第14話 ハートの騎士の冒険譚
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『ハートの騎士の冒険譚』は三つの長編と何十もの短編で構成される冒険物語だ。
『勇者の剣』という遥か西の果てにある宝を探して欲しいという女王の命を遂行するために、若き騎士であるマシャル・ハートとその従者の少年テイラーが共に様々な場所を冒険し、その途中で立ち寄った街や村で巻き起こる事件や住民の悩みを解決するというのがこの『ハートの騎士の冒険譚』という物語の主な概要だ。
この物語の特徴はなんと言ってもハートの騎士のかっこよさにある。
弱きを助け強きを挫くという言葉を体現した人物であり。悪行をなす盗賊や魔物、果てには国の王ですらその持ち前の気骨さと、類い稀なる剣の実力で解決し静かに去っていく。
まさしく真の騎士と言っても過言ではないほどにその姿はこれでもかと輝きを放っている。これを見て彼に憧れない男子が居たら教えて欲しいぐらいだ。
そして俺もその例に漏れず、この素晴らしい騎士の冒険を間近に見て、騎士という存在に憧れてしまった者の一人だ。
演劇祭の余興とはいえ、憧れの騎士の物語を演じれるというのは多少なりとも心が躍るものだ。
「さあテイラー、町が見えて来たぞ。今日はあそこで腰を落ち着けるとしよう」
ヴォリスさんの書いたハートの騎士の冒険譚の戯曲の登場人物は主に五人いる。
主役であるハートの騎士に従者のテイラー。騎士は俺が、テイラーはラギアンさんが演じることになった。
次に敵役である街の悪徳貴族とその娘。貴族はヴォリスさん、娘はレイさんが演じる。
そしてヒロインである町娘をベルリンさんが演じることになった。
ストーリーとしてはとある宿場町で町娘が町で圧政を敷く悪徳貴族に連れ攫われてしまい、娘にあれやこれやと嫌がらせをされる。それを見かねたハートの騎士が悪徳貴族を成敗するというかなりシンプルな内容だ。
だが物語の中で様々の人物の心情が露わになり、誰が善で誰が悪かという葛藤が生まれるという観客の感情を二転三転させる中々心に訴えかける話だ。
さすがヴォリスさんの書いた作品だ。これには思わず大きな期待で胸を膨らませていた…………のだが。
「マシャル様。あ…………えーと、この町には、町には………」
「この町は一体どのような食べ物があるんでしょうかね」
「こ、この町は一体どのような食べ物があるんでしょうかね?」
ラギアンさんはセリフを上手く覚えられずしどろもどろな言葉を溢し。
「さ、さあご覧なさい。この男のぶ、無様な姿を! ま、まま、まるで雨に濡れたぶ、ぶたのように情けない姿だわ!」
レイさんは緊張のせいか、セリフを噛んだり息が荒くなってしまったりし。
「ああ騎士様! 勇敢で逞しい騎士様!! 哀れなラフィースをこの忌まわしき檻から救い出してくださいませ!!」
ベルリンさんは舞台をやれるという高揚感からか場面の状況と演技の雰囲気がまるで合っていなかった。
「…………酷すぎる」
と、まあこのような様である。
何度も言うが俺達は演技のえの字も知らない素人だ。こうなる事は必然とも言うべきことだろう。
だがそれでも実際にそれに直面するとなかなかクるものがある。声を荒げなかったヴォリスさんを褒めてあげたいほどだ。
ああそうだ。この物語にはもう一人の大事な登場人物がいた事を忘れていた。
ハート騎士の冒険譚は語り手も重要な役だ。
展開をわかりやすく説明し、我々読者が理解しやすいように情勢や用語を解説してくれるこの物語にとって無くてはならない大事な存在なのだが。
「さあさあ皆の衆よご覧あれ! 青々とした平原を渡り歩くかの白銀の胸当てを当てた勇ましき男に一人の少年! 名をマシャルとテイラーと言うそうで、一つの使命を心に遥か東へ東へ旅する一向なり! 前途多難とは彼らのためにあるように。山を越えれば魔物に追われ、谷を越えれば町の揉め事に巻き込まれる始末! はてさて今回はどのようなものに直面することやら、何はともあれハートの騎士の冒険譚、始まり始まりィィ!」
黄昏の家のマスターが気風の良い声を酒場の中に響かせた。
俺達五人は自分の演技だけで手一杯。そこで語り手の役はマスターにやらせることになった。
何やら色々訳の分からない単語を並べていたようだが大体の言葉は理解できるからまあいいのだろう。
「とりあえず今日の稽古はこれで終わりだ、もう夜も遅いからな。明日はお前達が最低限の演技ができるように指導してやるからな」
「了解〜、本番に向けて頑張ろ〜」
「わ、わかりました、頑張ります!」
当然だが最初から全てを完璧にやれるやつなんて存在しない。そんな事をやれるやつなんて生まれついての天才か化け物ぐらいだ。
欠点があり、それを乗り越えてこそ本物の感動を生み出す存在になれる一番確実な方法なのだ。
まあこれはハートの騎士が言ったセリフの引用なんだがね。結局はそう思いながら継続していくのが大事ということだ。
「わしは先に帰るぞ。物語の構成と大まかな展開を少し変える必要がありそうだからな」
そう言ってヴォリスさんは足早に酒場から去って行った。
まあこんな感じで、『劇団・黄昏の時間』最初の稽古はそれぞれの欠点を見つけれたいい機会だったとも言えるだろう。
「それじゃあ私も帰りますね」
「俺も、今日は疲れたぜ…………」
「私は一杯飲んでからね〜」
「拙者も久々に喉を使ったでござるな」
こうして今日の稽古の疲れを癒すために各々の夜を過ごすのだった。
さあ、俺も早く帰って自分の欠点を反省しなくてはならない。清廉な騎士というのを演じるのはどうにも肌がむず痒くなってしまう。まったく悲しいことだよ。




