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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
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第32話 終劇

   ○○○

 ロンド演劇祭が終わりを迎えた次の日。

 俺は闇市の元締めである貴族を捕まえて衛兵隊へ引き渡し、今回の件に終止符を打った事を騎士団長のニコロへと報告していた。



「アハハハハ、そんなことがあったんだ! いやぁ、そんなに面白いことがあったのならボクも見に行けばよかったなぁ」


「笑い事ではありませんよ。危うく友人の一人に危害が及ぶところだったのですから………………」



 俺の報告にニコロはからからと見た目相応の元気な笑い声で応えた。

 相変わらず騎士団長らしからぬ型破りな態度だ。まあその肩書きに見合う力があるので反論もできないのだが。



「まあ何はともあれクレンのおかげで闇市の摘発とその元締めを捕縛できたんだ。これは騎士団長として何か褒美を上げないと他の隊員に示しがつかないなぁ。まあ今は上げられる物が無いけど用意しておくから少し待ってくれよ」


「………………ええ、褒美はありがたく頂戴します」


「うんうん、それでいいよ。ここ数日は苦労の連続だったからね」



 苦労の連続。まさにその通りだ。

 ラプソディ家への潜入から始まり、闇市の首謀者の追跡、そして演劇祭の舞台での一幕。今回の騎士団の任務は全てが一筋縄ではいかない出来事だった。

 それに加えて黄昏の家の皆と演劇の練習もあったのだ。その苦労の後は今でも身体に染み付いている。


 でも、それに見合うだけの成果もあった。



「それで、『ワルツ家の方』はどうなのかな? ここ最近忙しくてあまり情報を集められなかったりするのかな?」



 ニコロがニヤニヤとイタズラっ子がやるような笑みを浮かべながら問いかけて来た。

 その内容は『ワルツ家がダリアンを裏切る』というのを調査すること。当然本来の任務の事は忘れてはいない。



「一つだけ、有力な手掛かりを見つけることができました」


「へえ、良いね。それで?」


「………………ですがその手掛かりを得るために必要なモノがいくつかあります。まず今回摘発した闇市で保管されていた書類とそれに付随する貴族の情報を下さい」


「もちろんいいよ。他には何が欲しいのかな?」


「………………ある人物へ宛てた大劇場の招待状を一通」


「わかった。それも用意しよう」



 ニコロの返答にニヤリとほくそ笑んだ。我ながらそれはもう悪い顔を浮かべていることだろうな。

 ここ最近は少々小綺麗な任務が多かったが久々に『俺』がやるような小汚い事をやることになりそうだ。

 まったく、これで子供の頃に憧れていたハートの騎士の背中がまた遠ざかる事になるようだ。悲しいことにな。



「それでは俺はこれで失礼します。手掛かりを得た際には追って報告をしますので」



 そうして頭を下げ団長室を後にしようとしたその時、いつもとは違う感じの燃えるような熱い視線を背中に感じた。

 その視線の主は当然ニコロ。いつもと違うのはその熱さにはどこか嬉々とした感情が混ざっている事だろう。



「あのクレンの硬かった態度がそれなりに柔らかくなってボクも嬉しいよ。何かきっかけとかあったのかい?」


「…………特にはありませんよ。強いて言うなら飲み仲間のおかげです」


「アハハ、クレンにそんな友達が出来たとは知らなかったよ。これは妬けちゃうなぁ」


「…………失礼します」



 嫉妬など微塵も感じない視線を浴びながら団長室を後にしたのだった。

 さて、ここからが忙しくなる。任務のため、ひいてはダリアンのために頑張らなくては。

 





