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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第四章 然して舞曲は奏でられる
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第21話 ダリアン・ポーカー③

   ○○○

 ミミさんのみ裏を向いてことにより、中央(センター)のチップ3枚がミミさんの手に渡った。

 これにより中央のチップは残り11枚。

 俺の所持しているチップは6枚、ミミさんが13枚となった。


「もし仮にゲームが決した際にお互いのチップが同数の場合、ゲームの勝者はどうなります?」

「? その場合はゲストであるブルース様の………………、ああ、なるほど」


 俺の何気ない問いの意味を察してくれたのか、ミミさんは仮面の奥で不敵な笑みを浮かべる。

 そしてその事実を、見ていた客達も理解していた。


「ほお、この展開はなかなか…………」

「あの青年、やってくれたな。ここに来て()を作り出して来た」

「実質的に次が最後の勝負になりそうですわね」


 ()と来たか、確かにその言葉は言い得て妙だ。

 この状況を説明するのなら二つのことが挙げられる。


 一つ、ミミさんが裏を出したこと。これにより仮に次のゲームで裏を出せば表を出すしかできなくなる。

 二つ、中央の残りチップが11枚になったこと。これで俺にも逆転の可能性が現れたのだ。


「もしここで俺が9を出せば俺のチップは15枚になる。そして貴女が残り2枚のチップを手にしたとしても15枚。貴女が裏を出したとしてもその次のゲームで同じ状況になる」

「そしてチップが同数の場合の勝者はブルース様となる、と…………」

「そういうことです。俺の悪運がどこまで通じるか試してみましょう」


 長らく運否天賦とは無縁の読み合いを繰り広げていたが、ここに来てようやく純粋な『賭け』をすることができるのだ。

 賭けの内容は至ってシンプル、引いたカードの数字が9以上なら俺の勝ち。それ以下の数字が出た場合は俺の負け。


 最高だ、とても気分が良い。ここに来てようやく自分のやりたいことがやれたのだから。

 今に思えばここ最近の悪運は俺の平穏を翻弄し続けたのだ。このぐらい都合の良い展開が来ても罰は当たらないはずだ。


「第七ゲーム。俺から引かせてもらいますよ」

「ええ、どうぞ」


 あとはこの積み重なったトランプの束の中からカードを引くだけ。

 さあて悪運よ、たまには気持ちよく勝たせてくれよ?


「こい…………!」


 絞り出すような声と共に山札の上からカードを捲る。

 全ての時間がこの時だけ遅くなる。その光景は騎士小説において忌まわしき巨狼に最後の一太刀を浴びせる騎士のように。或いは悲劇の別れを経験した恋人と再会したかのように。

 まるで物語の中へ没入したかのような透き通る感覚だった。


 そしてその透き通る感覚は続く。

 物語よろしく示し合わせたかのようにコインの表裏が決定され、澄んだアルトボイスと共につばの長い帽子が引き上げられた。


 一方のコインには綺麗な薔薇の装飾が向けられ、もう一方のコインには丸い円を囲うような茨の装飾が施されている。

 それぞれ薔薇の方は表面を、茨の方は裏面を示している。

 そしてトランプ、開かれた運命のカードの中には。


「スペードの10………………、俺の勝ちだ」


 スペード(騎士の証)が10個、そこに確と刻み込まれていた。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 激闘の終わりを告げた瞬間。

 その静けさはまるで夜明け前の暗さと見間違うかのようで、歪でありながらどこか神懸かった整然さを覗かせていた。


 誰もが喋らない、誰もが音を立てない。誰もが目を見開き、誰もが固唾を飲み込み、誰もが掌の汗を握り潰す。


 開かれたカードとコインを見つめながらひたすらに静止するその光景はまるで一枚の絵のようにすら見えてくる。

 いやはや、賭け事に芸術を見出すとはまったくもって風刺的な一枚だ。


「おい、これって………………」

「ええ、あの犬族(ワングス)の青年がマスターに勝ちましたの」


 静寂を破る男の声、続く女性の声がゲームの結果を露わにした。

 一人が話し始めたらもう止まらない。雑多などよめきがホール内に木霊しただひたすらに反響する。

 そんな困惑が渦巻く中、ゲームが行われたテーブルに座っていたマスター………………ミミさんが立ち上がった。


「紳士淑女の皆様、ご覧の通りでございます。こちらの青年がスペースの10を出したことにより10枚のチップを獲得。その結果わたくしの獲得したチップは13枚。青年のチップは16枚。そして中央(センター)の残りチップは残り一枚となりました。これにより今宵の幸運を手にしたのはこちらの青年となりました! 勝者の彼に割れんばかりの拍手を!!」


 言明された勝者を告げる一言。そこから先は分かりきったことだろう。

 このホールに居合わせた八人の客は万雷の拍手を打ち鳴らした。今回のゲームで俺に賭けてた者達はより一層激しく響かせている。


「さあさあそれでは改めまして。今宵の薄明の館をどうぞ思う存分にお楽しみ下さいませ!」


 打ち鳴らされた喝采より大きなミミさんの声により、今回の余興が締め括られたのだった。

 そう、これはあくまでも『余興』。本番はこれから始まる。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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