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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
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幕間 物語の兆し

   ○○○

「ここはこれでよいな」



 貴族、取り分けダリアンという国の舵取りを担う十二貴族には大きな責任とそれに見合うだけの権利がある。序列の低いワルツ家の当主でもそれは変わらない。



「鉱山からの報告は………………、ふむ、銀鉱の採掘量は変わらずだが質にばらつきが出始めたか。鉱床の発掘頻度の調整と質による仕分けを行わせなければな」



 そして貴族だからこそ、こなすべき公務の量は膨大になる。

 日々の書類仕事から始まり、管理する鉱山からの報告の確認、採取された鉱石の割り振りと管理。商人との商談に鉱石の輸送用馬車の手配と運搬ルートの確認、その他諸々。

 最近では国の情勢を見極めるための情報を集めることも彼の仕事となっている。



「おっと………………いかんな、少し目眩が………………」



 しかしながらそれだけの力を持つ者であっても腕と足は二つ、そして思考すべき頭は一つしかない。

 故に一人だけで全てに対応するのは限界の極み。公務をしている時のワルツ卿は常に崖っぷちの際に立つような状況だった。



「旦那様、マリアンです。昼食と紅茶をお持ちしました。アシュバルトからの手紙を預かっています」


「入れ」



 そんな忙しない彼の下に一人の来訪者が訪れる。

 扉の奥から聞こえた声に短く返事をすると、扉が開いて侍女長が部屋へと入って来る。

 その手には片手で食べられるようにとサンドイッチが盛り付けられたプレートと食事には欠かせない温かい紅茶、そして一通の封筒が握られていた。

 そしてマリアンは慣れた手付きで手に持った物を順にワルツ卿の前へと配膳し、ワルツ卿も一息つくようにして目の前に置かれた紅茶を口元で傾けた。



「…………ブルーベリーのフレーバーか」


「ベリーの風味は疲れた眼を優しく癒します。旦那様はここ最近眼を休ませていなかったようでしたので」


「そうだな。感謝しよう」


「ありがとうございます」



 束の間の休憩時間の傍らにワルツ卿は昼食のサンドイッチを食べ、マリアンはその光景を無言で見つめる。

 静かな書庫にて、紅茶を啜る音とサンドイッチの咀嚼音が小さく響き渡っていた。

 そうして五分しないうちに昼食を食べ切ったワルツ卿は口直しのために再び紅茶を啜った。



「ふう…………」


「空いたお皿を回収します」


「ああ。…………さて」



 そうしてワルツ卿はマリアンから渡されたアシュバルトからの手紙の封を開いて中を伺った。

 そこには筆者の生真面目さが伺えながらもどこか急いた筆跡でこのような内容が書かれていた。



『前略、先に購入した銀鉱について、大きさ質共に最上の代物であり研究者が喜んでいた。感謝の意を示させてもらう。


 先日送られて来た貴方の手紙は拝見させてもらった。何やら我々の研究している魔術について知りたいと言うことだそうで。

 この話をある魔術の研究者に話したところ、彼女は二つ返事………………訂正する、返事もせずにそちらへ向かう用意を整えて向かわれてしまった。


 彼女のことだがらどうせふらふらと寄り道をしながら向かうことになるだろうが十日もしない内にそちらへ到着することになるだろう。

 彼女はかなりの気まぐれな人間だ。くれぐれも気をつけてくれ。

 無駄に終わるかもしれないがワルツ殿の平穏を祈らせてもらう。


 アシュバルト統括理事長 ハイロード・レイズ』



「何故だ…………!」



 その内容を見た瞬間、ワルツ卿の眉間に皺が浮いて来る同時に大量の脂汗が流れ始めた。

 手紙の送り主の言葉を信じるならその魔術の研究者とやらが何日もしない内にこのダリアンへ訪れる事になることを想像したからだ。



「マリアン…………!」


「はい、なんなりと」


「至急この屋敷の客室を一部屋、そして客をもてなすための食材を整えておいてくれ。最上の賓客を迎えることになる」


「かしこまりました」



 苛立ちを浮かべるように頭の耳をピクピクとさせながらも、的確な指示を侍女に告げる。

 そして指示を受けた侍女はすぐさまに扉を開いた、のだが。



「旦那様」


「どうした」



 扉を開けたというのに出ていくこともせず、振り返ってワルツ卿へと顔を向けた。

 口元をそわそわしながら、落ち着きの無い様子。もしワルツ卿の娘が見てしまったらその変わりように大声を上げてしまうだろう。



「あの…………」


「…………いつものか?」


「はい、四日後にお願いします」


「わかった、調整しておく。しかし賓客を迎える準備は整えておくように」


「もちろんです」



 二人の短い言葉で交わされているそのやりとりからはどこか長年連れ添った仲のような厚い信頼が彼らに垣間見える。

 そうしていつもの侍女長に戻ったマリアンはペコリと一礼して部屋を去った。


 

