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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
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第31話 混迷極めた即興劇(エチュード)

   ○○○

『芸術を観る者は"理解不能"というものに心を躍らせる。理解の範疇を超えた存在というのはただそれだけで尊いものへと昇華するのだ』



 これはダリアンの有名芸術批評家が残した言葉です。

 私がこの言葉を聞いた時、心の底からの感銘と納得の感覚が湧き出たのを今でも覚えています。


 しかしながらこの言葉には足りない文言があるのです。

 芸術、少なくとも演劇においてはこの一言を添えさせていただきます。


(な、なんでブルース様が…………?)


『理解不能というのは当事者の思考を大いに掻き乱す』と。



「ふぅ…………ふぅ…………、騎士め、いい加減しつこいぞ!!」


「それはこちらのセリフだ! 早く投降しろ!」



 私の目の前にはまさしく理解の範疇を超えた状況が巻き起こっていました。

 唐突に舞台へと現れた不審な男とそれを追いかけて来たブルース様が大きな声で言い争いを繰り広げていたのです。

 その様相はまるで野原で追われる獣と追う獣。まさに生きるか死ぬかの瀬戸際のように映っていました。



「ちょ、ちょっとなんだよ…………、なんでブルースが…………」


「え〜…………どうしよ、これ」


「………………」



 当然、舞台の上にいる私達はその光景に絶句するしかありません。

 これはまさしく不幸な事故そのもの。演劇の素人である私達はそれを立て直す術を知りません。そしてそれは私達以外の存在もそうでした。



「おいおい、いきなりハートの騎士が変な集団と一緒に登場したぞ」

「これも劇の一部なのか? いやでも観客を割って現れるなんて………………」

「他の演者もなんか言葉失ってるし、大丈夫なのか?」



 観客席の方からも不安と困惑の入り混じったどよめきが聞こえて来ました。

 仕方のないことです。まさか演者が謎の男達と共に観客席を強引に割り入って登場する舞台なんて前代未聞なのですから。



「……………………ふん」

 


 これでは今までのストーリーは破綻。私達の『劇団・黄昏の時間』の初公演は失敗へと終わる……………………はずでした。



「あ、貴方は…………」


「なんだそこの老人。私に何か言いたいことがあるのか?」



 忘れてはいけません。

 この舞台の上にはかつてのダリアン文学界の栄光を欲しいままにした偉大な作家がいるということに。



「何故貴方がここに………………まさか、あの女を無理矢理手に入れようと貴方自ら兵を率いたというのですか!?」


「はあ?」



 そのまるで気取ったような台詞はヴォリス様の口から発せられました。その声色は今回の演劇に登場するヴァイデルハン・コンコの声そのものでした。



「なんという………………まさか約束の日を待たずして戦争を起こそうとするとは!」


「おい、一体何を言っているんだ」



 唐突に並び立てられる台詞に貴族の男性は困惑の色を浮かべていました。

 それと同時に私はヴォリス様の意図を完璧に察することができました。

 これはつまり『この男性を物語に引き摺り込め』ということでしょう!