   ○○○

 雲が揺蕩うこの時間、街の一角に設営された小さな舞台の周りには沢山の人達がひしめき合っていました。

 皆の表情は、まるでフルコースのメインディッシュを待つゲストのような期待と興奮に満ちています。


 そしてその視線を釘付けにしているのは舞台の上に立つ二人の淑女。

 一人はバイオリンを握りしめているまるでお姫様のような華美な衣装を身に纏いながらもまだまだ幼さが垣間見える少女。顔に緊張の色を塗りながらも、その眼には確かな自身とある種の喜びの感情をキラつかせています。


 もう一人はみすぼらしい衣装ながら端正な顔立ちの女性。少女とは違ってこの舞台には似つかわしくない格好ですが、その立ち振る舞いには見る者を魅了する優美さと整然さ、例えるなら真冬の湖に降り立った白鳥のような美しさが伺えます。


 二人が動き出すのを観客達は今か今かと待っていました。

 舞台の外で奏でる騒々しい沈黙は波紋のように広がり、この辺り一帯にまで響き渡っています。

 そしてついにその時は訪れました。



「……………………はっ」



 タン!


 その音こそ白鳥が空を飛び立つ合図。

 同時にバイオリンの低く緩やかな音色が引かれたのです。


 タン(響かせ)タタン(跳ねて)タタン(跳ねて)、━━━━タァン(舞い降りる)


 舞台で奏でるバイオリンの音色とステップのハーモニー。

 まだまだ拙いバイオリンに合わせて響く足音のリズムは、楽しげながらもどこか去っていくような寂しさのあるメロディを紡いでいました。


 これはエンディングソング。

 今宵の夢の終わりを告げる別れの一曲です。



「…………………………」



 紡がれる一節一節に深い意味は無いでしょう。

 しかし舞台とは己の心の内を表現する場です。そして最後を飾るこのエンディングソングはその集大成と言っても過言ではありません。

 今の二人はこの舞台の上で言葉だけでは表現できないものを奏でているのです。



「……………………ぃ」



 ですがそれでも終わりの時は訪れます。


 ━━━━タァンッ!


 勢いよく引かれたバイオリンの音色と一層大きく響かせたステップによりエンディングソングは終わるのでした。


 そして終わり迎えた二人に向けて空の奥まで届くぐらい大きな拍手が送られます。



「………ぉ………………ぃ」



 この拍手こそ、この私達の舞台が成功を収めた証拠です。

 これで私達が今回の演劇祭の主役になるのは間違いないでしょう。


 この感動、まさに歓喜の極み!

