第5話 故人資料館(ライブラリ)
○○○
ダリアンでは貴族個人の情報を手に入れるのは難しい。
情報を手に入れるための間口が狭いというのもあるが一番の理由は『貴族の秘匿性』だろう。
元来貴族というのは秘密主義だ。それはかつて大昔に人間族にこの国を支配されてきた時代に起因する。
支配者である人間族の支配を打ち破るため、貴族達は互いに『沈黙の儀式』を交わし、結束を深めたと言われている。
その名残が現代まで続いて、今の秘密主義になった。
この国の黎明期ではその子供の誕生からその命が没する瞬間まで、その人物に関する全てが黒いカーテンが覆うようにして秘匿されていた。
とはいえそこまで徹底したやり方が、現代で通用するはずもなく、貴族の秘密主義というのは徐々に変化し最終的には廃れていった。
しかしダリアン十二貴族となればその話は変わる。
十二貴族の存在は国の行末を左右させる、それは後継者である子供やその親も例外ではない。もしその身内が賊の手に掛かればどうなるか、その先を想像するのは容易だろう。
故に十二貴族当主やその身内の情報は今でも徹底して秘匿されている。
だがどんなものにでも例外がある。それはその人物が亡くなった時だ。
この国には一つのきまりがある。『死者は身分に関係なく等しくアルアンビー家の門を潜れ』というきまりだ。
ダリアン十二貴族序列第三位『アルアンビー家』は古くからこの国の『葬送儀礼』を一手に担っている。
死者の魂が安寧と共に生まれ変われるように、毎日のように訪れる悲しみをあの世へと送り出しているのだ。
その対象は『ダリアンに生きる者全て』。
貧民街で野垂れ死んだ者からベッドの上で安らかに亡くなった者まで、全ての人間が等しくアルアンビー家の聖火に包まれるのだ。それはダリアン十二貴族であろう覆せない。
さて、ここで先程言った『例外』の理由を語ろう。
アルアンビー家には亡くなった人物を送る際に、その故人に関わる情報をできる限り収集するという風習がある。
これは初代アルアンビー家の当主の『亡くなった者のことを記録に残し、私達の心の中で永遠に忘れないようにしたい』という想いから行われているらしい。
大概はその人物の名前と職業、好きな食べ物程度の情報しか集まらないが、その対象が貴族となるとその内容も多くなってくる。
アルアンビー家はダリアン十二貴族の第三位の序列だ。いくら貴族が秘密主義だとしても自身より遥か上の権力者には逆らえない。
そんな経緯があり、アルアンビー家にはダリアンの古今東西、様々な貴族の情報が保管されているのだ。それこそダリアン十二貴族の情報でさえも。
つまりアルアンビー家の故人資料館には俺の知りたい貴族の情報が隠されているということだ。
長くなってしまったが、これから俺のやることはもうわかっただろう。
アルアンビー家の故人記録館に潜入。ダリアン十二貴族序列第十一位当主であるワルツ卿の亡き奥方、『レインデイ・ドゥ・ワルツ』の情報を盗み出すのだ。
○○○
外に晒した頬が赤く染まる夜。
ダリアンの国の北西に向けて歩みを進めるとアルアンビー家の統治する街、『エリア・シュウ・クリーム』に到着する。
この街が愛する芸術は『園芸』。柔らかい土に美しい花、水々しい果実の匂いが香る自然と文明が両立した街だ。
今は夜も更けて見えないが、真昼の明るい時に訪れれば満面に広がる緑景色が俺を出迎えてくれただろう。
だが今は自然に心を浸らせる暇は無い。俺は目的地に向けて柔らかい茶色の大地を歩いて行く。
この街は『青果区画』と『花卉区画』の二つに分かれている。今俺が歩いているのが主に主に果物を栽培している青果区画だ。目的地であるアルアンビー家の故人資料館は花卉区画にある。
「もう収穫した後か。ラギアンさんがこの景色を見たら一心不乱に筆を走らせて綺麗な風景画を描くのかな。…………まあ考えても仕方ないか」
そんなことをぼやきながら歩いて行くと徐々に土壌の道から舗装された堅い道へと足の感触が変化していく。花卉区画だ。
この区画は観賞用の花を栽培するのに特化している。そのため青果区画とは違いレンガ造りの綺麗な家々が並んでいる。
日中なら活気の良い声が響いていただろうが悲しいことに今は夜。聞こえて来る声とすれば冬の寒さに怯える鳥の鳴き声ぐらいだ。
そして冬の寒い夜道を出歩く者はいない。それは後ろ暗い者にとっては好都合な展開だ。
「……………………あった」
しばらく花卉区画を歩くと目的地が見えて来る。
両脇に蝋燭灯の置かれた門があり、塀に囲まれたその奥には大きな木造の堂々とした建物が立っていた。
故人資料館。この国で亡くなった者の第二の墓場であり、アルアンビー家の持つ力の象徴でもある場所だ。
「さあ、やるぞ」
ふうと呼吸を整え建物の裏手へと回る。
当然ながら門の前には警護の者が守っている。わざわざ面倒事を増やす必要は無い。
「ハッ!」
そうして裏手へと回り込み建物を囲んでいる塀を飛び越える。騎士団の訓練で鍛えた跳躍力なら余裕だ。
さて、敷地内に侵入した。ここまで来たらこっちのものだ。
「窓は………………あった」
建物の側面に掛けられた窓ガラス。当然ながら鍵は閉まっている。
俺はこういった建物への侵入は穏便に痕跡を残さずに行う。それが最も安全なやり方だからだ。
だかこの場所はダリアン十二貴族の所有する建物。警備は厳重だし、ラプソディ家の時のように秘密の地下通路なんて物も存在しない。
正攻法で行くのは困難だろう、そんな時にはどうするか?
………………その答えはまったくシンプルだ。俺は懐からナイフを取り出す。
「おりゃ!」
そして窓ガラスの枠に向けて思いっきりナイフを突き立てた。
キンッという軽い小さな音が響き渡りガラスにヒビが作られた。立て続けにもう一撃加えるとヒビはさらに大きくなり窓ガラスは静かに割れてしまった。
「面倒な扉を開ける時はこの手に限る。小火の鎮火は任せましたよ、ロンド卿」
さあ、幸運なことに故人資料館の入口が開いてくれた。このまま中に侵入してさっさと情報を集めようか。