「お、お父様のお金だけじゃ飽き足らず下女一人のために戦争をしようとするなんて……………………ひ、酷すぎますわ」


「くっ、レイチェスよ、無能な父を許してくれ………………」


「貴様ら、さっきから何をわけのわからないことを…………」



 貴族の男性の言葉は最後まで続きません。観客席からの歓声がその言葉を遮ったのです。



「マジか、ここで貴族の登場かよ!」

「予想外の展開だ!」

「秘密の任務ってそういうことかぁ」



 最初こそ小さな歓声でした。しかし一度灯った炎は大きくなるだけ。予想外の展開という風により舞台の炎は最高の勢いと共に空へと昇るほどに燃え上がるのです。



「き、騎士様、まさか貴方は全てを読んでいたのですか!」


「なんというお方。ラフィースは感服致しました…………」


「えーと………………そ、そうだ、この男こそ全ての黒幕なのだ! この男さえ倒せば全てが解決する!」



 ここまで来れば他の皆様もヴォリス様の意図は気付くことでしょう。


 そして物語の変遷は此処に成りました。

 さあ、後は騎士の剣によって全てを解決するのみです。



「テイラーよ、剣をここに」

「はい」



 ハートの騎士は従者から剣を授かり、その鞘を開くとその切先を貴族の男性へと向けます。

 煌めく銀色の輝き。それは夜空に昇る星々よりも輝いて見えました。当然レプリカなので刃はありませんけどね。



「民を領主をそして一人の女性を苦しませる貴族よ。覚悟しろ」


「何をわけのわからないことを………………お前達、さっさとコイツらを始末しろ!」


「へ、へい!」



 そうして激しい戦闘が繰り広げられることになりました。

 複数人の護衛の男達が激しい雄叫びと共に剣を振り下ろし、ブルース様が迫り来る刃をことごとく捌く。

 甲高い金属音が一つ、また一つと響き渡るたびに観客席から興奮の歓声が木霊しハートの騎士の力と成りました。



「私は夢を持つ者を守るもの。それを妨げる者に我が剣は決して負けない。たとえ貴族であろうともな」



 そして倒れ伏す男達の中心で、剣を大きく掲げながらハートの騎士の決め台詞にて戦闘は決着するのでした。

 同時に万雷の拍手が私達の舞台へ向けて贈られました。


 ああ、やはり演劇というものは良いですね。皆が物語に浸り楽しむ。まさに最高の芸術………………



「貴様らぁ、調子に乗るなよッ!」


「ちょっと、離して!」


「…………ベルリン様!?」



 感動に浸るのも束の間。大きな怒号と叫び声が舞台の幕引きを妨げるのでした。

 そこには男達のリーダーである貴族の男性が舞台袖にてベルリン様を拘束してその首元にナイフを突き付けていたのです。



「ふぅ…………ふぅ…………いいか、それ以上動くとこの女を殺す!」


「………………貴方は」


「女ぁ、動くなと言ったぞ! 騎士もだ、さっさと武器を捨てろ!」


「……………………わかりました」



 人質という下劣で卑怯な鎖によって縛られた私達はなす術もなく従うしがありません。屈辱です。

 ですがここで感情的な行動をしてはベルリン様の身に危険が及ぶことになります。



「………………いいか、私がここから離れるまで一歩も動くなよ。お前達の姿が見えたらこの女は取り返しのつかない事になるからな!」


「ぐっ………………」



 私はギリっと歯を擦らせながら舞台袖から離れる男を眺めることしかできません。

 心の奥から沸々と湧き出る激情に身を任せたい。しかし動けない。



「まったく…………いやはやまったく」



 そんな時でした、舞台袖の奥からまるで夜の暗闇の中を羽ばたくコウモリのようにぬるりと……………、今の今まで舞台の脇で一人物語を語り紡いできたお方がため息と共に男の背後へと現れたのです。



「拙者は平穏を尊ぶ者故、無益な争いには参戦しなかったのでござるが………………」


「なっ!?!!?? 貴様、いつからそこに…………」


「大切なお客を人質に取られては黙ってはおられないでござるよ…………っと!」



 それは一瞬の出来事でした。

 ふわりと空気が揺れると同時にマスターの姿が露と消えてしまいました。

 まるで最初からそこにいなかったかのような現象にこの場にいる全員の思考が硬直しました。



「お客は返して貰うでござる」



 そして次に現れた時には悪徳貴族に捕まっていたベルリン様がその拘束から抜け出しマスター様の腕の中へと引き込まれ舞台の脇へと移動しておりました。

 その様を言葉にするのなら大空を駆ける抜けて過ぎ去る突風の様。

 まさしく芸術の域と言えるほどの妙技。その光景に私達は釘付けになるのも仕方ないことでしょう。



「なっ、何が…………?」


「今だ!!」



 しかしその一瞬が悪徳貴族の命運を分けました。

 ブルース様がマスター様の妙技に釘付けになった隙を付いて悪徳貴族を見事に取り押さえたのです。



「クソっ! は、離せ!」


「大人しくしろ!」



 もがいてももがいてもその力が緩まることはなく、最後には貴族も諦めたようにへたり込むと、両手を拘束されるのでした。



「………………おい、幕引きの語りをやれ」


「あ、そうでござる。………………コホン。遠からん者は音に聞け、近くば寄って眼にも見よ! このコンコの町を蝕む悪党はハートの騎士によって見事に討ち倒されたのでございます! さあさあこれにて一件落着! お立ち寄りの皆様、割れんばかりの拍手をハートの騎士へと!」



 マスター様の竹を割ったような透き通る声を合図に、観客席から大きな拍手が鳴り響きました。

 こうして理解不能の展開を迎えてしまった舞台は紆余曲折ありながらも見事に大団円へと幕を閉じることになったのでした。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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