 ああ、このまま白鳥のように大きく翼を広げて空へと飛び立てそう。

 今の私に止められる存在など一切ありません。さあ、今こそこのダリアンに広がる大空へと………………



「おーい、レイちゃん起きろぉ!」

「ふえっ!?」



 飛び立とうと広げた翼は夢の終わりと共に露と消え、慣れ親しんだ香りが私の鼻を刺激します。



「も〜、頬杖付きながら寝ちゃって〜。あ、涎が垂れてる!」


「まあ、演劇ばかりで疲れたんだから仕方ないよ。俺もまだ身体がバキバキするし」


「ふん、たかだか従者を演じた程度でこれとはな。若造がだらしない。………………はぁ」 


「そう言うじいさんもぐったりしてるじゃないか」



 素敵な音色を奏でていたバイオリンや大空へ羽ばたくはずだった翼は影も形も無くなり、私の手には少しだけ飲まれたミルクのコップが握られていました。



「ゆ、夢………………でしたの? あの舞台の喝采は………………」


「舞台? 結果はあれじゃん、努力賞」


「努力賞………………?」



 そう言いながらベルリン様はカウンターへ雑に放っていた一枚の賞状を私に見せるのでした。


 そこにはこう書いてありました。

 『努力賞。貴方達の舞台の健闘を認め、頭書の結果に表する』と。


 そして思い出しました。先日の演劇祭にて私達『黄昏の時間』の舞台は観客の皆様の熱狂とは裏腹にその結果を奮わせることができなかったことに。



「は〜あ、せっかくならもっと良い結果残したかったのにな〜、努力賞はないよ〜」


「自惚れるな。舞台劇なぞ評価される方が稀、むしろ素人同然のわしらが何かしらの賞をもらえただけ儲けものと考えろ」


「そうなんだけどさ〜」


「いやぁ、俺としてはあんなトラブルがあった後に最後までやれただけでも満足だよ」



 落ち込むベルリン様を窘めるヴォリス様、そしてホッとしながら肩を撫で下ろしているラギアン様。

 皆様は丸いテーブルを囲いいつものようにお酒を片手に取り留めのない会話を繰り広げています。

 それこそまさしく私の過ごしている日常の景色そのもの。慌ただしい日々から帰って来た証拠でした。



「………………あぁ」



 その景色にまるで巣へと帰って来た小鳥のような安心感が私を包み込んでいます。


 本当に心地良い感覚です。これ以上の安心などこの世界には無いと感じるほどに。



「皆の者、少し良いでござるか?」


「う〜ん、どうしたの?」



 そうして日常の帰還という感慨に心を浸らせていた時、マスターがワインボトル片手にテーブルへと近づいて来たのでした。



「つい先日、この稀少なお酒を手に入れたのでござる。せっかくの機会、皆で努力したのを祝って一つ乾杯でもどうでござるか? レイ殿はこのぶどうジュースでござるけどな」


「お、いいねいいね!」


「ほお、そいつを飲めるのならわしも付き合おう」


「やろう、それぐらいのご褒美は欲しいよ!」



 皆様かなりの乗り気のようです。

 もちろん私もこの乾杯には賛成です。しかしお祝い場あと一人、この場には足りません。



「あの、ブルース様は?」


「そういえばブルース君はまだ来てなかったね〜。そろそろ来ると思うんだけど………………」


「すみません!」



 その時でした。酒場の扉が開かれたと同時にブルース様が汗で顔を濡らしながら慌てた様子で現れたのでした。

 乱れた服装と黄緑色の髪が乱雑に跳ねているのを見るに、かなりの苦労を重ねていた事が察せます。



「騎士団の方が少し忙しくて遅れてしまいました!」


「噂をすれば影でござるな。ささ、ブルース殿も一緒にやろうではないか」


「え、あ、はい?」



 困惑するブルース様を他所に私達は各々グラスを持ってお互いに顔を見合わせました。



「で、誰が音頭を取るんだ?」


「そりゃあベルリンさんじゃないの?」


「あ〜、私こういうのは苦手だからさ〜。レイちゃんお願い」


「………………わかりました」



 目を閉じてこの数週間を振り返ります。

 ベルリン様の提案から始まったこの出来事から、私達は一つの目的に向かって努力を続けました。

 演劇というものを学ぶことから始まり、演技の練習をしたり、自身の芸術のあり方を見つけたり。努力の過程において様々な経験を積み重ねました。

 その結果は満足の行くものではなかったのでしょう。ですが過程で得た経験は結果以上の何かを今手にしている実感が私にはあります。


 だから私は言いましょう。この素晴らしい舞台の最後を締め括る最後の台詞を。



「皆様、本当にお疲れ様でした。………………乾杯!!」



 『乾杯!!』

 皆様の声が重なると同時にチンッと小気味良いガラスの輪唱が打ち鳴らされます。

 その音はエピローグを飾る最後の一幕、カーテンコールの終わりを迎える合図です。



「美味い!」


「ぶどうの優しい風味が喉を透き通っていて美味しいですね」


「うむ、良いものだ…………」


「はあ、お酒を美味しく飲める皆様が羨ましいです」


「レイ殿が成人した時は拙者が良いお酒を繕って上げるでござるよ」


「あはは〜、一仕事した後の一杯はやっぱ最高だ〜」



 こうして私達の見るも楽しく聞くも楽しい愉快痛快な喜劇の舞台劇は騒がしく幕を閉じたのでした。


 おしまい。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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