「………………」



 ワルツ卿は扉が閉じたのを見届けると、再びペンを持って己の公務と向き合うのだった。





   ○○○

 時同じ頃、大劇場前の広場にまるで人形のように可憐な少女と燕尾服の似合う風雅な老紳士の二人が仲睦まじく歩いていた。



「じいや、次はあそこへいこう。このまえおねえちゃんに教えてもらった美味しいお菓子があるらしいの」


「慌てないでくださいお嬢様。怪我をされては旦那様が心配されますぞ」


「いいもん、お父様はあたしのことなんて心配しないのよ。いつも仕事ばっかり」


「お嬢様……………、旦那様もお忙しいのです。心内ではお嬢様を大切に思っているはずです」



 少女はつんと唇を尖らせながら自身に構ってくれない父親に対して悪態をついた。

 まだ幼い彼女にとって、父親の苦労を知る術は無い。いつか知ることになったとしてもそれを受け入れられる保証も無い。

 少なくとも今言えることは、少女が一番に敬愛している人物は父親では無いということだろう。


 そうして自由気ままに街を散策していた時だ。ある小さな舞台が少女の眼に留まった。

 それは先日の演劇祭にて使用された仮説劇場で、先に言った彼女が一番に敬愛している人物の晴れ舞台だった。



「おねえちゃんの演技、かっこよかったなぁ…………」



 その言葉と共に少女は先日の思い出へと浸り始めた。


 それは演劇祭よりも前、少女が父親の言い付けを破り街へ繰り出した所から始まる。

 屋敷から抜け出したところまではよかったのだが、箱入り娘であった少女はすぐに迷子になってしまった。そんな時に出会ったのが『おねえちゃん』だ。


 色々なお話しをして、ソーセージを食べ、即興演劇を楽しんだ。おねえちゃんと共に街を歩いた時の記憶は少女の宝物だった。

 そんなおねえちゃんが演劇祭の舞台の上に立っていたのだ。


 彼女の演技の拙さを知っていた少女は不安に思った。だがその不安はまるで嵐のような勢いで吹き飛ばされることになった。



「『オーホッホッホ! 下女よ、今宵もわたくしが訪れたわよ! 盛大に歓迎なさい!』………おもいだすだけでも感動しちゃう」

 


 格段に上達したおねえちゃんの演技を見て少女は心打たれた。そしてどんな困難なことでも乗り越えれる事を知った瞬間だった。

 おねえちゃんみたいな立派でキラキラした人になりたい。そんな憧れを少女が抱くのも仕方ないことだ。



「いつか、おねえちゃんみたいなかっこいいレディになるわ!」


「お嬢様、待ってくだされ。ご老体を労ってくだされ…………」



 そうしておねえちゃんから『ソルちゃん』と呼ばれていた少女は今日も演劇の街を自由気ままに歩き回るのであった。



「なんや、あの嬢ちゃんえろう元気そうやな。ま、ちびっ子は元気が一番か。さーて、さっさと仕事の準備するか。こっから忙しくなるでぇ!」



 その光景を街の精肉店の店長は朗らかな様子で見ていたのだった。





 

   ○○○

 ダリアンには古くから使われていた地下通路が存在する。

 かつての侵略者の眼を掻い潜るために造られ、その両手を広げても余りあるほどに広大な地下通路は国を憂いる獣達の魂無き味方としてその役割を全うした。


 しかしそれも遥か昔の話。現在のダリアンにその存在を知る者は一握りの権力者のみであり、街の芸術を愛する者たちは知る由もない。


 そんな薄暗い通路の奥。ヒカリソウの緑光も届かないほどに黒く染まったところに、一つの煤けた玉座が鎮していた。

 この場所に似つかわしくも無い玉座には一つの影が座しており、影の目の前には一人の人間が跪きながら影の言葉を待っているのだった。



「………………どうだ?」


「準備は八割完了しました。あとは時と、そして貴方様の回復のみです」


「そうか、お前は本当に有能な奴だ」


「勿体なきお言葉です」



 影…………どこか爛漫ながらも厳粛さを思わせる声がこの地下空間に響き渡り。人間…………若い女性の声がそれに跪きながら応えていた。



「しかし………………我々には標すべき火種が足りない。松明の無い暗闇の中で人は歩くことができない。暗闇は我々の自由を縛る鎖なのだ、暗闇はその場に足を留める忌まわしき魔力があるのだ。だから必要なのだ、進むべき火種が…………」


「………………して、私はどうすれば?」


「火を……………我々の進むべき場所の標べの火を灯しに行って来てくれないか? もちろんそのために必要な力をくれてやる」


「………………かしこまりました」



 その時、影の手の中で紫色の光がキラリと輝いた。

 そしてパラパラと何かを捲る音が鳴り響き、パタリと止まった。



「これを使え。さすれば火種は灯るであろう」


「はい」



 女性は影から淡く光る何かを受け取った。



「さあ、あの傲慢な貴族達に知らせてやろうではないか。この尊い芸術の街は我々のものであるということを」



 二人はゆっくりと立ち上がって胸元に握り拳を置きながらこう呟いた。



「"より良い一日のために"」


「より良い一日のために」



 暗闇の奥深くで、その確かな声が木霊した。


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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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