんですか?やりたい委員があるならまず名前を言って―――」
「いやっ、違うんです。」
「…なんですか?」
「あっ、あの…出来れば夏紀くんを選んだ理由を知りたいんだけど…。」
ゆかりの言葉を皮切りに、生徒たちがどうして選んだのかとわーわーっと騒ぎ立てる。
―――パアァン…
教室に名簿がたたき付けられた音が響く。
「…黙れ。五月蝿い。」
木ノ下のどすが利いた声に生徒たちは一瞬にして沈黙する。
「…綾小路。理由を言ってやれ。じゃないとまた騒ぐからな。」
彩音は木ノ下を一瞥し、口を開いた。
「…彼が『野村克也』さんを知っていたからよ。」
「…はっ?」
勇哉は思わず言ってしまった。
「私の座右の銘を聞いてすぐに『野村克也』さんを連想させるほど、彼は『野村克也』さんを知っている。だから仲良くなれそうだと思ったの。…いけないかしら?」
これが今後球界に伝わる【原野夏紀】と【綾小路彩音】の出会いであった。
このとき、夏紀はこの出会いに将来感謝することを知らなかった。