第6話 ただ燃え上がる
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故人資料館第四資料室。
散乱した資料屋で紙をめくる音が連続して聞こえて来る。
「ジャミィ・ドゥ・アシッド…………違う」
わかっていたことだが、この膨大な資料の中で目的のものを見つけるのは困難を極めた。
一応『レインデイ・ドゥ・ワルツ』が亡くなったのが十三年前というのを知っていたので、それを当てにして探していてはいたが、それでも毎年ダリアンで亡くなる人は俺の予想を遥かに超えていた。
「ラムク・シャンドゥ…………違う、ルイス・ショーマン…………これも違う」
そんな感じで資料室の中の本棚で探し始めて三十分の時が経ってしまった。
幸いなことにまだ俺の侵入は発覚していないようだが、時間が経てば経つほどに危険は増していく。とはいえ目的のものを手に入れる機会は今しか無い。
俺は暗闇の中で目を凝らしながら必死になって探し続けた。
「レインデイ・ドゥ・ワルツ………これも………、あっ」
そうしてその名前を見つけた。
概要の最初に『ブラノード・ドゥ・ワルツの奥方』と書いてある。これで間違い無い。
「よし、あとはこれを持ち去るだけだ」
ファイルに留められた資料を取り出そうとする、その時だった。
ふと資料室の外から何者かの気配を感じた。
「………………ッ!!」
反射的に懐に隠したナイフに手を伸ばす。
館内の巡回か、もしくは小火に気付いた警備が犯人を探しているのだろうか。
理由はわからないがもうここに長居する必要は無い。俺は気配を殺しながら目的の資料を手に取る。
(よし。気配はもう無い、この隙に脱出………………ん?)
ふとした違和感が俺の語感を刺激した。
この故人資料館は建てられてから百年以上もの間このダリアンに在る由緒正しい歴史的木造建造物の側面もある。
その材料は遥か昔からこの国の建築に使われた『ケンボク樹』という樹木で、鼻を利かせれば爽やかな自然の匂いが今でも香るのだ。
それなのに、今この建物にはむせ返るような焦げ臭さが香っていたのだ。
そして耳をすませてみれば『パチッ、パチッ』とまるで地面に石を打ちつけたような刺激音が聞こえて来る。
「この匂い…………まさか!」
部屋の扉を蹴破るようにして外へ出る。
そこに広がっていたのは一面の赤。茶色い木造の廊下を無慈悲に焦げ黒に染める炎が広がっていたのだ。
その燃え広がる様はまるで真昼の太陽そのもの。全てを飲み込まんとする勢いのままに俺へと向かって侵攻して来ていた。
「早く脱出を………!」
踵を返して先程侵入した窓ガラスへと向かおうとする。が、そこはすでに火の手の餌食となっていた。
囲まれた、意思の無い暴力に。そこから逃れる術はもはや存在しない。
「クソッ!!」
絶対絶命。そう諦めかけたその時だった。
包まれている炎の奥から人影が見えたのだ。
見間違いか、それとも陽炎による幻覚か。その正体はまるでわからなかったが、その人影が指差した先が今の俺には重要だった。
「あそこだけ、火が小さい…………」
崩れた柱に邪魔されて火の手が回るのが遅れたのだろう。その場所だけ炎が燃え広がっていなかったのだ。
そしてそこには出口へと繋がる窓があった。
「考えても仕方ない!」
一心不乱にその場所へと駆け抜ける。
途中で降り掛かる火の粉の痛み、黒い煙を吸ったことによる呼吸の乱れ、周囲に聞こえる不快な雑音。
俺はその全てを乗り越えると、そのままの勢いで窓ガラスを突き破った。
「すぅーはあー!! すぅーはあー!!」
そしてこれでもかと言うくらいに大きな深呼吸を繰り返す。瞬間、新鮮な空気が全身を駆け巡り、黒煙によって傷付いた器官を癒していく。
そして俺が四回目の深呼吸をした時だ。故人資料館が『ドオオン』と大きな音を立てて崩れ去ってしまった。
「あ、危なかった…………」
あのまま残っていたら無事では済まなかった。
まあ、火の粉のおかげで所々火傷してしまったが、なんとかあの地獄を無事に脱出できたのだ。
心の底からの安堵と共に、生き残れた感動に胸を撫で下ろす。
しかし、俺の苦難はまだ始まったばかりだった。
「おい、そこのお前!!」
「え?」
それはこの故人資料館の門の前に立っていた警備の者だった。彼は頭の耳をピクピク震わせながら俺を睨み付けている。
「お前を放火の現行犯で逮捕する!!」
「…………は?」
瞬間、警備の持つ槍が俺の右足に向けて突き出された。
俺は左足を軸に回るように突きを躱しながら声を張り上げた。
「ご、誤解だ! 俺が放火するなんて…………」
「それならなんでこの建物か出て来た! お前が侵入して火を付けたからだろう!」
ぐうの音も出ない正論だった。
確かに側から見れば俺が放火犯だ。しかし俺はそんなことやっていない。侵入の罪で捕まるのなら仕方ないが謂れのない罪で捕まるなんて真っ平ごめんだ。
それに一つ気になることも出来た。
ならそのために俺はどうするべきか。………………分かり切った答えだ。
「どけぇっ!」
「なっ! 待てぇ!」
俺は警備を押し除け、未だ燃え続ける故人資料館を背に逃げるのだった。
この一件がダリアンの歴史に刻まれる陰謀の序章だったと言うことを、今の俺は知るよしもない。




