第24話 微笑みの狂詩曲(ラプソディ)⑤
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意味不明。話を聞いた俺が最初に頭に浮かんだその言葉には懐疑と侮蔑の感情がふんだんに盛り込まれていた。
「ぷぷぷぷ…………まあ歴史についてはこんなものさ」
「ハルミオンに勇者に魔王…………?」
滅ぼされた王国に魔物を統べる魔王、しまいには勇者と来たものだ。
銅貨の三枚程度の価値の稚拙な小説…………いや、銅貨で売れたのなら儲けものと言わざる終えないほどにお粗末な話だ。人を小馬鹿にしたような口調で語られる話は結局は小馬鹿な内容ということだろう。
だが、だがしかし。そんなお粗末な話でも根拠があれば話は変わる。現に今夜の俺はその一端を目撃してしまった。
故に信じざる負えない。この意味不明とも言える昔話を。
「ぷぷぷ…………話が長くなったけど君の質問に答えようか。『魔術とは一体何なのか』ぷぷぷぷ…………そして『現在の魔術はどれほど発展しているか』だったね」
ラプソディ卿は自身の猫耳を指で遊ばせている。その態度は余裕に満ちていた。
「ぷぷぷ…………一つ目の質問は先程語った通りだ。ある王国が創り出した繁栄の象徴であると同時に王国を滅ぼした忌むべき禁忌さ。二つ目の質問についてだが、ぷぷっ…………その答えは君の真上にある」
「真上?」
「ぷぷ…………そう、真上さ、ぷぷぷぷっ…………」
そう言って彼女は遊ばせていた指を天井へ向けた。
指の先には、この部屋全体をまるで昼間の太陽のように照らしている『何か』があった。
何かに対して目を凝らして見てみる。わかりやすく言えば長方形の透明な板だ。そこから白い光が発せられている。だがその奥、白い光の中に混じって見えたものにこそ、答えが記してあった。
「虹色の光…………まさか!」
「ぷぷぷぷっ…………そうこの虹色の光こそ可視化した魔術! この部屋は魔術によって照らされているのさ!」
この事実に言葉を失ってしまう。
この光をあえて名を付けるのなら蝋燭灯に準えて魔術灯というべきか。この部屋は魔術灯によってずっと照らされていた。
これの意味することは貴族じゃない俺ですらわかる。
「これほど力を持っているのか…………」
今俺の中ではとんでもない衝撃が走っている。まるで壁に頭を思いっきり打ち付けたような感覚だ。こんな強い光を生み出せるなんて、まさに神の所業としか思えない。
「ぷぷぷぷ…………そうさ、いずれ今の大通りを照らしている淡い蝋燭灯の光は魔術という新たな光に打って変わるだろう」
「………………なんで、なんで貴女が魔術という恐ろしいものを知っているんですか!」
「ぷぷぷぷっ…………それが『三つ目』で良いのかなぁ?」
「ッ…………!」
血が昇って熱くなっていた頭が一気に冷めていく。
そうだ。今の俺がやるべき事はわけのわからない技術の真相を聞くことよりも任務を全うすることだ。
それと同時にあの情報屋が何故ラプソディ家に手紙を届けさせたのか、その理由が理解できた。
「質問を変える。『ロンド家の領地で開かれている闇市』についての情報が知りたい」
「ぷぷぷぷぷっ…………」
蛇の道は蛇。貴族の悪行が知りたいのなら貴族に聞くのが手っ取り早いということだ。
こんな回りくどい方法、あの女が好みそうなやり方だ。まったく忌々しい。
「よろしいですか?」
「ぷぷ…………正解だよミスター・ロンリーナイト。君はあくまで一介の騎士にすぎない。ぷぷっ…………魔術がどうだのなんて、こんな頭が固い人間がする話よりも君は今の必要なことの話をするべきだよ」
ラプソディ卿はそう言って俺の答えに満足したように笑うとカーテンを繋いでいた紐を力いっぱいに引いた。
シャーと川の水が流れるような音を響かせながらこの部屋の全貌が明らかになっていく。
「な………………!」
開かれたこの部屋の全貌。それは『情報の壁』だった。
部屋の壁に貼り付けられているダリアンの都全体を写した巨大な地図の上には数え切れないほどの情報がこれでもかと記してあった。
ある貴族の習慣にしている行動ルートから、昨今注目されている音楽家が頻繁に出没する場所、大手商会会長の家族構成や今後の戦略、果ては悪徳貴族と商人が交わした裏取引の証拠に至るまで。
ありとあらゆる情報がこの地図の上に赤裸々と載せられていた。
「な、なんだこれは…………」
「ぷぷぷ…………質問は三つまでだよ。ま、少し待ってなよ、すぐに見つかるよ、ぷぷ…………」
ラプソディ卿は茶化すような笑みを浮かべながら地図に書いてある情報を探している。
そうして二分程経った時、地図に貼り付けてあった一枚の書類を剥がして俺に向かって差し出した。
「これがお望みのものだ、受け取りなよ」
「………………ええ」
差し出された書類を受け取りこれで任務は完了、もうここにいる理由は無くなった。
「それじゃあ私はこれで失礼しますよ」
そしてラプソディ卿に背を向けながら扉に手を掛けたその時、俺の肩を誰かが触れられた。
振り返らなくても肩に触れた人物の正体はわかる。
「…………まだ何か?」
「ぷぷぷぷっ…………気に入ったよ、ミスター・ロンリーナイト。ワタシは君のことが気に入った」
「…………だからなんだと言うんですか? 気に入ったから私をここに閉じ込めるとでも?」
「ぷぷっ…………急かさないでくれよ。ワタシは君のことが気に入った。だから君に借りを作っておこうと思うんだ」
「借り?」
今のラプソディ卿の瞳は濁るような水色…………まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように残酷で純真な輝きを発している。
そしてこの瞳の奥から発せられるこの焦がすような熱。まるで騎士団長と見違うほどの熱さじゃないか。
「ぷぷぷぷ…………、後日使いの者に届けさせるよ。それまで楽しみにしていてくれ。ぷぷぷ…………」
「…………ええ、それでは失礼しますよ」
俺はそう言い残すと逃げるようにして部屋を後にした。
騎士団長にラプソディ卿。どうやら俺は心を焦がすような真っ赤な『熱』を持った人間を惹かせる何かを持っているのだろう。悲しいことにな。
「とんだ才能だ」
騎士は魔の潜む屋敷を去り、夜の帷へと溶けたのを最後に狂詩曲はフィナーレを迎えるのだった。




